第6話 現実
捜索の結果、地図に乗っていない村とやらはすぐに見つかった。
山奥に建てられた木造の家屋。
たった三軒、それに加えて小さな小屋がある程度。
建物はどれも腐っていてボロボロだった。
人が住んでいたかも定かではないほど、その村は寂れきっていた。
何故この場所が地図に乗っていないのか。
理由は明白、ここは秘された場所だったのだ。
どうしてこんなところに住まなければならなかったのか、その意図は不明だが、過去に何者かがひっそりと暮らしていたのは間違いないだろう。
暴いてしまえばなんてことはない。
こんなもの、神隠しだのオカルトだのと騒ぐほどのものではなかったのだ。
しかしながら、山道をひたすらに歩き回るのは大変だった。
浦島海栗もこの場所にはいなかったし、神隠しだなんて噂話はデマカセで終わった。結局、今回の事件は単なる年頃の娘による家出騒動に過ぎなかったのだ。
はあ、と落胆の吐息を漏らす。
伝承なんてものに踊らされた自分に嫌気がさしてくる。
自分の目で確かめるまで納得がいかないこの性分、なんとかならないものかなあ。
◆◆◆
「なあ、センパイはこの三日間どこに行ってたんだ?」
地下通路を進む途中、オレはずっと気になっていたことを口にした。
浦島海栗が行方不明になってから三日目、目の前にいる少女はその間、家にも帰らずどこで過ごしていたのか。
「……三日、ですか? おかしなことを言うのですね、道門君」
だが、返ってきたのは予想だにしない言葉。
「ボクはまだ捜し始めて一日と経っていませんよ」
「……へ?」
「いえ……
「いや、オレに聞かれても……」
相変わらず少年と間違えてしまいそうになるような低めのハスキーボイスで、浦島は一人で勝手に納得しながらぶつくさと語り始めた。
「色々と不思議には思っていたのです。ですが、その謎もようやく解けました。……ああ、ホラ。もうすぐ出口が見えますよ。そこの先、うっすらと光が差し込んでいるでしょう?」
そう言いながら、浦島が懐中電灯のスイッチをオフにする。
これまでずっと完全な暗闇だったが、確かに奥の方に微かな光が見えていた。
「道門君。アナタの疑問は恐らくこの先にある光景を見れば解消されると思います」
まるで楽しみを待ち切れない子供のように、繋いだ手を引っ張りながら早歩きで進んでいく浦島。
オレは何がなんだか解らないまま―――けれど、そんな彼女の高揚感につられて、その後を追いかけるように歩を進め、
「なんだ、これ?」
その先の光景を目の当たりにした。
あまりの眩しさに瞼を閉じてから数秒、ゆっくりとそれを視界に収めていく。
―――そこは、村だった。
辺り一面を木々に囲まれた、隠れ村。
ボロボロな家屋、けれど確かにそこには人の住んでいた形跡があった。
そして。
なによりも驚くべきことに、
照りつける太陽の日差しがギラギラと眩しくて、頭の中がパニックになる。
これはおかしい。
オレたちは地下通路を進んできた。
その時は一時間にも満たなかったハズだ。
だから、今は夜更けでなければならないのに。
「センパイ、これ……どういう……?」
「恐らくですが、ボクたちがこの地下通路を通ってる間にかなりの時間が経過したのでしょう。月のキレイな夜から、一瞬にして真昼の青空へと変貌してしまう程に」
まさか、浦島が言っていたのはこのことなのか?
彼女の主観では一日足らずしか経過していないにも関わらず、オレたちからすれば彼女は三日ほども行方を眩ませていた。
体感で一時間―――けれど、明らかにこれは半日ほどが過ぎている。
目の前に広がる光景は嘘偽りのないものだ、オレがこの目で見ているのだから間違いない。
なら、疑うべきはどこだ?
自分の感覚がおかしい、なんて言い始めてしまったら、それこそオレは何を信じればいいのだろう?
