第3-17話 【異能:クエスト】

「ナツキ! 大丈夫!?」

「なんとも無いよ。大丈夫」


 そういってナツキは腕を掲げると彼の拳は傷一つとして付いていない。

【自己回復Lv1】と【鬼神顕現】の組み合わせにより、今のナツキに傷を付けられる人物はいなかった。


「ホノカ、俺のことは良い。それより、〈さかづき〉は?」

「顕現させるには、合成用の魔法陣を描かないと行けないわ。でも、それを書くには時間が必要なの」

「どれくらいかかる?」

「短く見積もっても5分は欲しいわね」

「……分かった。時間を稼ごう」


 目下のところ最大の障壁である“天原”は退けることができた。

 だが、まだ魔女が2人と異能狩りハンターが残っている。


「で、でも。さっき“天原”を倒したばっかりで……大丈夫なの?」


 魔女たちと戦っているのルシフェラ。

 ノゾミとアラタのコンビと戦っているのはユズハとヒナタだ。


 すぐに助力に行かないと行けない。


「大丈夫。あと、少しだから……」


 刹那、ナツキの身体がふらつく。


 【鬼神顕現】の残り時間はまだ12分と少し。

 30分だけしか使えないスキルだから強力なのだとは思っていたが……まさか、ここまでだとは思わなかった。そのせいか反動が思ったよりも身体に響いている。


「……これが全部終わったら、ゆっくり、休もう」

「そうね。すぐ、描くわ。待ってて」


 ホノカはそう言って、駆け出した。

 〈さかづき〉は彼女に任せよう。


 元々持っていた82枚に加えて、ナツキが異能狩りハンターから入手した9枚。そして、その大きな断片ページに引き寄せられるようにして手に入れた16枚の断片ページ


 それにより、ホノカが持っている断片ページの数は107枚となる。


「……107枚?」


 戦いの場から遠く離れるホノカの後ろ姿をふと振り返りながら、ナツキはそう漏らした。


 1


 しかし、その疑問に対してナツキは首を横に振って考えを改めた。いや、違う。あの夜、ユズハから聞いたじゃないか。ホノカの身体には……断片ページが埋め込まれているんだって。


「でも、それ……どうやって取り出すんだ……?」


 刹那、ナツキの脳裏に最悪の例が浮かんで……彼はすぐにかき消した。


「今は……こっちの対処が最優先だ」


 戦場を見るとルシフェラが押されていた。流石に悪魔と言えども2対1は難しいらしい。まずはルシフェラの助力からだ。


 そう思ってナツキが一歩踏み出した瞬間、目の前に一枚のディスプレイが表示された。


 ――――――――――――――

 緊急クエスト!


 ・ホノカ・白崎・グレゴリーを殺害し〈さかづき〉の断片ページを手に入れよう!

 報酬:『〈さかづき〉』の入手


 00:14:59:99

 ――――――――――――――


「……は?」


 意味が、分からなかった。

 最初、そこに書いてある文字列を認識するのに長い長い時間を必要とした。


 なぜ、このタイミングでその表示が現れたのかも理解できなかった。


「……最小化しろ」


 ――――――――――――――

 最小化しますか?


 Yes/No


 ――――――――――――――


「速くしろッ!」


 ぶん、とナツキの目の前に表示されていたディスプレイが消える。

 いや消えたのではなく、最小化されたのだ。


 ナツキの視界の右上に小さなアナログ時計のアイコンが表示され、それが15分というタイムリミットを刻みつけるように刻一刻と減り続けている。


「……ルシフェラ! 加勢するぞ!」

「すまぬ!」


 【鬼神顕現】の残り時間は10分。

 その間にさっさと魔女たちを止めなければいけない。


 ナツキは彼の周りを漂っている黒いオーラに突き動かされるようにして地面を蹴ると、空中にいたシエルを蹴った。だが彼女の来ているローブがぼす! と、クッションのような音を立てて、衝撃を全て吸収。


「〈さかづき〉はぁ、最初に手に入れた者が願いを叶える。通してもらうよ、八瀬はちのせナツキ!」

「通すわけないだろ」


 ナツキは『インベントリ』より取り出した黒刀で斬りつける。果たして物理の衝撃を吸収するシエルのローブは、しかし斬撃には耐えられず両断。そして生まれた空白。そこにナツキの蹴りが叩き込まれて地面に沈む。


