第8話 崩落

 木々を掻き分けて現れたのは一人の少年。

 オレのクラスメイトであり、神隠しに遭って行方不明になっていた夢見語留、その人だった。


「ま、待ってくださいユウリ君。落ち着いて。あの男性がアナタの捜していた夢見さんなのですか?」


「そうだよ! 早く行かなきゃ見失っちまう! なんで引き止める!? どうして手を離してくれないんだ、センパイ!!」


 村の奥、木々の生い茂る場所へと向かっていく夢見の背中を追いかけようと立ち上がったオレを、浦島は全身の力を振り絞って静止した。


 潜んでいるヒマなんてない。

 一刻も早くアイツを追いかけないと、また見失ってしまうかもしれないっていうのに。


「でも、あの人は……夢見さんはアナタと同い年なのですよね? ですけど、ボクにはとても―――」


「いいや間違いない! アイツは夢見本人だよ! ああもう、悪いけどセンパイの考察癖に付き合ってる余裕はねーんだ……!」


 オレは思いっきり力を込めて浦島の手を振りほどくと、その反動で彼女の身体が地面へと叩きつけられてしまう。


 尻餅をつくように倒れた浦島。

 オレは多少の罪悪感を持ちつつも、踵を返してその場から駆け出した。


「っ……ユ、ユウリ君っ!!」


 背中越しに聞こえてくる彼女の声。

 振り返るな、戸惑うな。オレがここにきた一番の目的を思い出せ。


「夢見ーーーっ!!」


 叫ぶ。

 距離はそこまで遠くない。向こうは歩いているがこちらは全力疾走だ。あと数十秒としないうちにその背中に手が届く。


 だけど、抑えきれない気持ちが喉から突き出てしまう。

 消えたと思っていた友人が存在していることの喜びが内なる衝動を叩き起す。


「夢見、オレだよ! ユウリだ!!」


 けれど、声は届かない。

 これだけ静寂に包まれた場所で聴こえていないなんてことはありえないのだ、ハッキリ言って異常である。


 そもそも、夢見はいったいどこから来て、どこへ向かおうとしているんだ……?


  ◆◆◆


 道門遊里が駆けてゆく。

 わたしの静止も物ともせず、友人の名を叫びながらその後を追うように。


 けれど、アレは本当に夢見語留なのだろうか。

 あくまで遠くから観察しただけだし、わたし自身、その人のことを知っているワケではないけれど。


 ―――あの男性は、


  ◆◆◆


 木々に遮られ、歩を進める速度が減少する。

 もはや目と鼻の先に友人の背中があるというのに、慣れない茂みに脚を取られてしまって上手く先へ進めない。


 夢見は相変わらずこちらに気付いている素振りすらないが、まるで慣れ親しんだ道をゆくかのようにスイスイと木々の間をすり抜けていく。


「なんだよ……この先に、何があるってんだ……?」


 ……わからない。

 尋常極まりない事態にも関わらず、オレはただ友人を掴まえることしか頭になくて。

 本来、人が通れるような場所ではないハズのところをひたすらに突き進んで。


 ―――気が付くと、開けた空間へ出ていた。


「なんだ、ここ……?」


 そこにあったのは木々に囲まれた半径数メートルほどの小さな広場のような場所。

 何よりも目を引いたのは、その中心部分の地面にことだった。


 夢見はオレより一足早く茂みから飛び出して、一直線にその穴へと歩いていく。フラフラと、まるで夢遊病者にでもなったかのような足取りで。


「夢見っ!」


 あのままでは穴へ落ちてしまう。

 どれだけの深さがあるのかは知らないが、落ちてしまえばタダでは済まない。最悪、命を落としてしまうことにすらなりかねないだろう。


 オレはそんなことを瞬時に察して、夢見の元へと走り寄り、


「ダメだよ。それ以上行けば戻れなくなる」


 ぐい、と。

 服の袖を何者かに引っ張られた。


「っ……!? な、なんだ―――って、浦島センパイ!?」


 そこにいたのは浦島海栗だった。

 黒髪のショートカット、見た目は完全に少年のそれ。声は聞き覚えのあるハスキーボイス。


 ……だというのに、何故か違和感を覚える。 


「センパイ? ああ、そっか。きみは一人じゃなかったんだね。それならあんまり時間がないから、手短に用件だけを済ませるよ」


 何やら独り言をぶつくさと言った後、浦島はオレの首に手を回し、背伸びをするようにして、


「―――んむっ!?」


 強引に、唇を奪われてしまった。


「ちゅ……っ、うん。少しばかり乱暴だったけれど許して欲しい。だけど、これで目が覚めるハズだ。ホラ、あそこを見てごらん?」


「な、な……センパイ、急に何を……!? だって、センパイは女―――」


「良いから。きみの本来の目的を忘れちゃいけないよ。ね?」


「目的……、ああ……夢見っ!?」


 くるり、と振り返って夢見がいた方へと向き直る。

 けれどそこには誰もいない。あるのは大きな、どれだけの深さがあるかもわからないあの穴だけ。


「“神域”に行けば二度と元には戻れない。神隠しに遭った人間が現実世界に帰ってきたなんて事例は知らないだろ? だからさ、きみが今見ていたのは現実じゃない。、これはただそれだけのお話なんだよ」


