第2話 邂逅
―――進捗報告。
行方不明となっている
捜査本部が立ち上がる前に、本件は『年頃の少女による家出』として処理されてしまうだろう。
遺憾ではあるがどうしようもない。上層部の決定は絶対である。
しかしながら、いくつか気になる点があった。
戒壇町は平凡な田舎町ではあるが、ここから少し離れた場所にはかつて“村”があったのだという。
そこに伝わる“伝承”とやらが、本事件に関わりのある事項なのではないかという声が一部から上がっているのだ。
行方不明事件において捜索対象が見つからずにお蔵入りするなんてのはザラにある。
もしも、それらのように今回も不可解な事件として解決せずに終わってしまうとしたら……?
手掛かりはあった。
けれど、誰もそれに触れようとはしないなんて。
―――私は、確かめなければならない。
◆◆◆
放課後。
オレと夢見は一度自宅に帰って私服に着替えたあと、山の
ここの鳥居をくぐって傾斜を登っていくと古びた神社があるのだが、それを更に越えた先に隠れた道があり、そこを進むと村に出るのだという。
「おっす、ユウリ。……なんつーか、私服まで可愛い感じだよな、オマエ」
いち早く到着して待っていたオレを見つけ、駆け寄ってきた夢見が開口一番に発したセリフがそれだった。
「そうか? オレとしては普通なんだけど」
夏場ということで、今日の服装はかなり薄着にした。丈の短めなシャツにハーフパンツ。姉のお下がりとは言え、オレが着てもおかしくはないレベルだと思うのだけど。
「ま、ユウリちゃんのセンスはいつものことだから俺様は気にしないがね。いやもうホント、遠目で見たときはどこの美少女かと我が目を疑ったぜ」
「オマエ、ときどき真面目に気持ち悪いよな」
などと軽口を言い合いつつ、オレたちは鳥居をくぐって山道へ。
この辺りは舗装されていて階段があったりするので歩き辛いということはないが、日が暮れ始めた頃合いということもあって木々に囲まれた山道は薄暗く、足元には細心の注意を払わなければならないだろう。
「ほら、ユウリ。これ」
先導を切って歩く夢見がこちらに振り返り、何か棒状のものを手渡してきた。懐中電灯である。
「お、サンキュ。家にあると思ったんだけど見当たらなくてさ。助かるわ」
「それとこれ、虫除けスプレーな。ちょいと失礼」
シューッ、と全身に軽く吹きかけられる。
薬臭くて鼻にツンとくるものの、虫に咬まれるよりは何倍もマシなので黙ってされるがままになっておく。
「よし、それじゃあ行きますか」
準備万端、いざ地図に乗っていないと言われる廃村へ。
本当にそんな場所が存在するのか―――オレは半信半疑のまま夢見に着いていくのだった。
◆◆◆
「立ち入り禁止……見つけたぜ、これだ」
歩くこと数十分。
オレと夢見は神社に到着し、その周辺を捜索。隠された道とやらを見つけ出すことに成功した。
地面に突き刺すようにしてバリケードよろしく柵が立てられており、そこに取り付けられた木の板に『立入禁止』の文字。
その道の奥には木々が立ち塞がるものの、ギリギリ人が通れそうな雰囲気が見て取れる。
「なあ夢見。その先にその廃村とやらがあるのだとして―――」
「おう?」
「浦島がここを通っていった線は薄いんじゃないか? だってほら、柵がまったく壊されてない。これを何とかせずに先へ進むのは無理だと思うぞ?」
「確かに、それもそうだな。……他に道がある、とか?」
試しに柵を地面から抜けないかどうか試してみる。
柵は二つの大きな木の間に挟まるようにして設置されており、どれだけ力を入れても引き抜くことはできなさそうだった。
柵のない場所はあまりに足場も悪く、木々が密集してしまっているせいか、そこからこの道に出ることは難しいと言っていいだろう。
「なあ夢見、やっぱりここには―――」
オレが溜め息を吐きながら後ろに振り返ると、
「そこの君、こんなところで何をしているの?」
夢見の背後に、一人の長身の女性が立っていた。
「うわぁっ!?」
いきなり声をかけられて驚いたのか、夢見が奇声を発しながら飛び跳ねる。それにつられてオレも背筋がびくっと震えた。
「ええと、ごめんなさい。驚かせるつもりはなかったの」
そこにいたのは、長い黒髪を靡かせて細い眼鏡をかけたスタイル抜群の成人女性だった。
スーツに身を包み、肩からバッグを下げている。片手にはオレたちと同じように懐中電灯。もう片方の手には今時珍しい小型のインスタントカメラ。
「ええと、学生……よね? 遊ぶのはいいけれど、ここはほら―――『立入禁止』って書いてるでしょう?」
呆れ声の混ざった諭すような口調。
まったく見覚えがないけれど、この人はいったい何者なんだ?
