第3-18話 異能の在り方
「……ルシフェラ?」
おかしい。ルシフェラはさっき、炎に焼かれて砂になっていた。
視線を動かすとまだ戦っているユズハの姿があった。彼女もまた、
(……今までのは、夢?)
いや、違う。
それにしてはあまりにも
「ナツキ! 助力してくれ!!」
何が起きたのか理解できず、一瞬呆けていたナツキはルシフェラの声で我に返った。
深く考えるのは後だ。
「……悪い。今行く!」
ナツキは【鬼神顕現】の発動したままの身体で地面を蹴って、シエルの後ろにいたルルを蹴り飛ばした。だが、返ってきた手応えは本物。幻想を蹴らされたようには見えない。
「はぇ〜。よく飛ぶなぁ」
ローブの耐衝撃性能にかまけているシエルがそういってルルの飛んでいった方向を見た。だが、ナツキは彼女の弱点を既に知っている。『インベントリ』から取り出した呪刀を使って、シエルを断ち切る。
シエルはナツキの斬撃によって両断された。
高位の異能はこの程度で死なないが足止めをすることはできる。
「ルシフェラ、ホノカを追ってくれ!」
「分かっておる!」
ルシフェラがホノカを追っていくのを横目で見ながら、ナツキは蹴り飛ばしたばかりのルルを見る。そこには力無く、ぐったりと倒れているルルがいて……しかし、ナツキが見ている間にぼこり、と身体が泡になって消えていく。
「……ッ!」
ついさっき、ルルの言っていたことは正しかった。
今まで自分が見ていたのは夢ではない。
(俺が
数週間前に発現し……
「もう失敗なんてしない」
ナツキは息を吐き出すと、【心眼】スキルを発動。
そこには戦っているヒナタに向かって真っ直ぐ伸びている攻撃予測線が表示されている。
その線をたどっていくと……いた。
彼女たちの戦いを俯瞰できる場所で、ヒナタに狙いを済ますルルの姿が。
そして彼女はナツキに見られているとも知らず、『
「……シッ!」
ナツキはその刹那、弾丸を素手で弾くと空中を蹴ってルルの真横に着地。それをゼロコンマ数秒という単位で行ったナツキに、ルルが気がつくことなどあるわけもなく。
「はァッ!」
そのままナツキの拳が、ルルの本体を捉えた。
元は建築事務所か何かだったのだろう。3階建ての建物はナツキの拳が直撃したルルの身体によって、木っ端微塵に砕かれると瓦礫の雨を降らせる。遅れてナツキに殴られたことに気がついたルルが喀血しながら目を丸くした。
「……なん、で……あたしに」
「そこで寝てろ」
ナツキは瓦礫が雨のように降り注ぐルルの横を飛び出して、ユズハたちのところに向かう。【鬼神顕現】の残り時間は7分と少し。『リベンジクエスト』の残り時間は12分もある。
地面を蹴ったナツキの身体が一瞬で空高く舞い上がると、彼は戦場を見下ろして……息を吐き出す。ルシフェラとホノカがナツキの自宅で魔法陣を描いているのが見えた。ヒナタとユズハがアラタと戦っているのが見えた。
そして、ノゾミがアマヤの埋まっているクレーターに向かって走っているのが見えた。
「……?」
奇妙な動きだが、今はそれを気にしている場合ではない。
ナツキは【空歩】を使ってユズハたちの元に舞い降りると、アラタの剣を裏拳で叩き折った。
「2人とも下がってくれ」
そして、そのままアラタと対敵。
「い、良いんですか!?」
「ホノカのところに……! 彼女を守ってくれ!」
「分かったわ!」
ヒナタがナツキの言わんとすることを先に読み取って、ユズハを引きずるようにして返った。
「女の子を先に逃して正義の味方でも気取るか?