「……もしくは。ここが“神域”、現実の世界とは隔離された場所だという可能性です。ボクたちは気付かないうちに長い時間を過ごしていたワケではない。ただ単に、この場所そのものが異常である、というお話です」
「いや……それは、それこそオカルトじゃねーか」
言いながら、自分の言葉に覇気がないことに気付く。
これまでずっと否定しようとしてきたものを認めざるを得ない―――いや、認めなければ自分がおかしいと認めてしまうことになる、そんなどうしようもない妥協点。
オカルトなんてありえない。
そう言い切るには難しい状況、現実に追いやられている。
「センパイは、ここにいたのか?」
「アナタと同じですよ、道門君。お恥ずかしい話ですが、ボクも最初にここへ来た時は戸惑いました。実在すると思っていなかった場所が目の前にあること、おかしいのは世界ではなく自分なのではないかという疑念。それらに打ち勝つことができなくて、捜索もままならず……。結局、半日足らずで来た道を引き返すことにしたのです」
「引き返す……この地下通路を、だよな? もしかして、それじゃあ―――」
「ええ、お察しの通りです。先程出会ったのがその後のこと。ですので、ボクは『一日足らず』と言ったのです」
つまり、地下通路を通ってこの村へ来て、半日ほど捜し回って、また戻る―――これだけで現実では三日も経過していたということだ。
信じがたい話だが、信じるしかない状況に陥っている。
自分自身の感覚を疑いたくはない以上、このオカルト極まりない現実を受け入れなければならないようだった。
「ここが本当にその“神域”とやらだっていうなら、夢見のヤツも……?」
「わかりません。事実として、ボクは自分の捜し人には出会えなかった。まあ、どこの誰かも忘れてしまった以上、見つけ出すことはほぼ不可能になってしまいましたが」
「オレはまだ夢見のことを覚えてる。アイツがここに迷い込んじまってるなら、一刻も早く見つけ出さねーと!」
「そうですね。そう思ってここへ案内したのですから。……ですが、まさか時間が狂ってしまっているとは思いませんでした。やはりここは普通ではない……伝承に残された“神域”なのかもしれません」
「……
「それはそうでしょう。道門君は少し誤解をしているようだから釘を差しておきますが、ボクは決して手放しにオカルトを信じ込んでいるワケではありません」
おいおい、オカルト研究部の部長が何を言う。
などど思いつつも、オレは黙って彼女の
「オカルトというのは想像上のもの。決してありえない、あってはならない空想の物語です。ボクたちがそれを楽しめるのは、それが
浦島の言い分は滅茶苦茶で、どこまでも自分勝手な理論だった。
けれど、オレにはそれが間違いだとは思えなくて。
「でも、実際にオレたちは見ちまった。おかしいのはオレたちなのか? オカルトなんてありえない……そう断言するってことは、オレたちがおかしくなったってことだろ?」
「そうですね。ボクも自分が狂ったなんて思いたくはない。ましてや今はアナタと一緒にいるのです。一人でいる時は耐えきれませんでしたが、二人でならこのおかしな現実に立ち向かえる、そんな気がするのです」
ぎゅっ、と。
ずっと繋いで離さなかった手に、力が込められる。
地下通路を抜けたのだ、もう繋いでいる必要もない。
けれど、きっと彼女はそれだけの理由でこの手を繋いでいたワケではないのだ、と。
オレは、今更ながらそんなことに気が付いた。
「わかった。なら調べようぜ、センパイ。ここが本当に“神域”とやらで、現実にはない場所で、夢見のヤツが神隠しに遭って、ここに迷い込んでいるのだとして……オレたちの目的は、夢見を見つけ出すことだったし、もちろんそれは果たす。でも、
―――その手を握り返す。
強く、けれど痛まないように、優しく包み込むように。
きっと、ずっとひとりで孤独と戦っていた小さな、けれどたくましい先輩に伝えるために。
「ふふっ……道門君は、面白いひとですね」
「あ、それいいじゃん。笑ってる方が可愛いよ、浦島センパイ」
「かわ!? ま、また年上をからかって……!」
「はは、ゴメンゴメン。なんていうか、センパイ相手だとつい口が滑っちまうんだよな」
ああ、いいさ。
立ち向かってやろうじゃないか。
どこまでも非現実的で、奇々怪々で、何もかもを疑いたくなるような
「ホラ、行こうぜセンパイ。あ、そうだ。オレのことはユウリでいいよ。年下相手なんだし、敬語とかも辞めちゃえば?」
「いえ、ボクのこれはクセというか……ってちょっと、引っ張らないで下さいよ道門く―――ユ、ユウリ君!」
―――オカルトなんてありえない。
オレたちはそれを証明するために、この世界の秘密を暴いてやる。
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