第5話 神域

 少年―――いや、少年のような外見の少女は、オレたちが捜していた行方不明の生徒、浦島海栗その人であった。


 まさかの事態に戸惑いを隠せないまま、オレも手短に自己紹介を済ませる。


「―――そうですか、ボクを捜しにお二人で。それは本当に申し訳ありませんでした。その、夢見さん……? という方が消えてしまった責任はボクにあります。手を貸す、というレベルのお話ではなくなってきてしまいましたね……」


「その、オマエ―――っと、浦島センパイも、誰かを捜してたんだよな?」


 オレが二年で浦島は三年。

 自分より背の小さい女子に対して先輩呼びをするのは少し抵抗があったが、ここは大人しく後輩として最低限の礼儀を見せておく。


「ええ。と言っても、誰を捜しているのかは自分でも覚えていないのですが」


「……えっ?」


「まあ、その辺りのお話は後で。今はボクに着いてきて下さい。神社の中に隠された地下通路があって、そこからこの山の向こう側へ出られる仕組みになっているんです」


「地下って、そんないかにも怪しげな……ちょ、待ってくれよ!」


 木製の扉を再び開いて、浦島は暗闇の支配する建物の中へと戻っていく。


 いきなり現れた浦島海栗を名乗る少女。

 まったくもって信用に値しない存在だったが、竜胆京姫の時とは打って変わって、オレは何故か疑いの目を向けてはいなかった。


 むしろ、ここで彼女を見失うワケにはいかない、そう考えてしまうほどの何かを感じ取っている。

 しかしながら、この時のオレはそんな己の精神状態に向き合えるほどの余裕はなく、ただ無我夢中に彼女の背中を追うことしかできなかった。


  ◆◆◆


 神社内部、隠された地下通路への階段を下りていくと、そこにあるのは完全な暗闇だった。


 音の無い世界。

 人が二人並んで歩くには難しい程度の狭い道、息苦しさと懐中電灯の灯りだけが頼りな状況に心臓が早鐘を打つ。


「大丈夫です、ここは一本道なので逸れることはありません。ですが念の為、手を繋いで行きましょうか」


 前を歩く浦島が、すぐ背後に立っているオレの左手をおもむろに取って、そのままがっちりと握りしめる。


「えっ、ちょ、センパ―――」


「道門君は信じていないかもしれませんが、ボクたちだっていつ神隠しに遭ってもおかしくはありません。まあボクの想像通りなら対象外のハズなので、大丈夫だとは思いますが……」


「あ、いや、そうじゃなくて。その……」


「なにか他に問題でも?」


 初見で少年だと思ってしまったとはいえ、オレは浦島海栗イコール女子であるという前情報を持っている。

 つまり、狭い空間に二人きりで手を繋いでいる状況なワケだ。


 今更『センパイって女ですよね?』と軽はずみに問い質す勇気はオレにはないし、浦島が気にしないなら別に問題ないとも思うけれど、やっぱり意識してしまうのは不可抗力というものだろう。


「……いや、なんでもない。ちょっと自分の中で色々と整理が追いついてなくて」


「それは無理もありませんね。こんなところまでやってきて、友人がいきなり神隠しに遭うだなんて不運にも程がありますから。あ、懐中電灯を貸して貰っても?」


「ああ、うん」


「ちょうどボクの持っていた懐中電灯の電池が切れてしまったところだったので助かります。この先は特に入り組んでいるわけでもないので、足元にだけ気を付け―――っ、きゃぁ!?」


