第3話 友人
オレと夢見が初めてまともに面と向かって会話をしたのは入学式の日、その帰り道だった。
たまたま帰る方向が同じクラスメイトがいる、その程度のノリで先に話しかけて来たのが夢見だったんだ。
『なあオマエ、えーと……道門、だっけ? 俺様の名は夢見語留。ひとりでヒマそうだしさ、ちょっと一緒に遊びにいかない? あ、てかLINEやってる?』
なんとこの男、初見でオレのことをナンパしたのである。
見た目だけで判断するなんてどうかとは思うのだが、この時のコイツはオレに一目惚れしちまったらしい。しかも迷いなく誘っちゃうレベルで。
当然、オレは一蹴した。
男と仲良くやるのは面倒だけど、まともな学生としての本文を全うするという意味では妥協できる。しかしながら、あまりにもファーストインプレッションが強烈すぎた。
『え!? は!? オマエって
アリじゃねーよ!! と怒鳴り散らかしつつも、オレはこのどこか憎みきれないヤツのことを遠ざけようとはしなかった。
なんというか、これくらいのインパクトがあったほうが案外うまくいったりするのかも、なんて勘違いさせられてしまう程に。
そんなこんなで、次の日からもちょくちょく話しかけられたりして。
気が付けば、世間一般でいうところの『クラスメイト』ぐらいの間柄にはなっていたと思う。
そうして現在。
オレにとって夢見語留という存在は、まあ別にそれほど深く仲のいい相手というわけでもないけれど。
男友達なんてあまり作りたくはないオレの、唯一と言っていい友人―――まあ、その程度の存在だ。
◆◆◆
立入禁止の札が付けられている柵。
他の誰もそれを越えていった痕跡が無い以上、オレたちの捜している浦島海栗は別のルートを通っていったに違いない。
そう考えたオレは、夢見と竜胆にその旨を説明し、三人でそれぞれ辺りを探し回った。
―――しかしながら、成果はゼロ。
結局、柵を越えていくしか手立てはないだろう、という結論を竜胆が出し、オレたちも異論を唱えることなくそれに承諾。
浦島海栗捜索隊、なんておかしな名称の三人チー厶は、柵を壊して先に進むこととなった。
「あの、竜胆さん。本当にあれ……大丈夫なんです?」
やると決めたのは竜胆。
柵を思いっきり蹴破ったのはオレたち二人。
責任はすべて竜胆が持つ、と言うのだから、オレたちが心配するようなことはなにひとつとして存在してはいないのだが、やはり気になるものは気になる。
「あはは、うん。ちょっとした伝手があってね。まー怒られはするだろうけど、大丈夫じゃないかしら?」
なんていうか、お気楽な性格をしているな、というのがオレの竜胆京姫に対する第一印象。
年上の女性は少しばかり苦手なんだが―――まあ、
だが、それでも警戒は怠らない。
ジャーナリストだのと嘘をついてまでオレたちに同行する理由、浦島海栗のことを知っている理由、それらを明らかにするまでは。
「それにしても、地図にない村かぁ。キミたち、そんなの良く知ってたわよね」
「それはウチがこの近くの地主で、ちょっとばかりこの辺の伝承とか、古いしきたりとか歴史とか、そういうのに詳しい家系なんですよ! 何を隠そう、俺様はそこの長男で―――」
「あー、たまたまですよ、たまたま。オレも行ったことあるワケじゃないんで」
木々に囲まれ、まともな道ではない道を慎重に進みながら、オレたちはそんな緊張を紛らわせるかのように軽口を交わし合う。
先導きって歩く竜胆は、そんなオレたちの様子を振り返ることなく、背中を向けて歩きながらくすくすと笑ってみせた。
「ふふ。道門君、素直じゃないって言われない?」
「は? えーと、どういう意味です?」
「いや、ゴメンゴメン。可愛い顔してるし、ギャップで好きになっちゃう男の子とかいそうだなーって」
「あーもう、マジで気持ち悪いんで、そういう冗談はもうやめてくださいよ!」
「いやぁ、俺様は常日頃から感じてたんだよな。ユウリならワンチャンあるって」
ただでさえ足場の悪い場所を歩いているというのに、体力だけでなく精神的にも疲れさせないでくれ。
