第3-15話 八瀬ナツキは異能である④

「……鬼の末裔?」


 ナツキはアマヤの言ったことを飲み込めずに疑問を呈した。


「何だ、知らないのか? お前の一族の話だろ」


 構えを解かず、アマヤが答える。


八瀬やせ童子、あるいは八瀬やえ童子。そう呼ばれる鬼が、数百年前にいた。それは俺たちの先祖が祓ったが、その鬼には赤子がいたんだ。人との赤子だ。“天原”は子を祓うべきかどうかを思案し、結局……赤子だからと見逃された」

「…………」

「その半鬼はやがて人と子供を作り、その子供もやがて人と子供を作った。鬼であることを忘れ、人として生きた。だから俺たちは見逃し続けた。お前はその末裔だ」

「……違う。そんなことは」

「いや、そのはずだ。八瀬やせ童子の末裔が八瀬はちのせに名前を変えていることなど、俺たちは把握しているし、それがこの街にいることも俺たちは全て知っている。この街はお前みたいなやつを管理するために“天津”をおいてるんだ」


 ナツキは、何も言えなかった。

 入ってきた情報があまりにも衝撃的過ぎて、何も言えずに黙り込んだ。


「長い長い時を経て、鬼の血は薄まった。結果、お前はほとんど人間みたいなもんだが異変がついて回ったはずだ。強力な自己改変能力、あるいは身体だけではなく、精神を含めての打たれ強さ。人への加害意識。幼い頃にみた幽霊。あるいは、他人の『シール』への侵入。どうだ? どれか1つくらい、心当たりはないのか?」


 そう言われて、ナツキは反論しようとして……できなかった。

 心当たりが、ある。ありすぎてしまう。


 あの時ナツキが初めて『シール』に侵入した時、【結界操作】というスキルを入手する前に、ナツキはホノカとアカリの作っている『シール』に侵入していた。あれを見た時の2人の反応は異常な物を見る目じゃなかったか。


『悪魔や鬼、龍や鳳凰のような高位の人ならざる者グノーシスは、他人の『シール』に入れる』


 そう言っていたのは、ルシフェラだった。

 

 バドゥと戦った時、ナツキはどうして他人の『シール』に入ってこれるのだと……悪魔バドゥに対して恐怖心に近いものをを抱いたが、あれはホノカたちも同じだったのではないだろうか?


「……俺が、鬼だったとして」

「あん?」

「何か……問題があるのか?」

「いや無い」


 アマヤは笑う。


「戦い方を変えるだけだ。何も問題はない」

「……そうか」


 ナツキは深く頷くとすぐ自分の後ろにいたユズハに、持っている『断片ページ』を全て投げた。


「ユズハ! これをホノカにっ!」


 今、最も警戒しなければいけないのはアマヤに負けることではない。

 断片ページを奪われることだ。


 だから、ナツキはそのリスクを抑えるために全ての『断片ページ』をホノカに譲渡。自分の手元になければ、好きに動ける。


 ナツキはその考えのもと、一歩踏み出して――刹那、激しい頭痛に襲われた。


「……っ!?」


 頭痛に襲われたのはナツキだけではない。

 目の前にいるアマヤも、後ろにいるルシフェラとヒナタも、ルルやシエル、そしてホノカですらも頭痛に襲われて、動きが止まった。


 それは、ホノカの手に91枚の断片ページが集まったからだろうか。

 わずかに遅れて風が渦巻くと、それはナツキとアマヤを傍観していたルルとシエルにまとわりついていく。


 黒く、重く、嫌な風が。


「……ッ! !?」


 アマヤが血相抱えた顔で一歩踏み出して、ホノカに飛びかかろうとした瞬間、


「……させるかッ!」


 ナツキの蹴りがアマヤの腹にクリーンヒット。


 天原関係者こいつらは下手に身体が地面や壁などに触れていると衝撃を逃される!

 だから、逃げ場のない空中で止めるッ!


