第3-16話 慟哭する異能

 全身から黒いオーラが溢れ出ているのが見て分かる。

 指に力を入れただけで常人の肉を裂いて、骨を千切ってしまうだろう。


 視界に表示されている30分のタイムリミットは刻一刻と迫っている。

 もう一秒だって無駄には出来ない。


 だからナツキは地面を蹴った。

 周囲の人間が分かったのは、それだけだった。


 遅れて先ほどの隕石のような衝撃波が吹きすさぶと、アマヤの身体が消えていた。


「……そういうことか」


 凛とした構えのままでナツキは拳を構えて立ち尽くす。

 これでは刀は使えない。このスキルがある限り、素手で戦うことになるだろう。


(……なんで、異能狩りハンターたちが拳で戦うのか。理由が分かった)


 異能狩りハンターだって、人と戦うのだ。

 剣や刀を使った方が良いに決まっている。


 だが、彼らが本気を出す時は決まって素手だった。


「剣の方が、脆いんだな」

「……あァ、そうだ」


 家を20軒は貫通してその衝撃を和らげ、瓦礫をベッドのようにして倒れていたアマヤが起き上がる。


 そう、刀ではこの領域に付いてこれない。

 金属は砕けて壊れてしまうから。


「その強さ、『身体強化系』の異能にしては成長の跳ね上がりが通常の範疇に収まってねェ。大方……何かしらの制限があるな。寿命か、あるいは時間制限タイムリミットか」


 ナツキは何も言わずに地面を蹴る。

 音速を置き去りにして、自らの身体すらも曖昧になってしまうような超高速のナツキの蹴りは、しかし血まみれになったアマヤが食い止めた。


「その急ぎ具合……時間制限タイムリミットの方か」

「……ッ!」


 バゴッッッ!!!


 遅れてアマヤの立っている地面が木っ端微塵に砕け散る。


 まただ。

 また衝撃を逃されたッ!


「もう放っておいてくれッ! 俺たちが、異能狩りアンタたちにどんな迷惑をかけたっていうんだッ!」

「俺たちには何一つとしてかかってねぇよ」


 今度はアマヤがナツキの足を掴んだまま心臓部を手のひらで叩いた。【鑑定】スキルで表示されたその技は『停掌底』。非貫通型の打撃を心臓に打ち込むことで、心室細動を引き起こし絶命させる技。


 だが、“天原”という異能が使えば。


「……っづ!」


 ナツキの顔が苦悶に歪む。


「心臓をハジくつもりでやったが、これを耐えるか」

「……はァッ!」


 ナツキは地面に手をつくと、そのまま回転。勢いを乗せたままアマヤの鳩尾を蹴りながら宙に押し上げる。


「空中なら……逃がせないだろッ!」


 叫ぶと同時にナツキは跳躍。アマヤの身体が重力に引かれて地面に戻り始めたタイミングを見計らうようにして大きな蹴りを叩き込む。


 パァン! と、人の身体が音速を超えたことによるソニックブームが発生。

 アマヤの身体が弓なりになって地面に飛ぶ。


「【空歩】ッ!」


 ナツキの持っている空中歩行のスキルを発動。

 彼は空中を蹴って加速すると、アマヤの落下地点に先回り。


 背を向けるアマヤの身体を再び直上へと蹴り上げた。


 常人であれば既に死んでいるであろう攻撃も、アマヤは耐える。ナツキには依然、数本の骨折程度の手応えしか返ってきていない。


「さっきの返答だ」


 空中でアマヤが反転。ナツキを向く。


「お前たちは俺には迷惑をかけていない。だが、一般人ノルマにはかけたな」

「……駅前のあれは、ルルが原因だ」

「だとしても、お前は『シール』を使えば良かった。そうすれば、あの吸血鬼ヴァンパイアによって一般人ノルマが12人も殺されなくて済んだ」

「そんな余裕は無かったんだ……! 『シール』に入れば、アカリが死んで……」


 ナツキの拳がアマヤの胸部に吸い込まれていく。

 人の身体なんて紙のように貫通してしまう威力。


 だが、それを海のような柔らかさで、アマヤは受け取った。


八瀬はちのせナツキ、お前はたった1人を救うのに」


 そして、反対にアマヤの拳がナツキに伸びる。


「何人も見殺しにするのか?」


 そして、アマヤの拳がナツキに触れた。

 刹那、ナツキの勢いが反転。自らが放った攻撃を100%返されたナツキは落雷のように地面に落ちる。


「異能は力ある者。ならば、力なき一般人ノルマは異能が責任を持って守らなければならない。俺たちはその秩序のために存在している。だから、ナツキ。お前のそれは言い訳だ」