「な……夢見のヤツ、落ちちまったのか……? 嘘だろ、冗談だって言ってくれよ……」


 オレはショックのあまり膝から崩れ落ちる。

 背後で何者かが喋っている声が聴こえる気がするけれど、そんなものに意識を割いている余裕なんてない。


「……おっと、お迎えが来たみたいだね。よかったよ、きみまでこちら側に墜ちてしまうことにならなくて」


 ―――目の前が暗くなる。


 これまでずっと仲の良い友人だった夢見。

 オレはずっとアイツをおざなりに扱ってきたけれど、アイツだからこそ友人として接してこれたのは間違いなかった。


 少なくとも学生である間は男友達なんて作るまいとタカを括っていたオレに、そんなもの関係ないとばかりに近寄ってきた変わり者。


 普段はおちゃらけて冗談混じりに茶化してくることはあったけれど、男とか女とか、本心ではきっとそんなこと全然気になんてしていなかった―――正真正銘、嘘偽りのないただ一人のクラスメイト。


 捻くれ者のオレを理解して、そんなオレを誰よりも尊重し、周りの目なんて気にもせず、むしろそれらに立ち向かってくれた、本当の意味での友人。


 なんともない、なんてことはない。

 、だなんて吐き捨てていた自分に嫌気がさす。


 失って初めて気付く、と言うけれど。

 オレはずっと心のどこかで理解していて、それでも、それを表に出そうとはできなかった。


 それは他の何でもなく、オレの弱さ。

 道門遊里という人間の抱える問題なんてものに甘えて、大切にすべきものをぞんざいに扱ってきた者への天罰。


 まさしく神の所業。

 神隠し、だなんてよくも言ってくれたもの。


 ―――ああ。ゴメンな、夢見。

 オレは最後まで、オマエの本当の気持ちに応えてやれなかった―――


  ◆◆◆


 最終調査報告。

 地図に乗っていない村、および、その先に存在している崩落跡に関する記載を記す。


 あの場所が立入禁止だったのは過去に隠れた自殺名所として知られていたからだった。推察でしかないが、あの村は死にきれず行くあてのなくなった人たちによって作られた集落だったのだろう。


 どれほど昔の事かは定かではないものの、あの場所へ続く道は百年以上封鎖されていたと神社の神主は語っていた。


 警察の調査ということで事前に許可を得ていたものの、あの立入禁止の柵を破壊したのは得策ではなかったようだ。修繕費を支払い、早急に立て直して貰わなければならない。


 崩落跡―――およそ深さ数百メートルにも及ぶであろう大きな穴がどうやって発生したのか、その原因は不明。

 埋め直すにしては場所が酷く、森林を完全に伐採でもしなければ機材を持ち込むことは難しいらしい。よって放置はせず封印することになったのだとか。


 過去から伝わる“伝承”、神隠しの逸話については神社の神主から聞き出した。伝承の詩なんてものが残っていたが、あんなものはただのデタラメ。その真実は単純明快、あの穴へ投身自殺を行った者たちが『神隠しに遭った』などと言われているだけの話である。


 神隠しの真相、謎の村については以上。

 ここからは、現場にて発見した二人の学生について記載する。


 一人目、浦島海栗。

 行方不明者として捜索されていた少女。日を跨いで詳しく調査に出向いた際に私は彼女と出会った。

 最初は居ないものだと思っていたが、やはり彼女はここへ来ていたのだ。


 疲労は酷いものだったが、体調に不良点は見当たらない。念の為、保護ののちに病院にて検査を受けて貰ったが大事なし。警察の指導の末、無事に家へ送り届けることができた。


 二人目、道門遊里。

 私が一度目の調査にて少しの間だけ行動を共にしていた学生。外見はともかく、その言動や性格から完全に少年だと勘違いしていたが、。性同一性障害、と言うらしい。


 その少年―――ああいや、少女は例の崩落跡のそばで発見した。

 あれから家に帰ったものだと思っていたのに、とんだ誤算である。一歩間違えれば死人が出ていたかもしれない。自らの浅慮を恥じるばかりだ。


 彼女は浦島海栗と行動を共にしていたらしく、崩落跡にいたのは消えた友人とやらを見つけて追いかけたからだと語っている。

 しかしながら、彼女の口にする『夢見語留』という名の学生は存在していない。学校側に調べを入れたものの、生徒名簿にそんな少年の名前は載っていなかった。


 保護の後、浦島海栗と共に病院へ送られた彼女は精神科に通院。医師いわく『幻覚を見ていたとしか思えない』とのこと。

 いわゆる空想の友人イマジナリーフレンド、というものだ。彼女の性質となにか関係があるのかもしれないが、これ以上は専門外だ。私には関知のしようもない。


 さて、今回の件についてはここまでだ。

 報告書にはもう少し簡潔に書くとして、私の記録はここで閉じておくとする。


        ―――以上、竜胆京姫りんどうみやびの手記より

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