「次ッ!」


 ナツキは反転。地面を蹴るとルルに向かって飛んだ。

 それは文字通りの飛翔。加速しきったナツキの身体が世界に溶け込むかのように線になると、そのままルルの身体に拳が沈む。


 一点に衝撃インパクトが叩き込まれたルルは自分が殴られたということにも気が付かずに遥か後方へと飛んだ。


「す、凄いな。ナツキ」

「……気絶させただけだ。〈さかづき〉の顕現まで時間を稼げればいい」


 血の混じったなにかを吐き出して気絶するシエルを後ろに、ナツキはノゾミとアラタに向かい直る。


「ルシフェラは先にホノカの元に。この空間に他の異能はいないと思うけど……万が一を考えよう」

「分かった。我に任せろ」


 そういってルシフェラは小走りでホノカの後ろを追いかける。

 次は異能狩りハンター共だ。


 だが、見てみるとそこにいるのは倉芽アラタが1人だけ。


「……?」


 不思議に思ったが、しかし1人であれば好都合。

 ノゾミがどこに行ったのか分からない以上、アラタをここで制圧すればいい。


 ナツキは刀を構えて、腰を落とした。

 バジ――ッ! と、雷が世界を駆ける音がする。


 その音に気がついたユズハとヒナタが慌てて距離を取った。

 それを不思議に思ったアラタが首を動かしてナツキの居場所を捉え、


「遅ぇよ」


 斬撃が駆け抜けた。

 横一文字にアラタの身体が切断されると、べしゃ、と間抜けな音を立てて地面に落ちる。


 見れば【鬼神顕現】の残り時間は5分。

 あのふざけた緊急クエストの終了時間まで10分あった。


「ナツキくん。生徒会長は私たちが止めておくわ」

「に、2対1なら……倒せはしませんが、ここにとどめることは出来るはずです。八瀬はちのせさんは、ホノカさんの元へ」

「悪い、2人とも」


 ナツキはノゾミの姿を見つけられなかったが、2人は居場所を知っているのだろう。なら、2人にこの場を任せよう。ナツキはそう思って地面を蹴ると、ルシフェラとホノカの後を追った。


 2人の姿はすぐに見つかった。

 というのも、彼女たちがいるのはナツキの家の庭だったからだ。


「……む? ナツキか。早かったな」

「後は2人任せてきた。魔法陣はどんな感じ?」

「ようやく半分描けたらしい。今は残り半分を描いているところだ」


 ルシフェラがそういって指した先にあったのは、信じられないほどに緻密な魔法陣だった。一見、ナツキはそれを魔法陣と認識できなかった。


 その複雑さ、密度はまるで集積回路みたいで。


「これで……半分なのか……」


 ナツキが小声でそう言った瞬間、信じられないほどの目眩に襲われて思わずナツキは前に倒れた。


「な、ナツキ!? 大丈夫か!?」

「……あ、ああ。大丈夫。少し、気分が悪くなっただけだ」

「治癒ポーションを飲んでも良いのではないか?」

「そう……だな。そうさせてもらうよ」


 ナツキは『インベントリ』から治癒ポーションを取り出して口に含んだ。爽やかな清涼飲料水の味に似た液体を嚥下すると、気持ち悪さが少し軽減。遅れて、【鬼神顕現】がついに切れた。


