第4話 疑念

 夢見語留が姿を消した。

 まるでアイツが言っていた“神隠し”にでも遭ったかのように、それは唐突に起こったのだ。


 だが、それでもオレは信じられないでいた。

 オカルトなんてありえない―――その一心で、自分が正しいと証明する為にここまでやってきたのだから。


『夢見って、いったい誰のこと?』


 竜胆京姫という謎の女性。

 彼女は先程まで夢見と話していたハズなのに、アイツが消えてから急にそんなことを言い始めた。


 そんなワケがない。

 覚えていないだなんて冗談が過ぎている。


 つまり、オレの疑念は正しかったということだ。

 この人は平然と嘘を吐く。そんな人間を信用したことが間違いだったのだ、と。


  ◆◆◆


 調査に入った山奥で出会った学生が、いきなり声を荒げてどこかへ走り去っていく。

 よくわからないことを口にしていたが、恐らく恐怖を隠す為の言い訳か何かだったのだろう。


 追いかけるべきとも思ったが、私の本来の目的とは異なるし、何よりもうすぐ夜になってしまう。


 山の中で下手に歩き回っても危険だ。

 何より大切なのは自分の身と目的の完遂。

 彼が向かった方角は来た道だったし、きっと家に帰ったのだと己の良心に言い聞かせる。


 時間がない。

 私は一刻も早く山を抜け、地図にない村とやらに辿り着かなければならないのだから。


  ◆◆◆


 山に入ってから数時間。

 日は沈み、辺りは暗闇が支配し、懐中電灯の灯りだけが頼りな山道を一人孤独に歩く。


「クソ……夢見、どこに行ったんだよ……?」


 後悔と焦燥感に苛まれながら、オレは来た道を引き返していた。


 竜胆から逃げるようにして離れ、静止する声はあったものの、追いかけてくることはなかった。

 あの人がなぜ夢見のことを覚えていないような素振りを見せたのかは定かではないが、信用できない相手と行動を共にする理由はない。


 オレたちは浦島海栗を捜索しにきた。

 だというのに、夢見が逸れてしまっては本末転倒にも程がある。


 これは想像でしかないが、道の途中でオレには気付けなかった脇道を見つけた夢見がそっちへ向かったんじゃないだろうか。

 何も言わずに行くなんてことはないだろうが、それぐらいしか本当に思いつかない。


 人が忽然と姿を消す“神隠し”。

 そんなもの、絶対にありえないはずなんだ。


 オカルトには必ずトリックがある。

 夢見が消えたのは超常現象でもなんでもない、ただの偶然、成り行き、何らかの見落としに過ぎないハズなのだから。


「あれ……ここって……」


 しかし、結果的にその可能性は潰された。

 オレは何も見つけることなく、最初の場所である壊れた柵のところまでやってきていたのだ。


 少し先には古びた神社。

 結局、来た道をそのまま戻っただけだった。


 ……もしかして、怖気づいて帰ったとか?


 そんな都合のいい考えが頭に浮かび、その度にオレは自己嫌悪する。


 自分の中にある帰巣本能が静かに警告を鳴らしている。

 いなくなった夢見を捜し出すまで帰るワケにはいかないのに、それらしい理由をなんとか見つけてここから立ち去ってやろうとする浅ましさ。


 夢見のように、自分も気付けばどこか知らない場所へ迷い込んでしまうんじゃないかという恐怖に襲われながら、それでもと震える脚に力を込め、オレは周囲の探索を進めていく。


