・第4話:「Mr.X」

 香夏子の視界を包み込んだ閃光の中で、ある文字が明滅している。


〈破壊せよ〉


 それは、香夏子の心の奥深くに無理やり入り込んでくるような、不気味な言葉だった。


〈クリスマスを、破壊せよ〉


 香夏子は、その文字を見たくないと思い、必死に拘束を抜け出そうとするが、できない。

 顔をそむけようとしても光は常に香夏子を押し包み、逃げ場はどこにもない。


 少しずつ、香夏子の意識は浸食されていく。


破壊せよ。

破壊せよ。

クリスマスを破壊せよ。


(ふざ……ける……な! )


 香夏子は、歯を食いしばり、自身の意識を保とうとする。

 こんな、サンタコスの意味不明な改造人間にされて、よくわからないような理由で、クリスマスを楽しんでいる人々を、恐怖のどん底に突き落とそうという野望に、無理やり加担させられるなんて。

 絶対に、嫌だった。


「うふふ。楽になりなよ。力を抜いて。抵抗は、無意味なんだから」


 そんな香夏子に、余裕たっぷりな様子のヘルマッド・ベアー博士の声が聞こえてくる。


「その洗脳装置は、ボクの自信作なんだ。キミもどうせすぐにボクの思い通りになる。……抵抗しても、苦しいだけだよ? ほら、気を楽にして、衝動に身を任せるんだ」

「うる……さい! この、変態クマがっ! 」


 香夏子は気丈にそう怒鳴り返したが、しかし、正直なところ、もう限界に近かった。


 香夏子の思考は、徐々に鈍り、弱くなっていく。

 それと引き換えに、香夏子の心の中で、破壊衝動が、クリスマスを楽しむ人々を大混乱に陥れ、クリスマスを粉砕したいという気持ちが、大きくなっていく。


(いやだ……! こんなおかしな装置に、負けてたまるもんか……! )


 香夏子はどうにか自分の意識を保とうとするが、しかし、洗脳装置の力は強力だった。


 もう、だめ。

 香夏子が洗脳装置の力に屈し、怪人・Miss.Xとしての破壊衝動に支配されようとした時。


 唐突に光が消え、香夏子は拘束からも解放されて、ドサリ、と床の上に崩れ落ちていた。


────────────────────────────────────────


「なん……だ……? 」


 香夏子は、額に冷や汗を浮かべて荒い呼吸をくり返しながら、眩しい光でくらんでよく見えない目を凝らして、ヘルマッド・ベアー博士の研究室の中を見渡した。


 自分は、どうやら、洗脳される寸前で解放されたらしい。

 まだ頭はグルグルとしていて、破壊衝動もくすぶってはいるが、香夏子はすでに自分自身を取り戻していて、十分にその衝動を抑え込んで自分を保つことができている。


 だが、なにが起こったのかは、わからない。


「な、なんだ!? どうして、動力が止まって……? まさかっ!? 」


 どうやら、ヘルマッド・ベアー博士も、状況をつかみきれていない様子だった。

 今までの余裕はどこへ行ったのか、博士は慌てている。


 香夏子が床の上に這(は)いつくばったまま戸惑っていると、今度は、部屋のすぐ近くで轟音が起こり、全身を震わせるような震動と共に、まるでコンクリートの壁がなにかに打ち壊され、崩れ去るような音が聞こえてくる。


「うわっ!? おっ、お前は、Mr.X(ミスター・クロース)!? いっ、生きていたのか!? 」


 そして、ヘルマッド・ベアー博士が驚愕し、恐れるような声。

 だが、博士はすぐに、「ぐェっ!? 」っという、まるで腹部を思い切り殴りつけられたかのような悲鳴を残して、静かになる。


(Mr.X(ミスター.クロース)……? )


 香夏子は、ヘルマッド・ベアー博士が香夏子に名づけた、Miss.Xという名前と対になるようなその言葉を、頭の中でくり返す。


 徐々に、香夏子の視界が正常に戻って来る。

 まだ頭の中のグルグルとした感覚は消えず、気分もかなり悪かったが、身体はどうにか動いてくれそうで、香夏子はよろよろとした動きで立ち上がろうとする。


「きゃっ!? 」


 そんな香夏子の手を、たくましい誰かの大きな手がつかんで引き上げられて、香夏子は思わず悲鳴をあげていた。


 だが、香夏子はすぐに、その手は自分が立とうとするのを助けてくれたのだと理解する。

 香夏子が立ち上がって、自分の足でしっかりと立ったのを確かめると、そのたくましい手の持ち主は香夏子を驚かせてしまったことを申し訳なく思っているような様子で、そっと手を引っこめる。


「だっ……、誰っ!? 」


 香夏子は、まだピントの合わない目を凝らしながら、自分を助けてくれた、そしておそらくはヘルマッド・ベアー博士も退治してくれたその人物の姿を、確かめようとする。


 ぼんやりと、赤い衣服に身を包んだ誰かの姿が見えてくる。

 まるで、誰もがイメージするような、サンタクロースの恰好をした人物だ。


 ただ、よく思い浮かべられるサンタクロースは、恰幅の良い、人の良さそうなおじいさんだ。

 だが、香夏子を助けてくれたそのサンタクロースは、優しそうな目をしていたが、筋骨たくましい、精悍な男性だった。


 身長は、おそらくは180センチはあるだろう。

 香夏子は背が低い方ではなかったが、それでもかなり背伸びをしないと届かない。


 鍛え上げられた、[肉体美]と呼ぶのがふさわしい姿だった。

 手も足も太くたくましく、胸板も厚く、厚手のサンタクロースの衣装に隠れて見えなかったが、おそらくは腹筋も割れている。

 まるで、映画に出てくる、1人で第三次世界大戦を起こせそうな、筋肉モリモリ、マッチョマンのヒーローだった。


 ようやくはっきりとしてきた香夏子が、驚き、思わず赤面しながらそのサンタの精悍な顔を凝視してしまっていると、Mr.Xはにっこりと微笑んでみせた。


「Hoー! Hoー! Hoー! 」

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