・第9話:「疾走ナイト」
※推奨BGM:「颯爽たるシャア」(赤いから)
蒸気ピストンの駆動音を響かせながら、夜の街並みを、Mr.Xと香夏子を乗せたアイアン・ルドルフが駆け抜ける。
そして、その後を、サイレンの二重奏を響かせながら、2台の白バイが追跡している。
『前方の大型二輪車! 止まりなさい! 路肩によせて停止しなさい! 』
白バイ隊員がスピーカーを通して、香夏子たちに停止するように要求してくる。
普段のツーリングであったら、香夏子はこういった指示には渋々でも従うのだが、今は警察と話している時間の余裕はない。
ヘルマッド・ベアー博士によって解き放たれたマッド・クロースは、すでにクリスマスを粉砕するため、爆薬を満載したダンプトラックで、高速道路を東京方面へ向かって走り続けているのだ。
その進行を阻止しなければ、大変なことになる。
相手が警察だからといって、今、立ち止まっている余裕はないのだ。
それに、ジェーンの言うとおり警官たちは、いくら香夏子たちが正義のヒーロー・ヒロインなのだと説明しても、納得してはくれないだろう。
最後には信じてもらえるかもしれなかったが、それは、おそらくは東京スカイツリーが爆破されてしまった後になることだろう。
『止まりなさい! スピード違反に、ノーヘル、2人乗り! 危険運転をただちにやめなさい! 従わなければ、公務執行妨害も罪状に加えるぞ! 』
停止しようとする素振りを見せない香夏子たちに、白バイ隊員は半ば恫喝(どうかつ)するように言う。
「そ、そんなこと言われたって、止まれないもんは、止まれないんだよ! 」
香夏子は涙目になりながら、もう笑うしかない、という状況だった。
≪通信指令、こちら交機19。〇走はこちらの呼びかけに応じず、なおも逃走中! ≫
≪交機19、こちら通信指令。了解した。他のパトカーが先行している、タイミングを合わせ、〇走を現逮せよ≫
≪通信指令、交機19、了解! ≫
香夏子の耳に、そんな警察無線が飛び込んで来る。
それを聞いた香夏子は、慌ててMr.Xの服を引っ張った。
「Mr.X! お巡りさん、なにかしかけて来る! 」
アイアン・ルドルフの前方に、わき道からパトカーが飛び出して来たのは、その直後のことだった。
その存在を秘匿(ひとく)するために回転灯を消し、ヘッドライトも消して隠れていたそのパトカーは、急発進してわき道から飛び出すとアイアン・ルドルフの進行方向を塞ぐように立ちはだかり、こちらを威嚇するようにすべての明かりをつけ、けたたましくサイレンを鳴らした。
しかし、Mr.Xはアクセルを緩めない。
「HoーHoー! 」
その「つかまれ」と言うようなMr.Xの言葉に、香夏子は急いで彼に強くしがみついた。
アイアン・ルドルフは加速し、わずかにタイヤを滑らせながら、速度を落とさないまま針路を変えた。
そして、前方を塞ごうとするパトカーの横をうまくすり抜け、態勢を立て直すと、Mr.Xはマッド・クロースに追いつくために全速力で高速道路へと向かう。
(なにこの人! うまい! )
香夏子は、素直に感心していた。
アイアン・ルドルフは、大型のバイクだった。
そのタイヤは太く、普通のバイクに比べれば小回りは聞かないし、コントロールも難しい。
だが、Mr.Xは、まるで自らの手足のように、繊細(せんさい)な挙動もとらせることができるようだった。
香夏子は、追跡してきている白バイがどうなったのかを確かめるために、背後を振り返る。
白バイたちが追跡をあきらめてくれていればよかったのだが、彼らもまた巧みに自らのバイクをあやつり、パトカーの脇をすり抜け、アイアン・ルドルフを全速力で追跡してきていた。
≪通信指令! 交機19! パトカーによる〇走の阻止は失敗! くり返す、阻止は失敗! 〇走はかなりのテクニックだ! 引き続き高速インターへ向けて逃走中! ≫