 刹那、重力が数十倍になったのではないかと錯覚するほど身体が重くなって……思わず倒れ込むようにして地面に膝をついた。


「だ、大丈夫か!?」

「……だい、じょうぶ。大丈夫だ」


 治癒ポーションを飲んでいなかったら、危なかったかも知れないな。


 そんなことを考えながら、ナツキは起き上がるとその場に腰を降ろした。

 そして、最小化していた緊急クエストのディスプレイを開く。残り時間は3分と少し。


 それだけ耐えればこのふざけた『クエスト』も終わりを迎える。


「……そろそろ描き終わるわ」


 ホノカがそう言った瞬間、遠方で爆炎があがった。

 それは炎というには、あまりに神々しく……信じられないほどに煌めいている。


「……っ!? あれは!!?」


 その方向は、ユズハとヒナタが居たところだ。


「……我が行く」

「ま、待て。ルシフェラ。あれは……」


 ナツキは彼女を静止しようとしたが、ボロボロになった身体ではそれを止めることは叶わず……彼女は先に行ってしまった。


「何の、炎なんだ……」


 炎というよりも、光に近しいそれは凄まじい速度でナツキたちに近づいてくる。


「ナツキ。描き終わったわ!」


 その瞬間、勢いよくホノカが振り返った。

 彼女の顔はわずかに紅潮し、心なしかいつもよりもテンションが高い。


 ようやく、だ。

 ようやく〈さかづき〉を手に入れられる。


 そう思ってナツキが彼女の元に近づこうとした時に、


「ご苦労さま」


 ホノカの心臓が、血の弾丸によって穿たれた。


「甘いねぇ、甘いよ。ナツキぃ」

「……なんで、お前が」


 ホノカがナツキの方を見ながら倒れていく。

 それに手を伸ばしながら、ナツキは叫んだ。


 信じたくなかった。信じられなかった。

 だってそこにいるのは、さっき自分が気絶させた相手じゃないのか。


シャボンは夢の欠片。幻想ユメを作るのはお手の物だよ」


 小学生のような姿をして、信じられないほどのフリルを付けて、馬鹿みたいなステッキを掲げて、魔法少女ルルはそう言って不敵に笑った。


「“天原”を倒した時はやるじゃんと思ったけどさ、ちゃんと殺さないと。ほら、向こうは本気だよ?」


 刹那、空を駆けるように巨大な龍の召喚獣が現れた。

 それは煌めく炎に向かう途中で、がくん……と、動きを止めると跡形もなく消えた。


「ありゃ。術者が死んじゃったね」

「……ユズハ?」


 そして、少し遅れて大きな砂塵が宙に舞った。


 キラキラと、炎を反射して夜空に光るそれはとても綺麗で、


「……嘘だ」


 まるで、悪魔が死んだとは思えないほどに美しい。


「あーあ。ガチギレじゃん。このままだと、あたしも巻き込まれるなぁ」

「……ッ! ホノカ。治癒ポーションを!」


 せめて、彼女だけでもッ!


 地面に倒れたまま呻いているホノカにナツキが治癒ポーションを差し出そうとした瞬間、その拳ごと治癒ポーションが貫かれた。


「だめだめ。グレゴリーの生き残りに最後の断片ページが埋め込まれてるってみんな知ってるんだよ? それを取り出すには、殺さないとね」

「ふざ、けるな……っ!」


 ナツキは地面に倒れたまま叫ぶ。


 刹那、ガチリ、と頭の中で大きな金属音がした。

 それは歯車が噛み合ったときのような、そんな音。


「異能同士の戦いで、全力見せてどうするの。こういうのは最後の最後まで力を温存しておいてさ」


 ナツキはルルに掴みかかろうとして地面に倒れる。

 もう力が残っていない。じくじくと貫かれた手のひらが傷んだ。


 ガチリ、と音がする。

 嫌な音だ。音を聞くだけで吐き気がする。気持ち悪くなる。

 頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。


「いー感じのところで現れて、美味しいところをぜーんぶ持ってくに限るんだよ」


 ホノカに手をのばす。彼女は口から血を吹き出して、浅く浅く呼吸をしていた。

 彼女は心臓と共に肺に穴が空いて、血が貯まっている。肺は酸素を交換できず、自らの血に溺れていく。


 ガチリ、と音がする。


 極限の気持ち悪さの中で、その時ナツキは気がついた。


「これが異能の勝ち方。真正面から馬鹿みたいに殴り合う必要なんてないんだよね」


 これは、針の音だ。

 だ。


「贅沢言うと、ナツキの血を飲みたかったんだけどねぇ。でもさ、全力の“天原”に勝てる異能なんていないからここで終わり。〈さかづき〉の争奪戦ゲームあたしの勝ちハッピーエンド。じゃね、ナツキ」


 そして、ガチリと音がする。



 ――――――――――――――

 緊急クエスト!


 ・ホノカ・白崎・グレゴリーを殺害し〈さかづき〉の断片ページを手に入れよう!

 報酬:『〈さかづき〉』の入手


 00:00:00:00

 ――――――――――――――


 それは、ディスプレイだけの世界だった。

 それ以外に何もなかった。


 時間を表示している欄が真っ赤になって0という数字を点滅させていると気がついたとき、自分は緊急クエストに失敗したのだと気がついた。そして、自分は死んだのだと思った。


 ――――――――――――――

 クエスト失敗!


 ・報酬は入手できませんでした

 ――――――――――――――


 表示が切り替わる。

 報酬。報酬は、〈さかづき〉だ。


 それは、ナツキたちがずっと手を伸ばし続けてきたもの。

 ずっと求め続けてきたもの


 それを手に居られなかった。


 息を吐く。死んだにしては、嫌な世界だ。

 死んだ後も失敗したということを見せつけられる。


 だが、再び表示が切り替わる。


 ――――――――――――――

『ループ』機能が解放されています。


 対象者:八瀬はちのせナツキ

 対象時刻:15分


『ループ』を発動します。

 ――――――――――――――


 視界が、開けていく。

 どこまでも、どこまでも、どこまでも――ッ!


 ――――――――――――――

 リベンジクエスト!


 ・ホノカ・白崎・グレゴリーを殺害し〈さかづき〉の断片ページを手に入れよう!

 報酬:『〈さかづき〉』の入手


 00:14:59:99

 ――――――――――――――



 刹那、ナツキが見たのは魔女2人と戦っているルシフェラの姿だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る