・第6話:「脱出」

 ヘルマッド・ベアー博士が生み出したという怪人、[マッド・クロース]によってあやつられ、爆薬を満載しているという大型のダンプトラックは、猛スピードで峠を駆け下っていく。


 その目標は、東京・スカイツリー。

 クリスマスイベントでクリスマスツリーのライトアップをされたその、東京の、いや、日本のランドマークを爆破する。


 それが、ヘルマッド・ベアー博士の目論見であり、クリスマスを粉砕するための作戦だった。


 東京スカイツリーが爆破されれば、どうなるか。

 墨田区一帯は大災厄に見舞われ、数えきれないほどの人々が傷つくことになるだろう。


「このっ、変態クマ野郎! さっさとあのトラックを止めろ! 止めやがれ! 」


 その光景を想像した香夏子はヘルマッド・ベアー博士を怒鳴りながらどつき回したが、しかし、ヘルマッド・ベアー博士は勝ち誇ったように笑い続けるだけだった。


「アハハ! アハハ! もう止められないよ! マッド・クロースは、ボクの手で完璧に洗脳して調整してあるんだ! 彼はもう、東京スカイツリーを吹っ飛ばして、クリスマスを粉砕することしか頭にないんだ! 今さらボクがなにをしても止まらないし、キミたちが慌てても、どうしようもないのさ! アハ! ハハハハハッ! 」

「このっ! 」


 香夏子は怒りに任せ、笑い転げるヘルマッド・ベアー博士を思い切り蹴りつける。

 すると、「ぐふっ」というくぐもった悲鳴を漏らし、ヘルマッド・ベアー博士は静かになった。


 同時に、暴走するダンプトラックを映し出していたモニターも消える。


「ど、どうすればいいのっ!? 」


 香夏子はその場で、頭を抱えた。


 ただ、自分は、今年最後と決めたツーリングを楽しんでいただけなのに。

 誘拐され、意味の分からない改造人間にされ、そして、クリスマス粉砕というヘルマッド・ベアー博士の野望に巻き込まれてしまった。


 あのダンプに爆薬が満載され、東京スカイツリーを爆破するために暴走していることを知っているのは、おそらくはこの場にいる3名だけだろう。

 このままでは、あのダンプは暴走を続け、やがて、東京スカイツリーは爆破され、クリスマスを楽しむ幸せな人々が犠牲となってしまう。


「そうだ! 警察! とにかく、警察に連絡しなきゃ! 」


 香夏子はとにかく危機を知らせようとスマホを探したが、どこにもなかった。

 革ジャンのポケットにいつも入れて持ち歩いていたはずだったが、Miss.Xの姿に変身させられた時に革ジャンと一緒に消滅してしまったか、あるいはそれ以前にヘルマッド・ベアー博士によって奪われてしまっていたのかもしれない。


「あああ!? もう!こうなりゃ、直接追いかけて……! って、あたしのバイクは、どこ!? カギは!? 」


 香夏子はスマホが見つからないことですっかりパニックとなり、全身をまさぐるが、当然、バイクのカギも見つからなかった。


「HoーHo? 」


 そんな香夏子の肩に、ぽん、とMr.Xの手が置かれる。

 まるで、香夏子に落ち着けと言っているようだった。


「HoHoー! 」


 そして、Mr.Xは香夏子をはげますような笑顔を向けると、ついて来いと言うように親指で壁の穴を指し示し、時間が少しでも惜しいというふうに走り出す。


「あ、待って! 」


 香夏子は、慌ててその後を追った。


────────────────────────────────────────


 Mr.Xは、とても人間とは思えない速度で、ヘルマッド・ベアー博士の研究施設の内部を駆け抜けた。

 オリンピックの世界記録保持者ですらかなわないような速度。


 おそらくは、Mr.Xも、香夏子と同じようにヘルマッド・ベアー博士によって改造手術を受けてしまっているのだろう。

 それゆえの、超人的なパワーとスピードであるようだった。


 とてもついて行けない。

 香夏子はそう思ったが、しかし、今の香夏子はMr.Xに簡単についていくことができた。


(あのクマ野郎……。天才科学者ってのは、本当らしい! )


 今の自分は、Miss.X。

 香夏子は自分も改造人間になってしまったことを実感させられた。


 やがて、Mr.Xと香夏子は、研究施設から外に出ることができた。


 そこはどうやら、第二次世界大戦中、本土決戦に備えて山中に建造されていた軍事施設の跡地を利用した施設であるらしかった。

 今は打ち捨てられ、荒れ果てた景色の中に古ぼけた地下要塞への入り口と、立ち入り禁止を示す看板と金網のフェンスがあるだけの、冬空の下ということ以上に寒々しい場所だった。


 香夏子がよくツーリングをしていた、そしてマッド・クロースにあやつられたダンプトラックが暴走しながら駆け下って行った峠道のすぐ近くだ。


(何度も通ったことのある道だけど、こんな場所があったなんて)


 香夏子は意外に思いながら、辺りをきょろきょろとする。


 Mr.Xにはなにか考えがありそうだったのでついてきたのだが、せっかく研究施設から脱出できても、辺りは殺風景で、なにもない。

 ダンプトラックを追いかけられるような、それこそヘリコプターでもあることを期待していたのだが、そういったものもなさそうだった。


「なぁ、Mr.X。どうするつもりなの……? 」


 このままでは、ヘルマッド・ベアー博士の、クリスマス粉砕作戦が成就してしまう。

 不安になった香夏子がたずねると、Mr.Xは「HoーHoー」と、香夏子をなだめるように言った。


 そうして、香夏子が不安に思いながらも大人しくしていると、峠道にライトの光があらわれる。

 そしてそれは道を外れ、香夏子たちの方へと向かってくるようだった。

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