第3-13話 八瀬ナツキは異能である②

「ルルは俺がやる。4人は、シエルを頼む」

「……良いの?」

「何が?」

「な、なんでもないわ」


 あまりにもナツキが平然とした様子で言うものだから、ホノカは聞き間違いかと思ってしまった。しかし、ナツキが「今の何が分からなかったの?」と言わんばかりの表情を向けてきたので素直に引いた。


 そして、理解してしまった。

 彼は強くなったのだと。


 それこそ、半端な異能と共に戦うのが足手まといであるように。


吸血鬼ヴァンパイアのあたしと戦ったら仲間の血が吸われるって思ったのかなぁ」

「……傷は、治ったんだな」

「まぁねぇ」


 そういってルルは可愛らしい八重歯を見せて笑う。

 その意味が分からないナツキではない。


異能狩りハンターが怖くないのか」

「あんなの怖がってたら吸血鬼ヴァンパイアなんてやってらんないよ。それに」


 大きなハート型のステッキがナツキに向けられる。


「“天原“でも呼んでこないと、あたしは倒せないよッ!」


 キュドッ!!


 刹那、音が響いたのはナツキの足元とルルのステッキ。

 両者が共にそれを開戦の合図として動き出した!


 ルルが放ったのは『泡の弾丸シャボンバレット』。質量を持った泡の塊を高速回転させ、射出することで相手を穿つ弾丸魔術マギバレットだ。しかし、その速度はせいぜい音速の3倍から4倍程度。


 そんなもの、ナツキには見える。


 【心眼】スキルによって視認した弾丸の合間を縫ってナツキは駆け抜けると、彼女の身体を蹴り飛ばす。


「アカリを痛めつけたのは、あなたか」

「え? まだそんなこと気にしてたの?」


 民家を数軒貫いた彼女の周りには無数のシャボン。衝撃吸収材として使っているのだ。


「異能の戦いだよ? 仕方のないことじゃんね」

「……だったら」


 ナツキが消える。ルルはすぐさま地面に無数の泡を生成。

 神速の動きを抑えると同時に、自らの周りをシャボンでコーティング。


「黙って全てを受け入れろって?」

「それもまた1つだよ」


 だが、ナツキの『呪刀:浄穢』は簡単にそれを断ち切ってしまうと中にいるルルの身体に向かってさらに一歩踏み込んだ。


「『新月斬り』ッ!」


 そして、叩き込んだ。


 黒い刀はルルの肉体に入り込むと、ナツキのパッシブスキル【特攻:魔】によって本来であれば簡単に傷つけることのできない吸血鬼ヴァンパイアの身体を切り裂いていく。


「異能がさぁ、仲間の仇討ちなんてつまらないことに囚われちゃあ駄目だよ。ナツキって、異能らしくないっていうか、馬鹿正直っていうか」

「…………ッ!」

「もっと冷酷になりなよ」

「……嫌だ」

「ああ、そう。じゃあ、あたしたちからは奪えないよ」


 『どんな時も人に恥じない行動を』。


 それはナツキの行動指針であり、今やたった1つ残された両親との絆なのだ。それを無くした時、両親との繋がりを全て無くしてしまいそうで……ナツキはそれを捨てられない。


 ルルは笑いながら身を翻す。だが、そこに『風の刃リーパー』が飛んでいく。それをルルは食らったが、車に跳ね飛ばされたように吹き飛ぶだけで、身体が斬れたわけじゃない。相変わらずの規格外。


「さて、そろそろやろうかな」


 ルルがそういった時、ナツキは周囲をシャボンに囲まれているのに気がついた。


 だが、敵意は感じない。


 もちろん、【心眼】スキルには攻撃予測表示は今の所なに1つとして現れない。


「異能の連携ってのは、こうやるんだよ」


 遅れてナツキの背後から信じられないほどの撃力が叩き込まれた。


「……ッヅ!?」


 ナツキはまるで背骨が折れてしまったかのような錯覚。奥歯を強く噛み締めて、衝撃に耐えた。これをナツキは1度食らったことがある。


「『圧縮熱光アルキメディカ』……っ!?」


 だが、しかしあれは太陽の光を純粋な衝撃エネルギーに変換する魔法。今のような夜で使える魔法じゃない。


シャボンって光を屈折させるんだよね。だからさ、小さな光を集めて集めて」


 ルルは笑いながらそう言うと、今度はナツキの真横から衝撃が飛んでくる。


「最後にシエルがちょーっと後押しすれば、こうして夜でも使えるってわけ」

「……ッ!」


 術理は分かった。


 だから、強引に突破する。


 バジ――ッ!


