テイムするぞ②

「さあ、今日もテイム頑張るぞ」


 昨日に引き続き森へ行く。今日は母さんが作ってくれたお弁当を持ってきた。だから朝から暗くなるまで森にいるつもりだ。


 森に着くと早速見つけた。ポヨンポヨンと動きまわるスライムだ。昨日と同じやつなのか。違うのか。よく分からない。分からないけど、とりあえず後を追いかける。


「ふうん、昨日のスライムとは違うやつだな」


 昼過ぎになり、何となくそう思った。なぜかと言われてもうまく答えられない。なんというか、動き方? ポヨンポヨンの仕方? 色? 進む速さ? ううん、これといったはっきりした理由はわからない。だけど違うということははっきり分かる。


 これは昨日のやつとは違う。


 途中で何度か別のスライムとも遭遇したけど、何となく昨日のスライムとは違う気がした。これまでスライムなんて全部一緒だと思ってたけど、一つ一つの個体が全て違うみたい。これは発見なんじゃないかな。今日帰ったら友達に教えてあげよう。


 そのまま残りの半日も同じスライムを追いかけて終わった。


 家に帰る途中で何人かの友達に出会った。僕がスライムの個体ごとの違いを発見したことを伝えると、みんな「へえ」と微妙な顔をして去っていった。どうしてこんな大きな発見に驚かないんだろう。僕にはみんなの方が不思議だ。


 家に帰って母さんにも教えてあげた。母さんは優しく何度もうなずいて応えてくれた。でもなんとなく僕の発見を大切なものとは思ってくれてないようだった。誰にも分かってもらえない。なんか心の中がツンツンする。




 今日も朝からお弁当を持って森に行く。


 学校は今は休みだ。職業見学休みといって職業を授かった子供は3か月間、職業体験のための休みに入る。自分が授かった職業の先輩たちの元で実際に職業体験をする期間だ。実際の経験をしてから勉強すると学んだことを身に着ける速度がすごく速くなるんだって。


 本当は僕もテイマーの冒険者の元で一緒に冒険したかったんだけど、断られちゃったから。だから僕は一人で職業体験だ。一日も早くスライムをテイムするぞ。


 森に着くと早速見つけた。今日も相変わらずのポヨンポヨンだ。でも今日のポヨンポヨンを見て僕は固まる。


「初日のやつじゃん」


 初日に僕が追いかけてたスライムだ。なんでわかるのか自分でも不思議なんだけど、分かるものは分かるんだ。だからしょうがない。


「おい、また会ったな」


 スライムがチラッとこっちを見た気がした。でも逃げる様子はない。普通は人間が声を掛けようものなら一目散に逃げて行く。岩の隙間やら木の穴やらに体をくねらせ入り込んで姿を消すんだ。


 でも今日は逃げない。僕をチラチラ見てはポヨンポヨンと動き回る。近寄ってみると近寄った分だけポヨンポヨンと移動する。一歩進めばポヨン。二歩進めばポヨンポヨン。三歩進めばポヨンポヨンポヨン。一向に距離は縮まらない。


 それでも僕は追いかける。今日はわざと近づいたり離れたりしながら追いかける。スライムはそれが気になるのかチラチラと僕を見ている。だから僕も付いては離れ、離れては付いてを繰り返す。


「あれ、近づいた?」


 昼過ぎになり、少しだけスライムとの距離が縮まった気がした。距離にして半歩くらい。まだ六歩以上の距離があるけど、確かに距離が縮まったと思う。やばい、嬉しい。この喜びを街の友達に…いや、止めとこう。これは僕とこいつとの秘密だ。


 夕方になったので僕は帰る。今日はなんと最後の最後で五歩の距離まで近づけた。明日もこいつと会えるといいんだけど。


「明日も同じ場所に来るからね。今日と同じ時間だよ」


 そう言ってスライムに背を向ける。僕は軽い足取りで帰路に就いた。




 さあ、四日目だ。今日も森に行くぞ。


 森に着くと早速見つけた。昨日のやつかと期待したんだけど、残念ながら昨日のとは別の個体だ。すっごく残念。でもスライムはスライム。今日はこいつを追いかけよう。付かず離れずの距離。昨日までの二日間で体得したスライムとの距離感。たぶん、スライムはこの距離が一番心地いい距離なんだ。だからその距離にいつもいるようにする。


「おい、そっち行ったぞ」

「おう、任せとけ」


 あれ、今日は先客がいる様だ。一旦スライムから離れて声のする方へ進んでみる。そこにいたのはこの前の教会で剣士と盾士の職業を授かった双子の兄弟だった。スライムを相手に剣と盾を振るっている。


「ああ、ちょっと待った。待った、待った」


 僕は急いで二人とスライムの間に入る。なぜかというと今二人が相手にしていたのが紛れもなく昨日のスライムだったからだ。


「なんだよ、テイマーじゃねえか。邪魔すんなよ。今いいところなんだから」

「そうだぞ、これからこのスライムを真っ二つにするところだったんだから」


 同じ顔で同じようなことを同じ感じで言ってくる双子に僕は地面に頭を付けてお願いする。


「ごめん、本当にごめん、でもこのスライムは止めてほしい。お願い」


 何度も何度も地面に頭を打ち付ける。これは僕が身につけた技だ。よっぽどの悪ガキじゃない限り、僕がここまですれば必ず引いてくれるんだ。目の前の双子も例にもれず「こ、今回だけだからな」「つ、次はないからな」と言って去っていった。


 その足音が聞こえなくなって地面に擦り付けていた額を持ち上げる。額にくっついた小石を手で払うと手は血で赤くなった。ちょっとやり過ぎだったようだ。これだけ血が出てりゃ悪ガキだって引いたかもしれない。


 血が付いた手をズボンで拭う。するとその手に冷たく柔らかい感触が伝わってきた。なんだろと思いゆっくりと首をひねって見てみると、あのスライムが僕の血の付いた手に身を寄せてポヨンポヨンしている。いきなり距離ゼロだ。


 僕はゆっくりゆっくり手をスライムに近づける。そのまま両手で優しくスライムを掬うように持ち上げる。スライムが僕の目を見つめているのが分かる。目はないけど確かに見つめている。そしてスライムから僕に温かい何かが流れ込んでくる。スライムが光る。僕の手が光る。そして僕らは繋がった。



―――――

ミーノ(テイマー)

従魔:スライム


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