第3-22話 異能狩り

「アカリ!? どうしてここに?」


 突如として現れたアカリの姿はボロボロで擦り傷まみれだったが、重たい負傷は癒えているのだろう。歩き方や動き方に違和感は無かった。


「怪我の治療が一段落ついたので私がアカリ様をこちらにお連れいたしました」


 そういって頭を下げるのはエルザ。

 彼女は位が低いとは言え悪魔。『シール』の中に侵入するのは慣れたものだ。


「お兄ちゃんに何が起きたの」


 アカリはそのタイミングでホノカより現状を伝えられた。

 初め彼女は信じられないと言った表情だったが……しかし、ホノカと同じように、ナツキが鬼であることへの思い当たりがあったのか、なんとも言えない表情で黙り込んだ。

 

「なら、お兄ちゃんを戻すために〈さかづき〉……じゃなかった。〈ブック〉の願いを使う必要があるってこと?」

「そ、そういうことです」


 ユズハが頷く。

 この中で、鬼について最も詳しいのが彼女だ。


八瀬はちのせさんは既に完全な鬼になってしまっています。あのままではもう人には戻れません。このまま放っておけば『シール』を突破して現実世界に戻り、多くの人を殺して回るようになるでしょう」

「…………」

「き、きっとそれを“天原”はよしとはしません。八瀬はちのせさんはここで祓われます……」

「お兄ちゃんが祓われたら人間に戻ったりしないの?」

「は、祓う、というのはこの世から痕跡を跡形残らず消し去ることですから、八瀬はちのせさんは……死にます」

「そっか……」


 アカリはなんとも言えない表情で空を見上げると、そっと目を伏せた。


「でも……幸いにして、まだ願いは残ってます」

「そうね。〈ブック〉は死人を生き返らせるくらいよ。ナツキを鬼から人間に戻すことくらい訳ないわ」

「……でも、そのためには」


 ヒナタの視線が、遥か遠方に向けられる。

 激しい戦闘音。生き物同士とは思えない衝撃。


異能狩りハンターを止める必要がある」

「そういうこと」


 ホノカは頷くと、〈ブック〉を背にしてその場にいる全員に振り向いた。


「これから私たちは2つのチームに分かれるわ。1つは異能狩りハンターを説得し、ナツキへの攻撃を止めさせること。もう1つは、鬼になったナツキを説得して人に戻る時間を稼ぐこと」


 まずホノカが言うと、真っ先にアカリが応えた。


「……じゃあ、あかりが異能狩りハンターを止める側に回るよ」


 そのアカリに同調するように、ユズハとヒナタが異能狩りハンターの説得に回ることになった。


「わ、我は……ちょっと異能狩りハンターは……」

 

 と言って消極的なルシフェラを連れて、ホノカはナツキを止めにかかることにした。彼女たちはナツキの家を後にして、戦場に足を運ぶ。その途中、緊張した面持ちを隠そうともしないで、アカリが言った。


「あかりが時間を作る。でも、作れて5分。5分以内に説得できなかったら、次はない」

「……わ、分かってます。こ、交渉は……私が、やります」


 ユズハの言葉にアカリが目を丸くする。


「本気? ユズハお姉ちゃん大丈夫なの?」

「だ、大丈夫です。八瀬はちのせさんからいただいた恩を、ここで返しますから……」

「……分かった。じゃあ、お願いするね。お姉ちゃん」

「私はいざとなった時に2人を逃がすわ」


 ヒナタがそういうと、アカリは頼もしそうに頷いた。

 

 建物の間を抜けた瞬間、世界が広がった。

 そこにはどこまでも続く地平線があった。住宅街も、電柱も、車も、山も、何もかもが無くなっていた。ただ、その中心に2人の異能が立っていた。


 白と黒のオーラが混じり合い、火花を散らし、戦っている。


「……っ! いくよッ!」


 アカリがそう叫んだ瞬間、今まさにナツキに向かって飛びかかろうとしていたアマヤの姿がかき消えた。それと同時にアカリたちの真下に穴が空くと、重力に引かれて彼女たちの身体が穴に落ちる。