 倒された柵に書かれた立入禁止の札。

 ここがどうして封じられていたのか、もし本当に神隠しなんて事象が起こり得るのだとしたら。


 現実逃避でありながら、確かに目の前で起きた現実を直視するかのような、そんな理解不能の感覚に襲われる。


 それでも、一人で逃げ出すワケにはいかない。

 夢見と共にここへ来てしまった以上、オレにだって責任はある。


 暗闇の支配する神社周辺を懐中電灯で照らしながら、慎重に捜索を続けていく。


 木々のざわめき、飛び交う虫の羽音、そういった微かな物音が静寂を際立たせる。

 人が少しでも声を発せば間違いなく気が付く、それほどの状況であるというのに、それでも見つからない。


 神社の前、腐った木造の賽銭箱の手前で腰を下ろす。

 ここまで歩き回っても手掛かりひとつ得られないなんて、やはり夢見はこの辺りへ戻ってきてはいないのかもしれない。


「……はあ」


 思わず溜め息が漏れる。

 諦めたワケではないが、体力と精神力ともに限界が近い。

 オレは夢見とは違って帰宅部だし、休日は家に引きこもるタイプのインドア派なのだ。こんな山道をひたすら彷徨っては無理もない。


 ふと空を見上げてみる。

 夜空に浮かぶ満月が、今はどことなく不吉に感じてしまう。

 オカルトなんて信じていないし、夢見が神隠しに遭っただなんて未だに思ってはいないけれど、もはやそう思ってしまったほうが楽なんじゃないかとすら感じてくる。


「あー……こんなことなら、初めから……」


 知り合いでもない浦島のことなんて知らぬ存ぜぬを貫くべきだった。

 そんなどうしようもない思考が脳裏によぎるほど、オレの精神は摩耗しきってしまっているようだ。


 ―――と、その時。

 オレがぼそっと独り言をつぶやいてからすぐのことだった。


 ガコン、と。

 背後から、謎の物音が聴こえてきたのである。


「な、なんだ!?」


 驚き、思わず腰が浮いてしまいながらも、オレは音のした場所―――神社の中へと振り向く。


 これまでずっと静かだったハズなのに、はっきりと何かが動くような物音が聴こえてきた。


 オレは期待と恐怖の入り混じった感情のまま、恐る恐る神社の扉へと近付いて行って―――


「……うわぁっ!?」


 ガラガラガラ!!

 と、木製の扉が勢いよく開かれ、暗闇の中から白い手がニュッと伸びてきたのである。

 あまりの出来事に悲鳴に近い声を上げたオレだったが、そこから出てきたのは見知らぬ小柄な人間だった。


「……アナタ、こんなところで何をしているんですか?」


 

 黒髪のショートヘア、長めの前髪で目元が隠れているが、幼いもののやけに美形な顔立ちをしている。声は低めで掠れたようなハスキーボイス。服装は白黒のスプライト模様をしたシャツに紺色のジーンズを穿いている。


「あ……えっと、オレは……」


 あまりに唐突な出会いに思考が纏まらない。

 ただひとつ言えるのは、何故かこの少年の外見をひと目見た瞬間にオレの視線が釘付けになってしまったということだけ。


 自分のことながら珍しい。

 男にあまり興味のないオレがこんなにも気になるなんて。


「その……友達を、捜してるんだ。なんつーか、ええと……そこの先の、立入禁止の道に入っちまってさ。道中で急に逸れて……」


 オレのしどろもどろな説明に、少年は無表情のまま黙ってこちらに視線を向けている。


「あー、オレは別に信じてたりはしねーんだけど……アレだよ、神隠し? みたいなヤツ……?」


 なんと言えば理解して貰えるのかわからなくて、ついその単語が口をついて出てしまう。

 それじゃあ逆効果、きっと馬鹿にされておしまいだというのに。


「なるほど、わかりました。ボクも一緒に捜しましょう」


「ああ、そうだよな。こんな話なんて信じられ……え?」


 今、この少年はなんと言った?


「手伝う、と言ったんですよ。奇遇なことにボクも神隠しに遭った人を捜していたんです。アナタが何者かは知りませんが、こんな夜更けまで人捜しをするような方が悪人だとは思えませんから」


「え、あ、その……いや、神隠しってのは……」


「何の前触れもなく、忽然と人が消える。それが神隠しです。あの先が立入禁止になっている理由をご存知ですか? 実際、過去に何度もそういった事例が確認されているからなんですよ」


「な……いや、でも……」


「信じられないのも無理はありません。ですが現実に起きたことから目を背けるのはナンセンスです。大丈夫ですよ、きっとまだ間に合うハズですから」


 さっきからこの少年は何を言っているんだ?

 まさか、本当に夢見が神隠しだなんてものに遭遇したと言うのか……?


「さあ、こちらへどうぞ。ここから地下へ繋がっています。懐中電灯はありますね? ほら、手遅れになる前に早く見つけないと」


「ちょ、ちょっと待ってくれ! いきなり過ぎて何がなんだか……っていうか、オマエはいったい何者なんだよ!?」


 震えた声をひっくり返しながら、オレは少年に向けてそう問い掛けて、


「はい、自己紹介が遅れました。ボクは―――」


 返ってきた答えは、予想だにしないものだった。


「―――。戒壇高校三年A組、オカルト研究部所属の、しがない学生です」

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