「……うるせぇ」


 瓦礫に落ちたナツキは跳ね起きる。

 全身をバネのように使って駆動させると、ナツキは吼えた。


「友達を……守りたいと思ったんだ。生きていてほしいと思ったんだ。それが、間違えてるはずがないだろッ!」


 それはアマヤの想定よりも早く、彼の技が間に合うより先にナツキの蹴りがアマヤの頭を捉えた。


一般人ノルマの命が大切だってのは……俺だって分かる。でもなッ!」


 アマヤの身体がバウンドする。

 跳ね上がった瞬間に、ナツキの拳がアマヤを穿つ。


 ヒュゴッッツツ!!!


 質量兵器のような音を出して、アマヤが地面に着弾。

 そして、クレーターを生み出した。


「友達の命だって……大事なんだ! お前に、アカリの何が分かる。俺たちの何がわかるっていうんだッ!」


 起き上がろうとしたアマヤにナツキは踵落とし。

 当然、それは衝撃を地面に逃されるが……しかし、わずかに手応えが返ってきた。


 ……勝てるッ!


 そうだ。どんなに万能に思える技にだって、いつかは限界が来るに決まっている。

 アマヤはナツキたちの魔法に対抗するために異能を封じていた。


 ならば今の彼は一般人ノルマ

 限界を突破したナツキの猛攻を防ぎきれるわけがない。


「俺たちが〈さかづき〉にどんな願いを込めてるのか……お前には分かんないだろっ!」


 拳が振るわれる。


 母親に戻ってきてほしいと、アカリは願った。

 自分のせいで変わってしまった母親を、助けようと思って変わってしまった母親が元に戻って欲しいと彼女は願った。周りの人は誰も母親を助けてくれなかったから。せめて、自分だけでも母親を助けたかった。


「俺たちみたいな人間が……この世にいて、どうしようもない理不尽を前にして……それに歯を食いしばってることなんてお前に分かんのかよ……ッ!」


 拳が振るわれる。


 父親に生き返ってほしいと、ルシフェラは願った。

 人との共生を望み、誰よりも悪魔という滅びゆく種族のことを考えていた彼は自分を助けるために目の前で殺された。父の意志は悪魔同士の共倒れではなかった。そして何より、自分のたった1人の肉親だった。だから、生き返らせようと思った。


「自己責任だ。全てその言葉で片付けられてきた。誰も俺たちを助けてくれないんだ。俺たちは、俺たちの力で助かるしかないんだ」


 拳が振るわれる。


 殺された一族を取り戻したいとホノカは願った。

 魔法の名家に生まれ、魔法が使えなかった自分のために家族はあらゆる手を打ってくれた。そして、手に入れた断片ページのせいで自分は家族を失った。失って初めて、自分に足りなかったのは魔法なんかじゃないことに気がついた。


「俺たちはみんな同じなんだッ! 異能なんて関係ない。俺たちに誰も手を差し出さないなら、俺たちが助け合うしかないんだッ! そんなこと、お前には何も分かんねぇだろ天原アマヤッ!」


 そして拳が振るわれる。


 当たり前になりたいとナツキは願った。

 両親が失踪し親戚中をたらい回しにされ、高校の学費だって払えるかどうか分からなかった。周りの子が羨ましくないかと言ったら嘘になる。周りのやつが妬ましくないかといったら嘘になる。


 どうして自分だけが、と考えたことなんて数え切れない。

 なんでこんなことに、と考えたことなんて数え切れない。


 親がいないというと周りに気を使われるのが嫌だった。

 でも、世の中全て親がいる前提で動いてくのが嫌だった。

 

 誰も自分のことを求めてくれる人なんていないと思える世界が嫌いだった。

 不確定であやふやで未来のことが何にも分からないこの世界のことが嫌いだった。


 だから、ホノカに〈さかづき〉の話を持ちかけられた時、友達になってほしいと言われ仲間と言われた時、それにどれだけ救われたと思うのか。


 この世界に自分のことを必要としてくれる人がいると思えたことで、どれだけ自分もこの世界で生きていいんだと思えたと思っているのだろうか。


 そんなこと、分かるはずがない。

 強者こんなやつらに分かるはずがないのだ。


「……俺たちは願いを叶える」


 そしてナツキは力なく手をのばすアマヤに背を向ける。


「終わるまでそこで寝てろ」


 気がつけば、数十メートルという高さを量の拳で削っていたらしい。

 ナツキは上を見上げてため息をつくと、その距離を跳躍で登りきった。

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