≪交機19,こちら通信指令、了解。そのまま距離を保ち、〇追せよ≫
≪通信指令、交機19,了解! ≫
引き続きアイアン・ルドルフを追跡するように命じられた2台の白バイは、けたたましくサイレンを鳴り響かせながら、エンジンをフル回転させて追ってくる。
マッド・クロースを追跡する香夏子たちの頭上を、もうすぐ高速インターへの分岐があることを知らせる看板が通り過ぎていく。
辺りには、マッド・クロースの暴走ダンプトラックが通り抜けていった影響が色濃く残り、Mr.Xは事故車両を巧みに回避しながら、高速道路へと続く分岐を曲がった。
2台の白バイは、当然のように事故車両の間をすり抜け、それを追った。
「ちょっと! Mr.X! 前、前! 」
後ろが気になってしかたなかった香夏子が前方へと視線を戻すと、そこには、マッド・クロースによって爆破されたためか、すっかり残骸と化した高速道路の料金所が見えた。
すっかり、瓦礫(がれき)で道がふさがれている。
元々の料金所の建物が倒壊してしまっているだけではなく、封鎖線を敷くために集められた警察車両の残骸も、進路を塞いでいる。
このままでは、ぶつかる。
香夏子はそう思ったのだが、Mr.Xはアクセルを緩めなかった。
「HoーHoーHoー! 」
Mr.Xはそう雄叫びをあげると、アイアン・ルドルフをウイリーさせた。
「うわっ、わっ、わっ!!? こんなでかいバイクで、このスピードでウイリーすんの!? 」
サーキットを借りて走った時に香夏子も愛車でウイリーをやってみたことがあるが、ほぼトップスピードに近い状態で、これだけ重くコントロールの難しい車両で同じことができるとは、とても信じられなかった。
だが、Mr.Xはアイアン・ルドルフを完璧に操り、そして、事後処理のために停車していたパトカーの上に勢いよく乗り上げた。
アイアン・ルドルフは、その速度のまま、空中へと飛び出す。
Mr.Xは、パトカーをまるでジャンプ台のように使い、傷害を飛び越えたのだ。
数秒の浮遊感の後、アイアン・ルドルフは着地し、何事もなかったかのように走り始める。
香夏子が背後を振り返ると、さすがにこのチャンプのマネできなかったのか、白バイはついて来られていない様子だった。
≪通信指令! こちら交機19! やられた! 〇走は料金所の残骸を、パトカーをジャンプ台に使って突破! 我々ではもう追跡できない! 増援を要請する! 〇走は東京方面へ向かって逃走中! ≫
≪交機19、通信指令、了解。……[秘密兵器]を出します≫
逃げ切った。
そう安堵した香夏子の耳に、しかし、意味深な言葉が響くのであった。
※次回予告(推奨BGM:MSIGLOO:「603」のボレロ)
トヨタ自動車、A80、[第4世代・スープラ]。
全長4520mm、全幅1810mm、全高1275mm。
最大280馬力を発揮する直列6気筒の2JZエンジンを搭載した、往年の名車。
あらゆる車両に追いつくことが可能な高性能車両として、ただ1台のみが高速道路交通警察隊へと配備された。
しかし、車両整備隊・整備班、執念の魔改造により、この車両は最大900馬力を発揮する、「誰にも扱えない」「危なくて真っすぐしか走らせられない」、メーカー出荷時とは全く異なる車両へと変貌していた。
その危険性から、[高速0号]の符号を与えられ、決して出動することのない[幻のパトカー]と化していた本車両だったが、しかし、ヘルマッド・ベアー博士の野望を阻止するために、その姿をあらわす時が来る。
次回、「幻影は首都高に消えた」。
書き上げ次第、公開します(もうクリスマスおわっちゃったけど)!
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