・第7話:「アイアン・ルドルフ」
それは、1台の、大型のバイクだった。
太くて大きなタイヤに、ごつい車体、複雑そうな装置。
香夏子はバイク好きで、よく情報雑誌などにも目を通しているのだが、見たことのない、どこのメーカーのバイクなのかも想像できないものだった。
エンジン音も、どこか聞きなれない。
ガソリンエンジンというよりは、どちらかといえば、蒸気機関車のような音を辺りに響かせている。
その奇妙なバイクは、香夏子とMr.Xの前まで来ると、ぴたりと停車した。
そして、それをここまで運転して来たドライバーが、その長く美しい髪をかき上げ、ヘルメットを取りながら降りてくる。
妙齢の、美しい女性だった。
モデルでもしていると言われればそれで納得してしまいそうな、しっかりとした凹凸と引き締まった体躯、スラリとのびた肢体を持つ。
そして、その整った身体を見せつけるように、ぴっちりとした黒いレーシングスーツに身を包んでいた。
細い縁の眼鏡が、知的な印象を見る者に与えている。
「ハァイ、Mr.X。待たせちゃったかしら? ……あら、今日は、かわいらしい女の子を連れているのね? 」
妙齢の女性は魅惑的な笑みを見せると、Mr.X、それから香夏子の方を見て、少しからかうように言う。
「HoーHoー」
しかし、Mr.Xは、「今はそんな場合ではない」と言いたげに首を左右に振った。
妙齢の女性はうなずき、バイクのキーをMr.Xに渡す。
「わかっているわ。ヘルマッド・ベアー博士が解き放った怪人が、東京スカイツリーに向かっているのでしょう? ……通報があったみたいでね、もう、警察も大騒ぎになっているわ」
それからその女性は、警察や軍隊の特殊部隊が使っているような、小型のイヤホンと、口ではなく喉の声帯から直接声を拾うタイプの通信機をMr.Xへと渡す。
「あ、ども」
そしてそれはどうやら、香夏子の分も用意されているらしく、それを渡された香夏子は、その場の雰囲気になんとなく流され、Mr.Xの見よう見まねで通信機を身に着けた。
「周波数は、私と、警察無線の2つに合わせてある。……それと、このかわい子ちゃんとも話せるようにしてあるわ」
「HoーHoー!」
Mr.Xは妙齢の女性に感謝するようにうなずくと、さっそくバイクへとまたがり、そして、香夏子に「後ろに乗れ」と言うような手ぶりを見せる。
「へっ!? あたしも? 」
香夏子は戸惑ったが、しかし、Mr.Xに言われた通り、バイクの後ろにまたがった。
「それじゃぁ、Mr.X。それと、かわい子ちゃん。あなたたちに任せるわ」
香夏子がバイクに乗り込むのを確認すると、妙齢の女性はいたずらっぽく微笑み、Mr.Xは「任せておけ」とでも言うようにピッと二本指で敬礼して見せる。
「おうわっ!? ちょっと!? 」
そして、Mr.Xの操作でバイクが急加速し、香夏子は振り下ろされないよう、慌ててMr.Xにしがみつかなければならなかった。
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Mr.Xにあやつられたバイクは、暴走するダンプを追いかけ、ダンプが駆け下って行ったのと同じか、それ以上のスピードで峠を駆け下っていた。
香夏子は振り落とされないように必死でMr.Xにしがみつき、吹き抜けていく風に耐えている。
≪ハァイ、かわい子ちゃん。聞こえる? 私の名前はMiss.ジェーン。Mr.Xとあなたのバックアップとサポートをさせてもらうわ≫
そんな香夏子の耳に、無線機越しにあの妙齢の女性、Miss.ジェーンの、どこか面白がっているような声が聞こえてくる。
「ちょっと!? いったい、なんなのよ!? このバイクは!? 」
そんなジェーンに向かって、香夏子は悲鳴をあげるように言った。
「めっちゃ加速するし、めっちゃ速いし! なのにコーナーもガンガン曲がってく! 」
≪それは、ヘルマッド・ベアー博士が、Mr.Xのために作っていたバイク、[アイアン・ルドルフ]よ。動力は核融合。起こした蒸気でピストンを動かして加速する。ま、蒸気機関車とおんなじ仕組みね≫
「かっ、核!? 」
物騒なその用語に、香夏子は顔を青ざめさせる。
蒸気でピストンを動かすという、やけに古めかしい仕組みで走っているようだったが、その動力が核などと。
もし事故が起こって爆発でもしたら、あまりにも恐ろしい。
≪大丈夫。安心して。なにかあってもすぐに安全装置が働いて核融合は停止するし、爆破打つはしない。放射線防護も完璧。アイアン・ルドルフはクリーンでセーフティなバイクだから≫
そんな香夏子の不安を見透かしたように、ジェーンは言う。
≪落ち着いて、かわい子ちゃん。あなたはこれから、Mr.Xと協力して、ヘルマッド・ベアー博士の野望を阻止して、世界を救うヒロインにならなきゃなんだから≫
「そ、それはわかったけど! ……けど、どうやって!? 」
≪私がサポートするわ。マッド・クロースが今どこにいて、どの方向に進んでいるのかを伝える。Mr.Xがアイアン・ルドルフで追いかける。かわい子ちゃん、あなたはそれを助ける。ね? わかりやすいでしょ? ≫
「わ、わかった! りょーかい! 」
香夏子はジェーンの言葉にそう叫ぶように返事をし、自身に気合を入れ直す。
≪……もう、そんなに怒鳴らなくっても、大丈夫よ。……こちらからも情報を伝えるけど、警察無線もうまく使ってね? もう、警察も暴走ダンプを追いかけているわ≫
「警察が!? 」
そいつは、頼もしい。
香夏子は表情を明るくしたが、ジェーンはあまり嬉しそうではなかった。
≪残念だけれど、ヘルマッド・ベアー博士のことだから、ダンプには改造が施してある。日本の警察は優秀だと思うけど、自力で止めるのは難しいでしょうね。……それに、道路交通法を無視して追いかけるのはあなたたちも一緒なのだから、警察はあなたたちも追いかけてくるはずよ≫
「ぅ……! 」
香夏子は、警察に追いかけられるところを想像して、嫌そうにうめいた。
あまり想像したくないことだ。
(ああ、次に違反切符切られたら、免停になっちまう……! )
アイアン・ルドルフを運転しているのはMr.Xだったが、よく考えてみると今の香夏子はノーヘルだった。
警察に捕まれば、きっとただでは返してもらえない。
≪うふふ。頑張ってね。……あたし、クリスマスプレゼントには、世界の平和が欲しいわ≫
だが、そんな香夏子の気持ちを知ってか知らずか、ジェーンはいたずらっぽくそう言う。
「HoーHoーHoー! 」
Mr.Xはそう声をあげると、まるでソリを引くトナカイに鞭(うち)をうち速度をあげさせるように、アイアン・ルドルフのアクセルを開く。
こうして、クリスマスの夜の、追跡劇が開始された。
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