「あはは。……うーん、神隠しかぁ。道門君は『浦島海栗が神隠しにあった』って思ってるワケでしょ?」
「別に。オレは信じてなんかいませんよ、そんなオカルト。ただ行方不明になったのは事実だし、地図に乗ってない村とやらに行って調べてみれば何か解るだろうと思って」
「ふうん、なるほどね。それだけでこんな辺鄙なところまで来るなんて、意外と友達想いじゃない」
「ええ、そうなんです。最高の親友っすよ!」
ああもう、勝手に言っててくれ。反論するのも疲れた。
「私もね、その村については知らなかったんだけど……この辺でおかしな“伝承”があるっていうのは耳にしたことがあってね。それで、何かいい記事になるかなーと思って調べてたワケ。まさかこんなタイムリーなネタが拾えるなんて思ってもみなかったわ」
「“伝承”……具体的な内容とかは知らないってことですか?」
「うーん、それが途切れ途切れと言うか、曖昧というか。私が知ってるのは、それが何らかの事件性を秘めた事柄であることくらいかしら。ここら辺って普段は滅多に大きな事件とか起きない場所でしょ? だから何か関係あるのかなって。浦島さんが行方不明になったのは……ま、十中八九、年頃の子の家出騒動の延長だろうなとは思ってるけれどね」
「そうですよね。それが普通……なんだろうけど」
何故だろう。
今のオレは、心のどこかに『本当にそうなのか?』という疑念を持っている。
夢見が言っているオカルトじみた話の真偽はともかく、浦島海栗がオカルト研究部だという事実がある以上、何らかの関係性が無いとは言い切れない―――いや、あるだろうと確信めいたものを感じているんだ。
行方不明になってから三日。
もしも地図に乗ってない廃村とやらがあるとして、そこへ向かった浦島が迷ってしまった可能性は非常に高い。
これだけ日にちが経っていれば、その状態で山を越えて戒壇町へ戻るのは体力が保たない。救援は必須だ。警察がこんな場所まで捜索にくるとも思えないし、オレたちがこうして動いているのは絶対に無駄ではないはずなんだ。
だからこそ、竜胆の存在が意味深に思えてしまう。
一般人では知り得ない謎の村、その伝承、それを知って現れた大人の女性―――偶然にしては出来すぎている。
「……っと、この辺りは足場が酷いわね。ここ、注意して歩いたほうがいいわよ」
「わかりました」
ただ、オレたちの邪魔をするつもりはなさそうだ。
少なくとも身の安全を気にしてくれているし、悪意があるワケではないのだろう。
だからといって安々と信じるほどバカではないが、まあ鼻の下を伸ばして信用しきってしまっている夢見(アホ)の分くらいはオレが警戒しておくに越したことはないハズだ。
「うお……ホントだ、地面がやけに柔らかい。オイ、夢見。オマエも気を付けて―――」
泥沼のようにぐちゃぐちゃになった地面をなんとか大股で乗り越えて、オレは背後を振り返る。
運動神経の良い夢見のことだ、そこまで心配する必要もないとは思うが、念の為に確認しよう―――
「あれ」
―――そう思った、矢先だった。
「夢見……?」
先程まで軽口を叩き合っていた相手の姿が、忽然と、音もなく消えていたのである。
「……道門クン? どうしたの?」
先を進んでいた竜胆が異常に気付いたのか、こちらへと引き返してくる。
オレはあまりに唐突な出来事にパニックになって、
「おーい!! 夢見!! どこ行ったーーー!?」
ただ叫ぶしかなかった。
はぐれたにしては一瞬すぎるし、ここまで分かれ道すらないギリギリの場所を進んできたのだ、いきなり居なくなるなんてことはありえない。
ありえない、ハズなのに。
だが、オレの前で実際にそれは起こっている。
「竜胆さん、夢見のヤツが居なくて。さっきまで後ろで歩いてたハズなのに……!」
オレは必死に起こったことを説明しようと震えた声で事実を伝えようとして、
「ねえ、道門クン。その、よくわからないんだけど―――」
竜胆京姫は。
それが当たり前のことであるかのように、その言葉を口にした。
「
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