・第5話:「マッド・クロース」
香夏子は、普段は気の強い、物おじすることの少ない性格だった。
「あっ……、あのっ! ……あの……っ! 」
だが、今の彼女は、目の前にあらわれた精悍な風貌のサンタクロース、Mr.Xを前にして、何度も口ごもってしまう。
胸が、ドキドキとしている。
それはきっと、ヘルマッド・ベアー博士の、怪しげな洗脳装置によって引き起こされたものだけではないだろう。
香夏子は、自分でも、がさつだし気が強くて、とても、世の中で[かわいい]ともてはやされるような女の子ではないことは、自覚している。
クリスマスに、ロマンチックにライトアップされた街並みの中で恋人と愛を語らうより、愛車のKAWASAKIのバイクでツーリングに出る方が好きな女の子なのだ。
だが、香夏子は恋愛に興味がないわけではなかったし、理想の恋愛像というものもある。
もし、自分が好きになるとしたら、それは、少なくとも自分よりも強く、そうでなくとも、1本筋の通った信念のある相手だった。
だが、香夏子はこれまで、ケンカで負けたことなどないし、簡単には曲げない信念を持った相手を見たことがない。
相手が誰であろうと、自分よりもずっと体格の大きな男性であろうと、香夏子の蹴り技は倒して来たし、勇ましいことを言っていた男たちも、いざ、香夏子に力でかなわないと理解すると、情けなく怯えるか、一目散に逃げて行った。
香夏子はこれまでに何人もの男性を見てきたが、そのどれもが、香夏子に言わせると[ひ弱なへなちょこ]たちだった。
中には香夏子にいいよって来る様な輩もいたが、香夏子にとって好きになることができそうな相手はいなかった。
だが、Mr.X(ミスター・クロース)は、これまでに出会って来たどんな男性とも違う。
彼は少なくとも単身でこの場所へと乗り込み、香夏子を気色悪い洗脳装置から救い出してくれた。
しかも、研究室の壁の一部が突き破られているから、その肉体は鉄筋コンクリートよりは強靭であるらしい。
なにより印象的なのは、その双眸(そうぼう)だった。
白いつけヒゲの向こうに見えるMr.Xの双眸(そうぼう)は優しそうで、だが、深い悲しみもその内側に宿しているようで。
見つめているだけで吸い込まれそうな、そんな深さを持っていた。
「たっ、助けてくれてっ! あっ、ありがとうございます! 」
香夏子は、赤面しながらどうにかその言葉を絞りだし、勢いよくMr.Xに頭を下げた。
お礼を言いたかったという理由もあるが、正直、彼のことをこれ以上は直視していられなかったのだ。
「Hoー! Hoー! Hoー! 」
Mr.Xは、まるで「気にすることなどありませんよ」と謙遜(けんそん)するように笑ってみせる。
人助けをすることなど、彼にとっては当たり前のことである様だった。
(なんて、心のキレイな人なんだろう! )
香夏子はその態度に感銘し、胸の奥がキュンとなるのを感じていた。
「ウフ……。うふふふふっ」
香夏子がMr.Xを前にしてなんだかもじもじとしていると、どうやらMr.Xに一撃でノックダウンされていたらしいヘルマッド・ベアー博士が、コンクリートの床の上にうつぶせに倒れたまま、顔だけを香夏子たちへと向けて笑っていた。
香夏子は、ムッとしたような顔で博士の方を見おろす。
ムカムカとした気持ちが、湧きあがって来る。
せっかく嬉しい気分だったのに水をさされたというだけでなく、ツーリング中の香夏子を誘拐したこと、露出多めのサンタコス姿に変身してしまう改造人間にされたことなど、香夏子がヘルマッド・ベアー博士に怒りを抱く理由はいくつもある。
「ハッ! 形勢逆転だね、この変態クマ野郎! 」
香夏子はヘルマッド・ベアー博士のことを嘲笑(あざわらう)うと、彼のそばでしゃがみこみ、今までの仕返しとばかりにその頭部の毛をつかんで、無理やり頭を持ち上げる。
「今、その着ぐるみ脱がして、その正体見てやるから、覚悟しやがれっ! 」
そうして香夏子は、ヘルマッド・ベアー博士の着ぐるみをむしり取るべく、ぐいぐいと引っ張り始める。
「うぐっ……ふっ……!? く、クククク……。これでボクに買ったと思っているのなら、お笑い草だね」
ヘルマッド・ベアー博士は着ぐるみを引っ張られて苦しそうにうめいたが、しかし、余裕そうな笑みを漏(も)らす。
「なんだって? はんっ、その様を見てみろっての! 」
香夏子はヘルマッド・ベアー博士の余裕をいぶかしく思いつつそう罵倒(ばとう)したが、博士はそれには答えず、その手に隠し持っていたリモコンを「えい」と操作する。
すると、研究室の壁面の一部が開き、中から巨大なモニターがあらわれた。
そしてそこに映像が映し出される。
どうやら、外の様子であるようだった。
香夏子が誘拐される直前にバイクでツーリングをしていた峠道で、すっかり暗くなったその峠の曲がりくねった道を、1台の車が猛スピードで駆け下っている姿が見える。
それは、1台の、大型のダンプトラックだった。
それだけならよく公道を走っている姿を見かけるし、香夏子も見覚えがあるのだが、しかし、そのダンプが峠を下っていく速度は、尋常なものではない。
モニター越しには伝わってこなかったが、タイヤが悲鳴をあげ、大馬力・大排気のエンジンがうなりをあげる音が聞こえてくるようだった。
そして、ダンプトラックは、たまたま通りかかった対向車や、前を走っていた車を追い越し、時には跳ね飛ばすようにして、暴走している。
「うふふ。あのダンプには、ボクの最高傑作、怪人[マッド・クロース]が乗っているんだ」
唖然(あぜん)としてモニターを見つめている香夏子と、表情を険しくしたMr.Xに、ヘルマッド・ベアー博士は得意そうに言う。
「あのダンプには、大量の爆薬が積載されている!
その爆薬で、クリスマスのイベントでライトアップされている、東京スカイツリーを爆破してやるんだ!
ハハハ! クリスマス終了のお知らせだよ! 」
そして、ヘルマッド・ベアー博士は、勝ち誇ったように、狂ったように笑った。
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