「オレは戒壇高校の二年、道門遊里です。それと、遊びに来ているワケじゃありません。探しもの……いや、探しびと? みたいな感じで」
「そそそ、そうですお姉さん! 俺様は夢見語留っていいます。俺様たち、同じ学校の生徒で、行方不明になったっていう女の子を探してて―――」
え、浦島海栗って女だったの?
今更ながら初めての情報だったんだが。
「ふうん、なるほどね。それがどうしてこんな山奥の神社なんかに?」
「この先にあるっていう廃村を目指してて。そこに浦島がいるかもしれないんです。神隠しに遭ったかもしれない、って」
怪訝な眼差しを向けてくる女性に対し、オレはなんとか疑われないように誠意を込めて返答する。
「神隠し……行方不明の生徒……いいわね、面白そう」
「えーーーー!?」
思わず声をあげてしまった。
いやいや、なんなんだこの
「あっと、申し遅れたわね。私は
「ジャーナリスト!? ってことはもしかして、今回の事件について追ってたりするんですか!?」
スーツの女性、竜胆に対して声のトーン増し増しで食い付く夢見。
まあジャーナリストなんて言われたら夢見が喜ぶのも無理はない。いつの日か『俺様は将来ジャーナリストになるんだ!』みたいなことを目を輝かせながら語っていた気がする。
いやまあ、この女がジャーナリストだってのは明らかに嘘だろうけど。なんかはぐらかそうとしていたし。
「わざわざこんなところまで取材ですか?」
「ま、そんなところね。行方不明の彼女とは友人だったり?」
「いえ、ただ同じ学校に通う仲間が行方不明だなんて、そんなの気になるじゃないですか。警察も見つけられてないって話だし」
オレはあくまで優等生ぶった返答を続けてみる。
「ふうん……それで、ええと、なんだっけ? 神隠し、とか言ってたわよね」
「はい! 俺様の調べによると、この先には地図に乗っていない村がありまして! そこの伝承に神隠し的なものがあるって話で!」
それにしても、やけにテンション高いな夢見。
そんなにジャーナリストと話せるのが嬉しいのか、それとも美人な年上女性に興奮しているのか。まあどっちでもオレには関係ないけど。
「その神隠しってのに浦島海栗が巻き込まれたんじゃないか……ってこと?」
「そうですね。オレは神隠しとかそういうオカルトを信じてるワケじゃないんですけど。ただ浦島がオカルト研究部に所属しているらしくて。それなら興味本位で調べにいったりしててもおかしくないじゃないですか。だから、その『地図にない村』ってやつにいるんじゃないかって探しに来たんですよ」
「ふうん、なるほど。やっぱり面白いわね」
ジャーナリストというのは嘘だろうけど、何かしらの目的で浦島のことを探っていたのは確かだろう。
だって、
怪しい、怪しすぎる。
事件の関係者とまでは断定できないが、警戒しておくに越したことはない。
「地図にない村か……だから調べても全然出てこなかったワケ? うん、これはアタリを引いたかもしれないわね―――」
「あの、えーと……お姉さん?」
ぼそぼそと独り言のように何かを呟く竜胆。
夢見も何か不穏なものを感じたのか、先程までのはしゃきようも落ち着きを見せている。
「もう遅い時間だし帰りなさい、って大人なら言うべきなんでしょうけど。そうね、引率役がいるならそれも問題はないでしょう!」
「へ?」
「は?」
にっこりと不敵な笑みを浮かべて言う竜胆京姫。
そんな彼女の様子に首を傾げるオレたち。
「ここからはお姉さんと一緒に行きましょ。浦島海栗捜索隊、ここに結成よ!」
「「えーーーー!?」」
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