・第10話:「幻影は首都高に消えた:1」

 トヨタ自動車、[スープラ]。

 トヨタ自動車のスポーツカーブランドとして生まれたその名を引き継ぐA80は、第4世代の[スープラ]として生まれた。


 それは、往年の名車として知られている。

 空力を考えて整えられた、パワフルでありながらスタイリッシュなボディ。

 力強い加速と、エンジンパワーを十分に引き出す足回り。


 しかし、その魅力は、走りが楽しいというだけではない。


 その最大の魅力は、その心臓部分である、エンジン。

 直列6気筒、最大280馬力を発揮する2JZエンジンであった。


 この、改造容易なエンジンは、チューンナップを施すことで飛躍的な高出力化を簡単に達成することができる。


 そして、高速道路交通警察隊へ試験的に配備されたたった1台の車両、[高速0番]は、車両整備隊・執念の魔改造により、最大900馬力を発揮するモンスターマシンへと変貌した(作者注:聞いた話だと3000馬力くらい出る魔改造もあるんだとか)。


 それはまさに、男たちのロマンであった。


 誰にも扱えない。

 危な過ぎて真っすぐにしか走らせられない。


 高速0番はその様に評価をされ、そして、日の目を見ることなく、高速道路交通警察隊の地下駐車場で静かに眠りについていた。


 しかし、クリスマスの夜に、奇跡は起こったのだ。


※:推奨BGM:「MSIGLOO:機動戦」


≪高速0番、出動準備! 高速0番、出動準備! 全制限(リミッター)解除! 全制限(リミッター)解除! ≫


 高速道路交通警察隊の地下駐車場に、スピーカーから、高速0番に出動を命じる声が響く。


 その命令が出された瞬間、出動した緊急車両がいつ戻ってきても整備に入れるように待機中だった車両整備隊の隊員たちは、一斉に沸き立つような歓声をあげた。


 このまま日の目を見ることもなく、駐車場の片隅でひっそりと消えて行くはずだった、幻の車両。

 そのエンジンが、その咆哮をあげる時が来たのだ。


 出動準備は、5分以内に完了した。

 普段から整備・点検は怠っていなかったし、燃料もオイルも万端、タイヤも新品。

 エンジンも、定期的に暖機運転をし、慣らしてある。


 すべての準備を整えた高速0番は、地上へと続くエレベーターへと乗せられた。

 エレベーターが動いていること、そして緊急車両が発信することを知らせる回転灯が光り、エレベーターがせりあがる中で、高速0番はまるで準備運動をするかのようにそのエンジンをふかした。


 ぎゅいん、ぎゅいん、と、力強くエンジンが咆哮する。

 まるで、その全力を発揮する機会が訪れたことを、マシンが喜んでいるようだった。


 乗り込んでハンドルを握ったのは、高速道路交通警察隊一筋、20年のキャリアを持ち、休暇であったものの緊急事態を知って急遽(きゅうきょ)出勤してきていた大ベテランの福島警部。

 助手席には、高速道路交通警察隊3年目の若手、中島巡査長が座り、福島警部が苦手とする電子機器の操作などをバックアップする。


 やがて、エレベーターは地上へと到着し、高速0番はヘッドライトを灯し、その回転灯を輝かせて、力強くサイレンを轟かせる。

 そして高速0番はエンジン音を高まらせ、一瞬、タイヤを空転させると、冷たい冬の夜の中に走り出した。


────────────────────────────────────────


「見えた! あれが、マッド・クロースのダンプだね! 」


 高速の直線区間に入り、最高速度で走り続けるアイアン・ルドルフの車上から前方を見渡し、暴走する大型ダンプトラックの姿を見つけた香夏子は、通信機があるのでその必要はないのだが、吹きつける猛烈な風に負けないように叫んだ。


 それは、クリスマスカラーにデコレーションされていた。

 クリスマスツリーのように派手にイルミネーションが施され、車体は赤、緑、白のトリコロールカラーでぬられている。


 外見だけではなく、そのダンプトラックは、ヘルマッド・ベアー博士によって大幅に改造されているようで、元々の車種はわからない。

 その荷台には、満載した爆薬を保護するためなのか金属製の屋根が取りつけられ、そこにどのような形で、どれだけの量の爆薬が残っているのかはわからない。


 少なくとも、高速道路に進入した際にパトカーの追跡を振り切るために料金所を爆破しているから、搭載している爆薬はなんらかの形で個別に爆破することができるような仕組みになっているのだろう。


 Mr.Xもそのことを警戒しているのか、すぐにはダンプカーに接近しなかった。


 おそらくはこちらの接近に気がついているのか、マッド・クロースは時折ダンプを蛇行(だこう)させて、進路を妨害してくる。

 ヘルマッド・ベアー博士に魔改造されたダンプは、信じられないことに時速200キロ以上で走行していたが、アイアン・ルドルフは時速300キロ以上も余裕で出せるために、追いつくのは難しくはない。

 だが、その重量の差と、相手が爆薬を満載しているという事実から、どうしても慎重にならなければならなかった。

 警察による手配のおかげなのか、高速道路所から一般車両が退避してくれているのが、不幸中の幸いだった。


「どうするのさ、Mr.X! このままじゃ、東京に入られちゃうよ!? 」


 香夏子は少し焦ったようにたずねたが、Mr.Xは鋭い視線をダンプへと向けたまま、方法を考えているのか無言でなにも答えなかった。


≪Mr.X。それにかわい子ちゃん。後方に気をつけて! 恐ろしく速いパトカーが1台、向かってきている! ≫


 どこからか2人の行動を支援しているMiss.ジェーンから警告が来たのは、香夏子たちがマッド・クロースに追いついてから少しした後だった。


 香夏子が背後を振り返ると、確かに、背後から明るいヘッドライトと、回転灯の光が近づいてくるのが見える。

 そしてそれは、香夏子の見ている前で徐々に大きくなり、そして、そのエンジンが咆哮する音が迫って来た。

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