 ナツキの思考は土壇場にしてはとても冴えていて、ある意味で的確だった。

 さらに云うなら怪我の光明というべきかナツキの蹴りが叩き込まれたのは飛びかかったアマヤの中心線。それは、彼らが得意とする衝撃の受け流し、及び反転という人智を超えた人間の技で最も返し辛い位置である。


 アマヤは一瞬、ナツキの方を見て歯噛みをすると同時に瓦礫の上を飛ばされた。

 だが、すぐに着地すると体勢を立て直す。


「どけッ! 大規模魔術を止める邪魔すんじゃねェ!」

「止めさせるか……ッ! 俺たちはこのために戦ってきたんだッ!!」


 ナツキの声にも力がこもる。


「……っ!? 嘘、あたしたちの断片ページが!」


 シエルたちを覆っていた黒い風は、ルルとシエルの持っていた16枚の断片ページを奪い取ると……ホノカの持っている大きな断片ページ


 それは大いなる聖遺物が顕現する前兆。

 90枚という圧倒的な断片ページの前にすれば、どれだけの小細工も意味をなさない。


 ドクン、と大気が大きく脈を打った。

 ドクン、と地面が大きく鼓動した。


 〈さかづき〉の顕現まで秒読みに入ったのを、ナツキは直感で理解。


 ならば、ここでナツキはホノカを死守する。

 

 願いにはまだ余りがある。

 それを使えば、この面倒な状況も全て解決できる。


 今日、この瞬間を持って全てを終わらせるのだ。


 ナツキは刀を収めると、抜刀術の構え。

 バジ――ッ! 紫電が走る音と共に、アマヤの前に一本のラインが引かれる。


「足と腕……俺が貰うぞ、アマヤッ!」


 刹那、雷が駆け抜けた。


「『天降星あまだれぼし』っ!」


 バゴッッッ!!!!


 だが、帰ってきたのは刀を振り抜いた手応えではない。硬い硬い岩石に激突したような衝撃インパクト。見ればアマヤの足元に隕石によって作られたのと遜色ないクレーターが生み出されている。


 ……衝撃が逃されたッ!


 ナツキは歯噛み。

 だが、止められたということはナツキの身体にかかっていた慣性も無くなっている。


「それが、何だってんだ……ッ!」


 ナツキはそのまま空中でバネのように身体をしならせると、アマヤを蹴る。だが、アマヤに吸い込まれた衝撃は彼の身体の中でぐるりと回ると、ナツキの腹に叩き返された。しかし、それでは止まらない。腹に決められた衝撃をナツキはしびれる身体を軸にして見よう見まねでアマヤに返した。


「……邪魔だッ! 八瀬はちのせ!」

「力づくでどかせてみろ、アマヤッ!」


 “天原”の持っている技は確かにとんでもない技だらけ。

 こちらの攻撃を無効化し、こちらの魔法を無効化し、向こうの技だけを叩きつけてくる。


 理不尽。それ以外の言葉が見当たらない。

 だが、それが何だというのだ。


 そんな困難、なんどだって乗り越えてきた。

 そんな苦難、なんどだって乗り越えてきた。


「俺に……不可能はないんだッ!」


 ナツキは着地すると同時に、息を吐き出す。


 全てがスローモーションになった世界で、苦しそうなアマヤの顔が映る。苦しいのはナツキも同じだ。こっちの必殺技を簡単に止めやがってと文句の1つでも言いたくなる。


 だが、それではこの事態は1つだって解決しない。


「【鬼神顕現】」


 だからこそ、この状況を書き換える必要があった。

 たった一手で全てを全ての理不尽をひっくり返す必要が。


 ――――――――――――――――

【身体強化】スキルのレベル上限が解放されました。

【Lv3】→【Lv7】


 残り時間

 00:29:58:74


 ――――――――――――――――


 煮えたぎる溶岩のような血液が心臓から流れ込んできた。

 身体の隅々にまで熱が広がっていき、指先どころか髪の毛の先からだって蒸気が吹き出していくような錯覚に襲われる。


 全身の神経系が拡張し、周囲の情報が全て脳に刻み込まれるかのような錯覚。ツンとした鉄のような匂いが鼻孔を刺激。これは、アドレナリンの匂いだろうか。全身の筋肉に力が込められ、ギチ……と、金属を捻ったような音が響く。


 踏み出す一歩で数十mでも、数百mでも飛べると思えてしまう全能感。

 腕を振るうだけでどんな敵でも木っ端微塵にしてしまえると思える万能感。


「残りわずかだ。やろうか、アマヤ」

「……望むところだ」


 極限のスキルは、今ここに使われた。

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