・第11話:「幻影は首都高に消えた:2」
≪通信指令、こちら高速0番! 〇走中の目標を捕捉! ダンプトラックを先頭に、大型バイクが一定の距離をとって追走中! ≫
香夏子の耳に、そんな警察無線が届けられる。
おそらく、香夏子たちの背後についたパトカーからのものだろう。
香夏子はバイク好きだったが、車はそれほど興味がなかったので、そのパトカーの車種まではわからない。
ただなんとなく、今の流行ではない少し古いデザインの車だということはわかった。
だが、かっこいい。
思わず目を奪われるような魅力が、その車にはあった。
今の車には、なんというか、[贅肉]が多かった。
それは、乗る者の居住性や安全性を考慮し、車内空間を広くとったり安全上の余裕を多く持たせたりするために車が大型化したことが原因だった。
現在の車には、その大型化した車をスタイリッシュに、魅力的に見せるために、実際には機能していないエアインテークや凹凸を設けることで、無理やり[かっこよくしている]というところがある。
だが、そのパトカーには、無駄な[贅肉]と呼べそうなものはない。
余計な、見せるためだけの飾りはほとんどなく、言うなれば[グラマラス]な外見に仕上がっている。
≪通信指令! こちら高速0番! 〇走は、このままでは首都高に入る! その前に前方に出て停車させることを試みる! ≫
≪高速0番、こちら通信指令! 許可する! ただし、前方、首都高入り口の料金所では封鎖線を構築中! 前方に出るのは封鎖線を突破された場合の最終手段とせよ! ≫
≪通信指令、高速0番、了解! ≫
その警察無線を耳にして、香夏子はハッと我に返り、前方へと視線を戻す。
確かに、もうすぐ首都高へ入る。
そして、前方には、毎日通行する多くの車両をさばくための、巨大な料金所が設けられていた。
そしてそこには何台もの警察車両が集結し、マッド・クロースがあやつる暴走ダンプトラックを阻止するべく、強固な封鎖線を構築していた。
料金所のゲートが固く閉じられているだけではなく、何台ものパトカー、そしてそれでは力不足とされたのか、警察で保有しているバスなどの大型車両までもが動員され、料金所への入り口をバリケードのように塞いでいる。
警官もたくさんいて、中には盾を持った機動隊の隊員たちの姿もあった。
だが、ダンプは一切の躊躇(ちゅうちょ)なく、減速せずにそこへ突っ込んでいった。
警告に従わず突っ込んで来るダンプの巨大な質量を前に警官たちは慌てて退避し、そして、ダンプは警察車両のバリケードを、そして、料金所のゲートをも突破した。
≪通信指令! こちら高速0番! 封鎖失敗! くり返す、封鎖は失敗! 〇走は首都高に入った! ≫
≪高速0番、通信指令了解! 首都高では退避が間に合わず、まだ一般車両が走行中である。被害を最小化するべく注意して〇追せよ≫
警察無線で聞こえてきたとおり、首都高速上では一般車両の姿があった。
そして、これまではほとんど一直線の道路であったのが、首都高に入ると一気に蛇行し始める。
マッド・クロースのダンプトラックは、そんなカーブの多い区間でもほとんど速度を落とさず、壁に車体を擦りつけながら無理やりコーナリングをしていった。
そして、その前方に、退避が遅れてまだ走行中の一般車両が見えてくる。
「Mr.X! 前に車! このままじゃ……!! 」
カーブの先に見え隠れする一般車両の姿に、香夏子は表情を青ざめさせる。
走っているのは、乗用車。
どうやら家族連れで、クリスマスの夜にドライブを楽しんでいた様だ。
後席には、子供と、母親らしい後姿が見える。
後方から暴走しながら迫って来るマッド・クロースのダンプトラックに気づいたのか、その乗用車は速度をあげた。
だが、安全運転のやり方は知っていても、普通のドライバーは速くカーブを抜けるのはそれほどうまくはない。
ましてや、相手は、クリスマス粉砕を目論む狂気の科学者、ヘルマッド・ベアー博士によって洗脳され、東京スカイツリーを爆破しようとする怪人、マッド・クロースなのだ。
壁に衝突しようがおかまいなしに、速度を緩めずに突っ込んで来るダンプと乗用車との距離はみるみる詰まって行った。
そして、乗っていた子供と母親が背後に迫ったダンプの姿を目にしてお互いに抱き合って悲鳴をあげ、恐怖の表情を浮かべるのが見える。
その時、香夏子たちの背後で、エンジンがうなる音が響いた。
そして、香夏子たちを追跡していたパトカーが急加速し、アイアン・ルドルフの横をすり抜けていく。
≪通信指令! こちら高速0番! 〇走により、一般車両に危険が及んでいる! 対象は乗用車、乗っているのは家族連れの模様! ……高速0番、これより吶喊(とっかん)する! 体当たりしてでも、奴を止める! ≫
飛び込んできた警察無線で、その意図がわかる。
パトカーは、自らを犠牲にしてでも一般車両を守ろうとしていた。
お互いに高速で走っているこの状況。
おそらく、普通のパトカーであれば、ダンプトラックが、乗用車を木っ端みじんに粉砕するその瞬間に、間に合わなかっただろう。
だが、急加速したパトカーは、エンジンをうならせ、その咆哮を遮音壁に反射させながら、ダンプへと迅速に迫った。
ドライバーが相当うまいのか、その強大なパワーに振り回されつつもカーブをうまくクリアし、タイヤから白い煙をあげ、タイヤに悲鳴をあげさせ、アスファルトにタイヤ痕を刻みつけながら、ダンプに追いすがり、そして、追いついた。
エンジンの音がさらに高まり、パトカーは、マッド・クロースのダンプトラックに体当たりを敢行した。
激しい接触音が響く。
ダンプは、わずかに揺らいだだけだった。
パトカーとダンプとではあまりに質量が違い過ぎ、体当たりしても効果は小さかったのだ。
だが、ダンプはわずかにハンドルをとられ、カーブの壁面に強く衝突し、大きく減速した。
遮音壁をガラガラと突き崩し、破片を飛び散らせながら走行を続けたダンプトラックは、やがて体勢を立て直して、東京スカイツリーをめがけて暴走を続けてしまう。
それでも、そのカーブでの減速の間に、乗用車は辛うじて、高速道路の出口に逃げ込むことができたのだ。
体当たりを敢行して乗用車の家族を守ったパトカーは、悲惨な末路をたどった。
そのボンネットの上にはダンプトラックの後輪が乗り上げ、力強い咆哮をあげていたエンジンは巨大な質量に踏みつけられてしまったのだ。
コントロールを失ったパトカーは、グルグルと回転しながら、何度も遮音壁に叩きつけられながらようやく停車する。
その横をアイアン・ルドルフは駆け抜けたが、その直後、香夏子たちの背後でパトカーは爆発し、炎上した。
(お巡りさん……! )
香夏子は一瞬だけ背後を振り返ったが、勇敢に職務を遂行したパトカーと警官たちの姿は、すぐにカーブの先に消えた。
それは、クリスマスの夜の首都高に、一瞬だけあらわれた幻影であった。
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