・第2話:「変身」

 香夏子の全身を、虹色の光が包み込んでいた。

 同時に、香夏子が身に着けていた衣服がほどけるように溶けて消え、虹色の光に包まれた香夏子の肢体のシルエットがあらわとなる。


 まるで、古いアニメの変身ヒロインの、変身シーンのようだった。


「あああああああっ!? 」


 香夏子は、身体をくの字にのけぞらせたまま、叫んでいた。


 全身が、熱かった。

 心臓が何度も爆ぜるように脈打ち、身体全体が脈動しているような、これまでに感じたことのない不思議な感覚。


 まるで、自分の身体が、リアルタイムに作り変えられていく様な感覚。


 それは、しばらくすると唐突に収まった。


 全身を襲っていた不思議な感覚が消えた後、香夏子は数歩よろめいた後、どうにか踏みとどまった。

 だが、香夏子の呼吸は荒く、彼女は呼吸を整えるために両手を膝につき、前かがみになりながら肩で息をくり返している。


「おお、すばらしい。うん、うまくいったみたいだね。さすがは天才科学者の僕だ! 」


 そんな香夏子の様子を見ながら、ヘルマッド・ベアー博士は嬉しそうにそう言った。


 そんな博士のことを、香夏子は荒い呼吸をくり返しながら、顔だけをあげて睨みつける。


「こん……の! クマ野郎が! あたしに、いったいなにをした!? 」


 香夏子の身体に起こった異変。

 それがいったいなになのかはわからなかったが、その変化の原因を作ったのが、この熊の着ぐるみと白衣に身を包んだ、怪しげな科学者であることだけは間違いなかった。


「うふふ。……自分で、見てみるといい」


 香夏子の問いかけにヘルマッド・ベアー博士は答えず、代わりに、部屋の中に置いてあった姿見を手にとって、香夏子の前に置いた。


「……なん……だよ? これ……? 」


 香夏子は、その姿見の中に映し出された自分の姿を見て、絶句する。


 そこに映っていたのは、確かに自分ではあった。

 顔立ちや、身体全体の雰囲気、背丈などは、間違いなく自分の面影があった。


 だが、それは、かつての香夏子ではなかった。

 香夏子の髪は、鮮やかなピンク色に染まり、瞳の色もエメラルドのような色の碧眼となっている。

 それに加えて、バイクでのツーリングに適した服装だったはずなのに、今の香夏子は、クリスマスのイベントなどで見られる、サンタクロースのコスプレ姿となっていた。


 それも、露出面積多めの奴だ。

 縁にふわふわの白いモコモコがついた、鮮やかな赤い衣服。

 しかし、布面積は少なく、スカートは辛うじて下着が見えない程度の長さで香夏子の太腿はあらわとなり、上半身も、肩に脇、腹部は丸見えの、まるでサラシしか巻いていないような状態だった。


 ただ、不思議なことに、今まで感じていた寒さは、あまり感じない。

 それは、肘の辺りまでをしっかりと覆う手袋や、ふくらはぎの半ばまでを覆うしっかりとしたブーツに、膝上までを覆う真っ白なハイニーソのおかげだけではないだろう。

 なにか、この姿には外見からはわからない保護機能が働いているようだった。


 香夏子は、自身の姿に戸惑い、慌てて両手で自身の頬をつねって痛いかどうかを確認し、これが夢ではないことを確かめた。

 それから、自身の身体をペタペタと触って確かめ、これが自分の身体であることも確認する。


「いやぁ、ずいぶん驚いてくれたみたいで、嬉しいよ」


 そんな香夏子に、相変わらずののんびり、のほほんとした口調で、ヘルマッド・ベアー博士が言う。


「なかなかかわいい衣装でしょう? 君を捕まえた時、すぐにピンと来たんだ。いやぁ、思った通り、よく似合ってる」

「こんの……、変態! すけべっ! 」


 そんな博士を、香夏子は涙目になりながら怒鳴りつける。


「な、なんなのよ、この髪の色とかっ!? ぴっ、ピンクとか、絶対にハレンチな子って思われるじゃん!? そ、それに、なんでこんなに露出が多いのよ!? すぐにぱんっ……、下着が見えちゃうじゃない!? だいたい、あたしの革ジャンはどうなったのよ!? チームのみんなから贈ってもらったのに……! 」


 香夏子は赤面し、もじもじとしている。

 そもそも、香夏子はこういう、露出が多くて、かわいらしい格好をするのは苦手なのだ。

 丈の短いスカートはなにも来ていないようでスースーしていて不安になって来るし、がさつで気の強い自分にはとても似合っているとは思えない。


「いや、似合ってる、似合ってるよ、うん」


 しかし、ヘルマッド・ベアー博士は、ご満悦だ。

 ズケズケと遠慮なく香夏子の肢体を眺めながら、ゆるキャラみたいな着ぐるみの表情をほころばせている。


「このっ……! こっち、見んな! 」


 香夏子はその羞恥プレイに耐えかね、そう叫ぶのと同時に、ヘルマッド・ベアー博士に殴りかかっていた。

 口と一緒に、手が出るタイプの女の子なのだ。


 だが、かつて隣県から縄張りを嵐にやって来た不良チーム12名を、3分も経たずに全滅させた香夏子の拳は、ヘルマッド・ベアー博士には届かなかった。

 博士の顔面に香夏子の拳が叩き込まれようとした瞬間、香夏子の全身が金縛りにあったように硬直して、ピクリとも動かなくなってしまったのだ。


「ふふっ。いけない子だなぁ。でも、大丈夫。安全対策はばっちりさ。君は、ボクを傷つけることはできないんだ」


 驚愕(きょうがく)に目を見開いている香夏子に、ヘルマッド・ベアー博士は余裕たっぷりにそう言うと、また「えい」と言って、その手に持ったリモコンのスイッチを押す。


 すると、部屋の床や壁が突然開き、中から、やけに古めかしい印象のするマジックハンドが飛び出してきて、あっという間に、身動きの取れない香夏子を拘束してしまった。

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