第3-14話 八瀬ナツキは異能である③

 “天原”。それは日本における異能狩りハンターのトップ。

 多くの分家を囲い、その家に各地方の統括を任せているという非常に方法で狩りハントを行っている。


 だが、彼らはもう1つ異名がある。


 現代日本における『最強の異能』。


 彼らは日本における異能の統括だけではなく、海外から迫りくる異能たちのテロや破壊工作を予め抑えているのだという。だから彼らは強いのだと、そういう話をホノカから聞いた。


「にしてもひでぇな。吸血鬼ヴァンパイアは完全に回復。悪魔も古の魔女エンシェント・ウィッチも新しい異能どもも、随分と我が者顔で騒ぎやがって」


 “天原”と名乗った少年の後ろに……気がつけば、ノゾミがいた。


「すみません。私どもの力不足で……」

「全くだ。異能狩りハンターが異能に舐められるようじゃ終わりだぜ」

「……天原アマヤッ!」


 刹那、獣の如き慟哭が響いた。

 声の主はシエル。彼女はいつのまにか大人の状態に戻っており、大きな帽子をきりりと被り、ローブが彼女の魔力によってはためく。


「お前のせいで、私は愛を失ったんだ……ッ!」

「あ? そんなん悪魔と契約すんのが悪ィだろ」

「……ここで殺す」


 シエルはそう叫ぶと魔力によって、世界が


 それは魔法。


「私の前にノコノコと出てきたこと、後悔させてやる……ッ!」

「がたがた騒ぐな、そこで死んでろ」


 刹那、空が煌めいた。

 遅れてナツキが視認したのは隕石。それが秒速数十キロという速度でアマヤという“天原”に向かっていくのを見てしまった。


 ――イィィィイインンンッ!!!


 尋常でない隕石の速度によって上空にかすかに散らばっていた雲は裂かれて、まるで空が断たれたように見える。空気を切り裂く轟音が遅れて届いてナツキたちの耳を貫く。


(これが『断空』か……ッ!)


 ナツキはその時、彼女の2つ名の意味をようやく理解した。

 そして【心眼】スキルによって表示された攻撃予測範囲を見て、息を飲む。


 目の前に広がるのは視界一面が真っ赤に染まった攻撃予測表示。

 推定ダメージ計算では、アマヤは即死。その近くにいるナツキも余波で死ぬ。


 もちろんそれはナツキだけではない。

 ホノカも、ヒナタも、ユズハも、ルシフェラも、シエルやルルだって含まれている。


「……ッ!」


 シエルは天原アマヤごと、ナツキを皆殺しにするつもりなのだッ!

 

 先ほどルルが使った魔法が児戯に見えるほどの莫大な威力。


 あの大きさの隕石がこのまま落下すれば、ナツキたちを中心にして半径100mは何も残らず吹き飛ばされる。もちろん、この『シール』に存在している全ての建物が影響を受けるだろう。


 いや、違う。逃げ場なんてない。

 その速度で、その質量で物体が迫り来ている今、それをどうにかする術を誰も持っていない。ナツキは隕石を止めるために【鬼神顕現】を発動しようとした瞬間、隕石は、くん、と向きを変えると真っ直ぐアマヤに向かって降り注いで、


「いい加減にしろよ」

 

 アマヤの直上から落下した隕石に、彼は片手を向けると音の速さなんて遥か彼方に置いてきてしまったその岩石を右手で……す、と受け止めた。


 そのまま、隕石がアマヤの手のひらに収まる。


「……は?」


 そして訪れたのは静寂。なにも起きない沈黙だけ。

 信じられないことに、天原アマヤは隕石を素手で


 そのまま、呆気に取られ続けるナツキにアマヤは隕石を向けると、


 キュドッッッツツツツツ!!!!


 そのままの速度で撃ち返したッ!!


「……ッ!?」


 咄嗟とっさに身を捻って回避したが、腕を隕石がかすった。


 バヅッッツツツ!!!