 だが、地面を通り抜けると、すぐに真下に地面が控えていて……そこに着地した。


「……あ?」


 アマヤは周囲を見て状況を把握。

 先程とは全く違う場所に吐き出されたことから、転移系の異能を使ったものだと推測したが、それにしては、と違和感を覚えた。


 何故なら、転移先に何一つとして罠が仕掛けられていなかったからだ。


「なんだ、お前ら」


 しかし、近くにいた3人の少女たちの姿が目に入った。


 この場にいるということは全員異能だろう。

 邪魔をするなら殺すか、とアマヤが拳を握りしめた瞬間に、


「……は、話を、聞いてください」


 ユズハがそう切り出した。


「……話?」

「そ、そうです。話です」

「そんな時間はない。俺はあの鬼を祓う必要がある」

「そ、その鬼についてなんです!」

「…………」


 アマヤは何も言わない。

 すぐに踵を返すと、天の星の位置から居場所を逆算し、ナツキの元に向かおうとする。


 最初から彼は話すつもりがないのだ。

 だからユズハは彼を引き止めるために続けた。


「もしあの鬼を、た、倒さなくても……! 被害を防ぐ方法があると言ったら、どうしますか!?」

「………どういうことだ」


 その時、アマヤが振り向いた。


 ユズハは内心でガッツポーズ。

 まず第一段階である興味を持ってもらうというステージを突破した。


「あそこに浮かんでいる魔導具……〈ブック〉を使えばあらゆる願いが叶います。私たちは、あれで八瀬はちのせさんを人間に戻したいと、そう思っています」


 アマヤはその言葉に片眉を潜めたがすぐに息を吐いた。


「無駄だ」

「……な、何故ですか」

「一度堕ちたやつは、次も堕ちる。堕ちた方が簡単に楽になれるからな。それを正さない限り解決しない。そして、解決しないのであれば、俺は祓わざるを得ない」

「……だ、だったら」


 ユズハはアマヤの厳しい視線に耐えながら、言葉を選んだ。


「わ、私たちがずっと側で見守ります。八瀬はちのせさんが、鬼にならないように……」

「あいつが堕ちたのはお前らを守るためだと思うが」


 淡々とアマヤが答える。


「結局のところ、お前らは自分たちで対処できない状況に首を突っ込んだ。それを1人で抱えていたアイツがお前らを守るために堕ちた。そんなところだろ」

「…………」


 ユズハは言葉に詰まってしまう。

 そこにアマヤは畳み掛けた。


「お前らが弱いからあいつは鬼になったんだ。だから、お前らじゃアイツを救えねぇよ。〈ブック〉だったか? それを使ってアイツを元に戻して、似たような状況になったら、またアイツに頼るのか? それでまたアイツが堕ちない保証は? 鬼にならない保証は?」

「……それは」


 ユズハが困った瞬間、ヒナタが変わった。


「だったら、それも願えば良いのよ」

「……何?」

「彼が二度と堕ちないように、〈ブック〉に願えばいい。多分これは2つ目の願いだから、願いは別だろうけど……」

「2つ目の願い? 何を言っている??」


 詳しい〈ブック〉のルールを知らないアマヤだが、細かい話は置いておいてユズハは続けた。


「だ、だから! 私たちが八瀬はちのせさんを人間に戻し、二度と堕ちないように……鬼にならないように! 〈ブック〉に願えばいい。それで、どうですか!」

「どうですか、と言われてもな」


 アマヤは少しだけ考え込むようにして黙り込むと……続けた。


「〈ブック〉が本当に願いを叶えられるなんて、信じられねぇよ」

「そ、それだったら……大丈夫です」


 ユズハは安堵の息を吐き出しながら笑った。


異能狩りハンターさんは、ここで少しの間待ってもらえれば……それでいいんです」

「待つ?」

「は、はい。私たちが八瀬はちのせさんを人間に戻し、二度と鬼にならないように願います。それで八瀬はちのせさんが人間に戻ったら、八瀬はちのせさんを見逃して下さい」

「……嫌だと言ったら?」

「〈ブック〉に願って“天原”を潰します」

「……おい。そりゃ、選択肢が最初からねェだろ」


 だが、アマヤは面白いものでも見るように笑った。


「3分だ。3分だけ待ってやる。その間に人間に戻せなきゃ、俺が祓う」

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