「……先生を倒すのに、邪魔でしたから」
「言うじゃないか」
「ええ、俺は先生に
「……2度?」
そう言った瞬間、ナツキはアラタに向かって飛び出した。
『紫電一閃』は使わない。使えない。
初見の時や、不意を打つようにして使ったからこそ『紫電一閃』はアラタに通じた。しかし、こうして万全の状態で相手にした時に『紫電一閃』が元勇者に届くとは思えないのだ。
あれを使う時は、確実に仕留めれると思ったその瞬間まで取っておく。
「ふッ!」
ナツキの初撃をアラタは折れた剣で防いだ。
しかし、その剣を粉々に砕いたナツキの拳がアラタの胸に着弾。
肋骨をばきばきにへし折ると同時に、アラタの蹴りがナツキの腹を捉えた。それによって互いに距離を取る。しかし、アラタの攻撃はナツキの全身にあふれ出ている黒いオーラによって防がれてダメージが入らない。
「……とんでもねぇスキルだな。
「奥の手ですから」
アラタは口の端に血の泡を浮かばせながら強がったようにそう言う。
しかし、その言葉に反して顔色は悪い。彼は知っているのだ。
今のナツキを倒せないということを。
だからすぐに終わった。彼を倒すのに拳は5回も必要でなかった。
「……次」
刹那、アマヤが倒れているはずのクレーターから爆炎が上がった。
それは周囲を真昼のように照らしあげると、神々しく舞い上がる。
「よォ、
「……天原アマヤ」
底から舞い戻ってきたのは、全身を炎に包んでいるアマヤ。
彼の身体は燃えているというのに不思議なことに、ナツキから受けた傷が再生していく。なんとも言えない奇妙な炎。
それを見た時に、ナツキは直感で理解した。
彼は【鬼神顕現】のような技を使っているのだと。
「お前を祓う」
ガチり、と音がした。
ひどく嫌な音がした。
「やってみろ」
そして両者が向かい合った瞬間に、ナツキの頭上を凄まじい速度で星が駆けた。
振り返るとそこには隕石が空を断ちながら、ナツキの家に向かって落ちていて、
「……っ!?」
刹那、【鬼神顕現】によって強化されている判断力により時間が無制限に引き伸ばされた。
ありえない。
あれを使える魔女は【治癒魔術】の発動に魔力を割いているから、あんな大きな魔法は使えないはずだ。どうしてあんな大技を使っているんだ。
ナツキはその隕石を受け止めようと駆け出そうとして……その瞬間、【鬼神顕現】の
がく、と全身の力が抜けて前のめりに倒れ込む。
ガチりと頭に響く音がした。
吐き気を催す、時計の針の音がした。
遅れて思考速度が通常に舞い戻り、隕石はナツキの家に激突し……信じられないほどの轟音とすさまじい衝撃波によってナツキの身体が吹き飛ばされて、そして全てがディスプレイだけの世界へと巻き戻された。
――――――――――――――
・ホノカ・白崎・グレゴリーが殺害されました
――――――――――――――
その表示だけが、ディスプレイに浮かんでいた。
知っている。自分のミスだ。俺のせいで彼女が死んだ。
――――――――――――――
クエスト失敗!
・報酬は入手できませんでした
――――――――――――――
そして、時間が舞い戻っていく。
――――――――――――――
リベンジクエスト!
・ホノカ・白崎・グレゴリーを殺害し〈
報酬:『〈
00:14:59:99
――――――――――――――
ルシフェラが目の前にいた。
魔女2人と戦っていた。だから魔女を倒した。
【無属性魔法】を使って生み出した箱の中に閉じ込めた。
それで魔法は使えないと思った。しかし、その間にアラタが動いた。
結果として、ホノカが殺された。
針の音が響いて、時間が戻った。
次はアラタと戦うことにした。ユズハとヒナタたちに魔女へと向かってもらって、ナツキがアラタを倒した。しかし、2人では魔女を抑え込めずルルの持っている空間を弾くシャボンによってみんなが死んだ。
頭の中で、時計の針が響き渡った。
次は魔女たちとアラタが戦うように仕組んだ。
しかし、アラタは〈
その時、針の音が響き渡った。
ガチり、ガチり、と嫌な音がナツキの頭の中で響き渡った。
何度も、何度も、何度も。自分が何であるのか忘れてしまうほどに、自分が何のために戦っているのかを忘れてしまうほどに、時計の針は逆巻いて行く。
殺さなかった。
ただの一度も異能を殺さなかった。
どんな時だって、恥じることのない生き方をするべきだと思っていたから。
だから殺したくなかった。でも、心が揺らぐ。
行き場のない迷宮に飲み込まれてしまって、ナツキの心が壊れていく。
「……俺が、ホノカを」
ガチり、と音がする。
嫌な嫌な音がする。
「殺せば……」
呻くように言葉を紡ぐ。
音が腹の底に響き渡って、脊髄を揺らす。気持ちが悪い。全部、全部吐き出してしまいたかった。
「……全て、終わるのか?」
異能たちは信じられないほどにしぶとかった。
今までとは比べ物にならないほどに食いついてきた。
こうして何度も彼らと拳を交えている間に、ナツキは気がついた。