 それだけで腕の肉がねじれて、ぐちゃぐちゃになって壊れてしまう。遅れて【自動回復Lv1】が発動。ナツキの身体を修復開始。


 一方でアマヤによって撃ち返された隕石はそのまま何者にも止められることなく『シール』の遥か後方にギリギリ生成されていた山に着弾して、その上部をまるごと消し飛ばした。


 ドォォォオオオオオンンンンンンッツツツ!!!!


 腹の底に響き渡る大轟音に、ナツキは戦慄せざるを得ない。


 ……なんだ、こいつは。

 こんなやつが、断片ページを持っているのか……!


「ナツキ。引くわよッ!」

「ホノカっ!?」

「“天原”は絶対! ここでシエルたちを相手にして勝てる相手じゃない!」


 ホノカはそういうが、彼女は気がついているだろうか。

 ここに異能狩りハンターがいることの不可思議さに。


「待て、ホノカ。この『シール』にいるのは、断片保有者ホルダーだけのはずだ。そうだろ? ルシフェラ!」

「あ、ああ。そうだ。この『シール』は〈ブック〉をこの世に顕現するための最後の儀式エンドゲーム! だから、ここにいるのは……」


 ルシフェラが言っていて、意味を理解したのだろう。

 段々と顔が青くなっていく。


断片ページってのは、これのことか?」


 先ほど隕石を弾き返したとは思えないほどの冷静な声で、アマヤは胸元から9枚の断片ページを取り出した。それは激しく発光し、大きく脈打っている。


「悪魔どもが大事そうに抱えていたから持ってきたが……なるほど、これがトリガーか」


 彼の中で疑問だったものが繋がったのだろう。

 初めて獰猛な笑みを見せた。


「奪うか」

「……っ! これ以上、私から何も奪うなッ!」


 シエルはそう言うと、手元の世界を歪めて……ガラスが割れるような高い音と共に、真白の奔流を放った。だが、それはアマヤに届く数m前で全てかき消されていく。


「……異能を、使ってない?」


 あれはノゾミが使っていた『破魔札』。異能の力を全て無効化する効果がある。

 だからこそ、彼ら異能狩りハンターはそれを持ち歩くことで、自らの異能を抑え込みながら魔法も抑え込むのだという。


 いま、彼らがそれをどこからか取り出したような様子は見えなかった。


 ということは、最初から持っていたということで、


「じゃあ、今の隕石を弾き返したのは……」


 ……人間の力?


 まさか、ありえない。


 すぐに頭の中で目の前にいる異能狩りハンターから断片ページを取れるのだろうかという不安が鎌首をもたげて、ナツキの心に巣食っていく。


「……ッ!」


 彼は反射的に自らの足を殴りつけた。


 ……何を言っているんだ。

 

 今まで数多くの不可能を押しのけてきた。

 いや、違う。そもそも最初から不可能なんて無かったのだ。


 俺ならできる。

 俺なら、どんなことだってできるんだ。


「奪うぞ! アイツから、断片ページを……ッ!」

「異能が仲良しこよしなんて似合わねェだろ」


 アマヤは笑うとその姿が消えて、


「雑魚はここで死んどけ」


 その蹴りが、ナツキの胴体をしっかり捉えた。

 

 ナツキの身体が宙を舞う。血を吐き出す。

 全身を修復していくが間に合わない。


 彼の身体が河原の水切りのように瓦礫の上を何度も跳ねながら飛んでいく。


「……ナツキ!」

「ホノカ! 心配しておる場合かっ!!」


 ぼろぼろになった人形のように吹き飛ばされるナツキに手を伸ばそうとしたホノカを、ルシフェラが止める。


「わ、私が行きます」

「……頼んだわよ、ユズハ」


 ホノカはそう言いながら手元で文字を描く。

 

「『燃え盛れK』っ!」


 ごう、と炎が渦巻いた。彼女を中心にして生み出された炎がアマヤの周囲に絡みついていく。だがそれは二回腕を振って払うと、地面を蹴ってホノカに肉薄。


「……今のは、象だってほどけないのよ!?」

「じゃあ俺が象より強いってことだろ」


 そのまま、ホノカの腹に蹴りを叩き込もうとした瞬間、ホノカの身体が何者かに引かれるように後ろに飛ぶ。それに片眉をひそめたアマヤの背後から、瓦礫を削って生み出された鉄筋の弾丸がきゅるきゅると回転。


