・第3話:「クリスマス粉砕作戦」
「はっ、はなせっ! この変態クマ野郎! 」
マジックハンドによって拘束され、空中につり上げられてしまった香夏子はヘルマッド・ベアー博士を罵倒したが、それは無駄な抵抗でしかなかった。
「ふっふっふ。元気のいい子だ。だけど、すぐに君は、ボクの言うとおりに動く、忠実な僕(しもべ)になってしまうんだよ? 」
身動きが取れず、反撃できない悔しさで唇を引き結んでいる香夏子に、ヘルマッド・ベアー博士は楽しそうに言う。
そして、「えい」と博士がリモコンを操作すると、今度は天井から、メカメカしい物体が姿をあらわした。
それは、いくつもの配線が複雑に入り混じり、いくつものライトが取りつけられ、人間の頭に被せて使うような形状をした、謎の装置だった。
映画で見たことがある。
洗脳装置という奴だ。
「なっ、なにをするつもりっ!? あたしの身体に、なにをしたんだっ!? お前はっ!? 」
わけのわからない状況に、逃げ出すこともできないように拘束されてしまった香夏子は、恐怖に怯えながらも、それを隠すために必死に叫んだ。
だが、そんなことは、ヘルマッド・ベアー博士には筒抜けのようだった。
彼は「うふふ」と実に楽しそうに笑うと、「せっかくだから、教えてあげよう」と、勝ち誇ったようにぺらぺらとしゃべりだす。
「キミ。キミは、もうすぐ、なにがあるか知っているかい? 」
「なに……? なんの、なんの話だよ!? 」
「そう、もうすぐ、クリスマスがあるよね……」
香夏子は恐怖で頭が回らず、戸惑ったような声を出すほかはなかったが、ヘルマッド・ベアー博士は少しも気にせずに言葉を続ける。
おそらくは、彼が語りたいのだろう。
「ボクはね……、クリスマスが、大っ嫌いなんだ。
やれ、クリスマスだ、ジングルベルだって、みんなしてはしゃいじゃってさ?
お店はクリスマスの飾りつけをするし、カップルはイチャコラして、クリスマスだからっていうだけで幸せそうだし、子供はやたらとプレゼントを欲しがるし……、本当に、目障りなんだ!
ライトアップは目がちかちかしてイライラするし、あっちでもこっちでもクリスマスソングばかりで頭が痛くなる!
ケーキもチキンも、食べたいと思ってもどこも値引きしないで高く売っているし、資本主義の悪意が鼻につく!
そもそも、クリスマスなんて、海外の風習じゃないか!
ここは日本だよ!?
なのにどうして、イエス・キリストの降誕をみんなしてお祝いしているのさ!?
キミたちはみんなクリスチャンに転向したのかい!?
違うだろ!?
だってキミたちはみんな、初詣に、神社とかお寺に行くじゃないか!
クリスチャンでもないのに、[なんとなく楽しそうだから]マネするだなんて、キリスト教徒の方々に申し訳ないと思わないのかい!?
ああ、考えただけでイライラする!
僕はね、本当に、本当に、クリスマスが大っ嫌いなんだ! 」
ヘルマッド・ベアー博士は、それまでのゆるキャラのようなのんびり、のほほんとした口調を崩し、熱く語ると、息が上がったのか肩で何度か呼吸をくり返す。
そんな博士のことを、香夏子は気色悪そうな視線で見つめていた。
確かに世間ではクリスマスムード一色だったが、別に楽しければそれでいいだろうに、と香夏子などは思うのだ。
「だからね……、ボクは、決めたんだ。……クリスマスを、粉砕してやるって! 」
どうやら、ヘルマッド・ベアー博士の独演は、まだ終わってはいないようだった。
彼は息を整え終わると、香夏子のことを真っ直ぐに見つめ、にっこりと笑みを見せる。
「キミ。キミにはこれから、クリスマスを滅茶苦茶にしてもらうよ」
その言葉に、香夏子は思わず、「は? 」と、戸惑ったような声を漏(も)らす。
「バカ言うな! あたしは、アンタみたいな変態に協力なんかしないぞ! 」
それから香夏子は、(こんなアホみたいなこと、つき合っていられない)と、あからさまに嫌そうな口調で協力を拒否する。
だが、ヘルマッド・ベアー博士は、笑みを崩さない。
「問題ないよ。……だって、キミはこれから、ボクの命令には逆らえないようになるんだからね」
そのヘルマッド・ベアー博士の笑みに、香夏子はゾクリ、と寒気を感じて肩を震わせた。
ぬいぐるみのようにつぶらなヘルマッド・ベアー博士の瞳の中に、おぞましい狂気の影を感じ取ったからだ。
「キミには、ボクが作り出したナノマシンを注入させてもらった。……人外の力を持った超戦士、Miss.X(ミス・クロース)に変身する力を。
その力で、キミはこの、クリスマスに浮かれた世界を破壊し、このくだらないイベントを粉砕して、中止に追い込むんだ! 」
「だっ、誰が、そんなことなんか! 」
人外の力を持った超戦士、Miss.X(ミス・クロース)。
どうやら香夏子はヘルマッド・ベアー博士によって、仮面ライダーや魔法少女のように変身する能力を与えられてしまったようだったが、誰もそんなことは望んではいないし、博士の野望につきあってやるつもりなどさらさらない。
「さっさと、あたしを解放しろ! そして、元の身体に戻せ! 」
香夏子はそう要求したが、ヘルマッド・ベアー博士は、少しも取り合わない。
「うふふ。ずいぶん威勢がいいけど、キミは、自分の立場を自覚するべきじゃないかな? 」
「く……っ! 」
ヘルマッド・ベアー博士の言葉に、香夏子はなんとか拘束から逃れようともがくが、マジックハンドはビクともしない。
博士の言うとおり、この場で主導権を握っているのは香夏子ではなく、博士の方だった。
「もう気づいているようだけれど、それは、ボクが開発した洗脳装置だ。
その装置で、今からキミを、ボクの命令に絶対忠実な僕(しもべ)にしてあげる。
キミの意志なんか、関係ない。
キミは、ボクの望む通りに、クリスマス粉砕のために破壊をもたらす怪人・[Miss.X]として、その、サンタクロースの姿で、クリスマスに浮かれた世間を滅茶苦茶にするんだ! 」
そして博士は、「えい」と言って、またリモコンのスイッチを押す。
すると、香夏子の前にあった洗脳装置が動き出し、ゆっくりと、香夏子に迫り始める。
「いっ、いやだ! やめろっ! やめろぉっ! 」
香夏子は半狂乱となって暴れ、機械から顔をそむけようとするが、洗脳装置は止まらず、香夏子の頭部はすっかり機械に取り囲まれた。
そして、洗脳装置に取りつけられたライトが光り輝き、香夏子は、自分がヘルマッド・ベアー博士に誘拐された時に見たのと同じ、強烈な閃光に押し包まれた。
「いっ、いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 」
香夏子の悲鳴が、ヘルマッド・ベアー博士の狂気の研究室に響き渡った。
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