 がつん、と浦島の後頭部がオレの胸元に直撃した。

 どうやら何かを見つけて急に立ち止まったようだったが―――


「……きゃぁ?」


「―――……い、いえ、なんでもありません。大きな虫がいたもので、つい」


 などと強がりながらも、握る手は震えていた。

 虫程度で大袈裟だなと思いつつ、オレは浦島の肩に手を置いて、


「オレ、前行こうか?」


「い、いえ。大丈夫です。今のは忘れて下さい」


 少しばかり声を上擦らせながらも、浦島は移動を再開した。

 なんだろう、出会って間もない年上の相手にこんな感想を抱くのは失礼なのかもしれないが、


「ふーん。可愛いとこあるんすね、センパイ」


「かわ!?」


「あ、いや、つい心の声が」


 何故か口にしてしまった。

 理由は不明だが、オレの中に眠る嗜虐心みたいなものが目を覚ましたのかもしれない。


「……はあ。ボクなんかよりよっぽど可愛い顔立ちをしている人に言われると、複雑な心境になりますね」


「いや、別に顔の話はしてねーんだけど―――」


「否定はしないんですね、はあ……」


 ―――ああうん、この人ちゃんと女子だ。

 自分の少年っぽい見た目についてそれなりに気にしているんだろう。


 オレは自分が女っぽいとはあまり思わないし、姉や妹に比べれば男らしい部分が際立つので、そこまで深く悩んだこともなかったが、どうやらこれは地雷のようだ。


「……あ、そうだ。センパイ、さっきの話なんだけど」


「なんですか。ボクが女らしくないことに関する議論でしたら却下です」


「いやいやそうじゃねーよ! あー、さっき言ってただろ。『誰を捜しているのか覚えてない』って。アレってどういう意味なんだ?」


 浦島海栗は神隠しに遭ったワケではなく、神隠しに遭った誰かを捜していたのだという。

 三日も家に帰らず連絡もしていないのはどう考えてもおかしいのだが、それはさておき、今のオレが一番気になる点はそこだった。


「はい。そもそも神隠しと言っても色々ありまして。この地域で起きている神隠しですが、どうやら人が消えるだけでは済まないようなのです」


「消えるだけでは済まない……?」


「そうです。超常現象に対して論理的な考察は不可能ですし、原理の解明や明確な仕組みの解説はナンセンスですが、ここの神隠しではのです」


 やばいぞ、理解か追いつかなくなってきた。

 そういえばこの人、オカ研の部長だった。


「つまり、人が消えるだけでははなく、その人に関する記憶や歴史までもが改竄かいざんされてしまう。端的に言えば存在そのものが無かったことになるんですよ」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。その理屈で言うと、夢見はまだ神隠しに遭ってないんじゃないか? だって、オレは覚えて―――」


 そう、オレは確かに夢見語留のことを覚えている。

 しかし、そう考えると同時に、夢見が消えた直後の出来事が脳裏にフラッシュバックされた。


『夢見って、いったい誰のこと?』


 まさか。

 いや、そんなことが……?


「ボクも完全に理解しているワケではありませんが、恐らく神隠しにも段階があるのです。時間が経つにつれて進行度が増していく。今のように、消えてすぐの段階ではまだ記憶に残っている。その人に接してきた時間が長い人は特に」


 つまり、竜胆京姫は知り合って間もない状態だったからすぐに忘れてしまった、ということだろうか。


「そして、ボクも誰を捜しているのかは忘れてしまいましたが、最初は覚えていたハズなんです。そうじゃなければこんな場所まで一人で捜しに来たりしませんからね」


「……なんつーか、本格的にオカルトじみてきたな」


「ええ、これはオカルトです。しかし現実に起きた事象でもあります。当事者でなければ目を背けてしかるべきですが、ボクもアナタも実際に体験してしまった。神隠し―――人が消え、その痕跡さえも消滅してしまうような、本物の怪談にね」


 流石はオカルト研究部。

 未だに信じきれずにいるオレとは違い、この奇々怪々な現実に立ち向かうだけの気概を見せている。


 確かに浦島の話が本当なら辻褄は合う。

 忽然と姿を消した夢見のことも、夢見を覚えていなかった竜胆のことも。


 だけど、やっぱり駄目だ。

 オカルトなんてありえない―――オレがその考えを捨ててしまったら、どんどんと底なしの沼に沈んでいってしまいそうな気がする。


「センパイの話はわかった。それで、この先に何があるっていうんだ。神隠しなんてものに遭っちまったなら、夢見はもうオレたちじゃ捜し出せないんじゃないのか?」


「道門君。アナタは地図に乗っていない村を捜していたって言いましたよね?」


「ああ」


「そもそも、地図に乗っていない村なんてものが本当にあったら、それこそオカルトではありませんか?」


 確かに、言われてみればそうだ。

 夢見がやけに神隠しについてはしゃいで語っていたからか、その発想に至ることすら出来なかった。


「ここを抜けたら山の向こう側に出るんだろ? 夢見はそこにその村とやらがあるって言ってたぜ?」


「そうですね、ボクもそう思っていました。ですが、地図上だと山を越えたところでそんな村には辿り着けない。この地下通路を抜けたって本来そこには何もありません」


「……へ?」


 話の流れからするに、オレたちはその村へ向かっているのだと思っていたのだか、違うのだろうか。


「地図にない村。つまり、この世には存在していない場所だということです」


「それは―――」


「神隠し。迷い子を“神域”―――文字通り、神様の領域へといざなう現象。神隠しに遭った人は消えたのではなく、別の世界へ移動しただけだとしたら?」


「別の、って……まさか……」


「この世にはない異世界。つまり、地図にない村とは“神域”そのもの、そう考えるのが自然ではありませんか?」

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