「穿てッ!」


 ヒナタは叫ぶと彼女の超能力ESPによって作られた弾丸がアマヤに向かって飛んでいく。そして、着弾。だが、ぼすぼすっ! と、柔らかい音を立てて、その全てが貫通せずに地面に落ちた。


「異能ってのは……すぐに思い上がる」


 アマヤが刀を構える。そして、地面を踏み込んだ。


「どうして、自分が最強だと思うんだ。俺はそれが、不思議で仕方ねェ」


 そのまま飛びかかろうとしたアマヤだったが、どぷん! と、勢いよく彼の身体が自分の影の中に落ちる。


「我が止めるッ! その間にナツキを……っ!」


 そう叫んだ瞬間、アマヤの落ちた影が真っ二つに斬れた。

 そして、ながら、闇より這い出たアマヤが刀を構える。


「ば、馬鹿な! 第五階位ビショップでも、5分は食い止めれるぞっ!」

「あんな雑魚と一緒にするな」


 アマヤはくるりと向きを変えてルシフェラに狙いを定めると、そのまま刀を振るった。角度は完璧。威力も最高。見事にそれは彼女の首に吸い込まれて、しかし、血まみれの黒刀によって防がれた。


「……殺させ、ない」

「あの蹴り食らって動けんのか。丈夫だな」


 そう言ってアマヤはボロボロになったナツキに、ぐるりと回転しながら蹴りを叩き込む。だが、それを跳躍とともに回避してナツキは刀を真っ直ぐ上に掲げた。


「『新月斬り』ッ!」

「無駄だ」


 真上からの振り下ろしを簡単に流されて、地面に着地したナツキは手元が煌めいた。


「『弧月斬り』ッ!」


 激しい斬撃の光が夜暗に上弦の月を描きだす。だが、その斬撃を途中で踏み抜いたアマヤはナツキの顎を蹴り飛ばす。


「……っ!」

「……ん? 随分としぶといな」


 アマヤは奇妙に思ったのか、一歩引いた。

 その隙にナツキはルシフェラを連れてバックステップ。


 アマヤと距離を置いて、構える。

 その時、はっとした顔で彼は胸元に手を当てた。そして訝しむような表情をナツキに向けた時、彼は半笑いで自らの懐に手を入れると……そこに潜んでいる9枚の断片ページをちらりと見せた。


「……詰めが甘いな、異能狩りハンター

「なるほど、さっき俺が蹴った時か。お前……?」


 ナツキは何も言わない。

 ただ、笑うことで答えるのみだ。


 アマヤの推測は実際正しい。

 この争奪戦ゲームは別に相手に勝つ必要はない。相手を徹底的に打ち負かす必要もない。


 ただ、先に108枚の断片ページを集めれば勝ちなのだ。


 普通にしていれば、ナツキがアマヤに近づくことなど叶わないだろう。しかし、彼が攻撃するその瞬間だけは――彼の方から、近づいてくれる。


 どんな時だって、ナツキは最善手を探す。自分にできることを全力で行う。

 そこに不可能なんて、存在しないのだ。


 アマヤは感心したように問いかけた。


「お前、名前は」

「……人に名前を聞くときは、自分から、名乗るべきだ」

「それもそうだな」


 アマヤは刀を肩にかけて、笑った。


「俺は”天原”。天原天也、当主候補だ」

八瀬はちのせナツキ」


 挑発に対して、丁寧に乗ってくるとは思っていなかったナツキは少し虚を突かれた思いをしながら答えると、アマヤはわずかに片眉をあげた。


八瀬はちのせ?」

「ああ。八瀬はちのせだ」

「……ああ、そりゃしぶといわけだ。人を壊すつもりじゃ壊れねェ」


 彼は何か得心言ったように刀を下ろすと、納刀。

 そして、刀を見守っているノゾミに投げる。


「鬼の末裔には……鬼狩りのやり方じゃねえとな」


 そう言って、素手で構えた。

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