Mr.XとMiss.Xのクリスマススペシャル2021

熊吉(モノカキグマ)

・第1話:「ヘルマッド・ベアー博士」

「う……ん……? ここ……は……? 」


 聖 香夏子がうっすらとまぶたを開くと、そこは、見慣れない場所だった。


 冷たい印象の、コンクリート打ちっぱなしの床に壁、天井。

 窓はないが天井にはいくつものLEDライトが輝き、辺りは明るかったが、内装が殺風景であるせいか、余計に寒々しい心地がする場所だ。


 実際、その場所は肌寒かった。

 今が冬の真っただ中であるためか。

 あるいは、この場所の冷たい雰囲気、どこかしっとりと湿った空気の感触から地下にでもいるのかもしれなかった。


 手で身体をさすれば、少しは暖かいかもしれない。

 そう思った香夏子は両手を動かそうとしたが、すぐに、自分が医療行為、あるいは人体実験を行うための台の上に、枷(かせ)で拘束されて動けないということに気がついた。


 手首だけでなく、足首も。

 香夏子はなんとか動けないか何度も試してみたが、枷(かせ)は固く、強固で、とても抜け出せそうにはなかった。


「なっ……、なによっ、これはっ!? なんでっ!? なんでこんなことされてるのっ!? 」


 香夏子は、無駄だとわかっても、半ばパニックになりながら暴れ続ける。


 自分は、確か……。


 愛車の、苦労してバイトしたお金で、知り合いのバイク屋の店員にアドバイスをもらいながら、そして出世払いという謎の理屈で値引きしてもらって買ったKAWASAKIのバイクで、馴染みの峠を攻めていたはずだった。


 雪が、降る前に、今年最後のツーリング。

 そう思って家を出た香夏子は、気分よく走っていたはずだった。


「ぅぐっ……、頭っ……、がっ……! 」


 ズキン、と鋭い痛みが頭の中を走ったが、それと同時に香夏子は自分がこうなる前の記憶を思い出していた。

 ブレーキングがうまく決まり、きれいにカーブを抜け、最高の気分でクラッチをつないでアクセルを開いた時。

 自分の目の前に閃光が見え、そして、自分が意識を失ったということを。


 対向車がヘッドライトをハイビームにしていたのかと思っていたのだが、今思い返してみると、あの閃光には違和感があった。

 なんだか、見ていると頭がぼーっとしてくるのだ。


 だが、それ以上のことは、なにも思い出せない。

 香夏子には、自分がなぜ、こんな寒々しい地下室のような場所にいて、しかも、台に拘束されて寝かされているのか、少しもわからない。


「やぁ、目が覚めてしまったんだね? ……少し、クスリの量が足りなかったかな? 」


 その時、突然声が聞こえた。


「くっ……、クマっ!? 」


 香夏子は声がした方を振り向き、そして、そこに1頭の熊が立っているのを見て、息をのんだ。

 そして、ニュースなどでよく、山で熊に人が襲われたといった話を耳にしていた香夏子は、自分も襲われてしまうのではないかと思い、恐怖に双眸(そうぼう)を見開き、冷や汗を浮かべる。


「ああ、驚かせてしまったかい? 安心して。ボクは熊みたいだけど熊じゃない。君を襲って食べたりなんてしないよ」


 だが、返って来たのは、どこかのんびりとしていてのんきな、子供番組のゆるキャラの声優のような口調の言葉だった。


「ボクの名前は、ヘルマッド・ベアー博士。一流の大学を一流の成績で卒業した、自分で言うのもなんだけれど、今の世の中でも指折りの科学者さ」


 そして、その声は香夏子の目の前にいる熊の口が動くのと同時に聞こえる。


(く、クマが、しゃべってる……? )


 香夏子は一瞬そう思ってしまって絶句したが、そんなことはあり得ないと考え直す。

 きっと、あの熊の中には人間が入っているのに違いない。

 つまり、あれはただの着ぐるみなのだ。

 科学者だと自称していたが、確かに、それっぽい白衣も羽織っている。


「そ、その、博士様が、こんなところでなにをしているのよ!? あ、あたしを捕まえたのはあなたなの!? いったい、なにをするつもりなのよっ!? 」


 相手が人間なら、話が通じるかもしれない。

 香夏子は自分が拘束されているという恐怖を追い払うように大声をあげ、ヘルマッド・ベアー博士を問い詰めた。


「うふふふ。そう興奮しないで。もう、[処置]は済んでいるんだから」


 香夏子の問いかけに、ヘルマッド・ベアー博士は、楽しそうに笑った。

 そして、白衣のポケットからリモコンのような物を取り出すと、「えい」と、かけ声とともに器用にボタンを押す。

 すると、カシャン、と音を立てて、香夏子を拘束していた枷(かせ)が外された。


「ぇ……? いいの? 」


 わざわざ拘束していたのだから、こんなにあっさりと解放されるとは思っていなかった香夏子は、戸惑いながらも、台から降りて立ち上がる。


「うん。だって、もう拘束しておく必要ななくなったから」


 そんな香夏子に、ヘルマッド・ベアー博士は、のほほんとした口調で、どこか笑っているような顔で言った。


 状況から香夏子が想像していたよりもずいぶんと紳士的な対応だったが、香夏子はヘルマッド・ベアー博士のことを、キッ、と睨みつける。

 ヘルマッド・ベアー博士が香夏子をどうやってか誘拐し、こんな場所に拘束していたことは、間違いのない事実だからだ。


「あんた! なんで、あたしをこんなところに捕まえたの!? それに、[処置]って、なによ!? 気色が悪い! それと、あたしのバイクはどこ!? 」

「うっふっふ。まぁ、まぁ、すぐに教えてあげるから」


 香夏子に問い詰められても、ヘルマッド・ベアー博士はのほほんとした口調を崩さない。


 そして、ヘルマッド・ベアー博士は、その手に持ったリモコンを、「えい」とまた操作して見せる。


 その瞬間、だった。

 ドクン、と香夏子の心臓が爆ぜるように脈打ち、香夏子の全身に、今までに感じたことのない、熱い感覚が走る。


「かっ……はっ……!? 」


 香夏子はその感覚に、思わず自身の身体をくの時にのけぞらせていた。

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