今までの彼らがここまで戦わなかった理由は……戦うのが面倒だったからだと気がついた。
歯を食いしばって、血を吐かんばかりに気合を入れてまで戦う理由が無かったから、彼らは手を引いていたに過ぎなかったのだ。
しかし、〈
目の前にはリベンジクエストが残り時間を示す数字を刻々と減らしていく。
「…………」
ナツキの目の前にはホノカがいる。
ホノカが一生懸命に魔法陣を描いている。
そうすれば、〈
彼女は一心不乱に描いている。
ここまで集中しているなら、【鬼神顕現】のないナツキでもホノカを殺せる。
簡単に殺せてしまう。
力なきナツキはホノカの横顔を見ながら、
「……嫌だ」
「どうしたの? ナツキ」
ぽつりと漏らした言葉にホノカが振り返る。
彼はすぐに首を横に振ってなんでもないと答えた。
殺せない。殺せるわけがない。
死んでも〈
そんなこと、頭では理解している。
理解しているのだ。
けれど心がそれを許さない。
ホノカを傷つけることを、自分自身の心が許さない。
ガチりと音がする。吐き気を催す音がする。
遅れてホノカの胸が弾けた。血の
「……なんで」
そこに現れたルルに、ナツキは尋ねる。
「なんで……ホノカを殺すんだ」
「なんでって」
ホノカの描いた魔法陣に彼女の血が触れると、そのままの勢いで魔法陣に光が灯る。
「〈
ルルはフリルを揺らして、そう言った。
「あたしは異能。欲しい物はぜーんぶ手に入れる。人も物も〈
「……強欲、だ」
「何言ってるの?」
ルルの魔法がナツキに向けられる。
「せっかく異能になったんだよ? 自分を押し殺すなんて、馬鹿らしいじゃん」
「…………」
「全て自分が為したいように。それを通せるのが強さだし、それを通すのが異能だよ」
ルルが笑う。
ただ、淡々と異能のあるべき姿を語っていく。
「ナツキは何のために異能になったの?」
そして、泡が放たれると同時にナツキの心臓が弾丸によって貫かれて、全てがディスプレイの世界がナツキを捉えこんだ。
「……何のために、異能でいるのか」
そんなこと、考えことが無かった。
自分は異能なってしまったから、ずっと異能なのだと思っていた。
小学生が中学生になるように、中学生が高校生になるように。
ただ、なるようにしてなってしまったのだと思っていた。
でも、それはきっと……本音じゃない。
もし、なるようになったのであれば『クエスト』の能力なんて使わず
だが、ナツキはそうしなかった。
異能を使い、異能を倒し、
何のために。
俺は一体、なんのために。
「助けたいと、思ったんだ」
白い部屋で言葉を紡ぐ。
「ホノカを助けたいと、思ったんだ」
強く強く、言葉を吐き出す。
初めて自分を見てくれた少女を、生きていてもいいのだと思わせてくれた友達を、好きになってしまった女の子を助けたいと思ったから。
「だから俺は」
白い部屋にあるのはディスプレイだけだ。
だから、ナツキの声は誰にも聞こえない。
しかし、誰にも届かぬその声は
「異能で、いるんだ」
他ならぬ、彼自身が聞いていた。
世界が弾ける。視界が広がる。
あいも変わらず、ふざけた夜空が広がっている。
ナツキは息を吸って、吐き出した。
酸素が肺の奥に入って凄まじい速度で交換されていく。
ひどく視界がクリアだった。
こんなに綺麗な世界は久しぶりに見た。
「甘かった。俺が、甘かったんだ」
何のために異能でいるのか、何のために異能になったのか。
それがブレていた。迷ってしまった。だから、何もなせなかった。
『人に恥じない行動』なんて下らないものを守っているから誰も守れない。
そんなもの、捨ててよかった。破ってしまえば両親との繋がりが断たれてしまうなんて、子供じみた考えで執着していたから俺は誰も守れなかったのだ。
だから、捨てる。
そんなものは捨ててしまう。
「……ホノカを守る。みんなを守る」
それが自分の目的。
そうと決めれば何でもできる。
そこに不可能はない。
不可能だと考えることもない。
「だから」
魔女たちがナツキを見た。
「お前ら全員」
【鬼神顕現】の黒いオーラが溢れ出てナツキに
どす黒いそれが空を覆っていく。
「
空にはたった1つ。
災禍の星が煌めいていた。
―――――――――――――――
Lv:99
HP :500 MP:1040
STR:350 VIT:345
AGI:300 INT:350
LUC:65 HUM:0
【異能】
クエスト
【アクティブスキル】
『鑑定』
『結界操作』
『心眼』
『流離』
『鬼神顕現』
『投擲Lv3』
『身体強化Lv3』
『無属性魔法Lv2』
『四属性魔法Lv2』
【パッシブスキル】
『空歩』
『
『特攻:魔』
『ドライバー』
『剣術Lv3』
『持久力強化Lv3』
『精神力強化Lv2』
『ダメージ軽減Lv2』
『自動回復Lv1』
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