 音を鳴らして全てのシャボンの周りを紫電が走る。


 ナツキの前にはレールが引かれている。

 1本のどこまでも続いていく真っ直ぐな直線が。


「……『紫電一閃』ッ!」


 刹那、光が駆け抜けた。


 先ほどは一般人ノルマへの被害を考慮して使えなかったが、『シール』の中にいるというのであれば、斬ってしまえる。


 ただ、全てを置き去りにする速さだけを求めた【剣術】の最奥としてたどり着いたそこは、一切の妨害を圧倒的な暴力で叩き潰す。ルルのシャボンも、彼女の硬質な肉体も、ただ、ナツキの剣術の前で無意味に等しい。


「……ッ!!!」


 ナツキの振り切った神速の太刀筋はルルの胴体を真横に断ち切ると、衝撃波で後ろの建築物を全て木っ端微塵に砕く。いくつも並べられた無個性な住宅が潰えていくのを見ながら、ナツキは残ったルルの上半身を手にする。


 だが、そんなルルの身体がぱしゃ、とまるで泡が弾けたように消えてしまった。


「……へぇ、持ってんじゃん。良い技」


 声が聞こえてきたのは遥か遠方。


「……うん。そっちの方が、異能っぽい。異能らしくて、良いよ。ナツキ」

 

 彼女は初めて声に震えを伴って、ナツキに問う。やったことと言えば、ただ剣を素早く振っただけ。だが、それでは届かない領域にナツキは魔法を使うことによってたどり着いた。


「ううん。でも、大丈夫。あたしの方が……強いから」


 そう言った瞬間、ふわり……と、不可思議な泡がナツキの足元から浮かんできた。それは見る角度によって色を無際限に変えていく、とても綺麗で不気味なシャボン


「泡は……限定された小さな領域。でもそれを、なにで区切るかはあたしの自由」


 ルルはナツキから数十mは離れた場所で、歌うようにそう言った。


「例えばそれを空間で区切れば……弾けたときに」


 刹那、ナツキが見たのは半径30mを全て吹き飛ばしてしまうという攻撃予測表示。


「……っ!?」

「全部、消えるんだよ」


 ぱん、と乾いた音がナツキの耳に届くよりも先に目に入ったのは世界を焼き尽くす真白の閃光と、紅蓮の炎。【鑑定】スキルによれば、これは質量が消失したときに発生する質量エネルギーの光だという。


 言ってしまえば核兵器と同じエネルギーと言っていい。


 ただ、空気の質量を消失させている分、消し飛ばせるのは30mがせいぜいだが……それでも、中心温度は数千度にまで達する巨大な光球を作ることは可能だ!


「……そんな大技使って」


 ナツキはとっさのバックステップで後ろに飛んだが、それでは間に合わない。回避距離がわずかに足りない。


 だが、


「返されたらどうするんだ?」


 刹那、ナツキの手元には1枚の手鏡。

 そこに全ての熱と撃力は一瞬吸い込まれたように見えると、


「……『反射鏡アルバニクス』!?」


 これには流石のルルも目を丸くして驚いて……その全身を炎によって焼かれた。しかし、ルルは泡で身体を覆った状態で炎に焼かれながら地面に転がった。


 だが、倒れない。これでも死なない。

 それが吸血鬼ヴァンパイア


「……“天原”なんていなくても、俺がお前を倒す」


 ナツキは刀を片手に前に踏み出る。


断片ページを渡せ」


 ついに地面に転がったルルの身体に手を伸ばそうとした瞬間、こつ、と小さな靴の音が聞こえてきた。本当に小さな靴の音だ。だから、ナツキは気がつくはずがなかった。


 だって今までルルと戦っていたのだから。

 すぐ近くではシエルと仲間たちが戦っているのだから。


 だから、気がつくはずはないのだ。

 なのに、


「……なんだ」


 ナツキとルルによって瓦礫と化した住宅街の中心に、1人の少年が立っていた。片手には日本刀。ナツキの持っている『呪刀』よりも長い。あれはちゃんとした打刀だ。


 黒い髪と黒い目。

 ぱっと見では異能のようには見えない。


 しかし、どこかノゾミに似ているような気もする。

 気がつけばシエルたちの戦いも手を止めている。


 いや、手を止めざるを得ないのだ。

 この異質な侵入者に対して隙を見せたら何が起きるか分からない。


 異能として育んできた全てが、目の前の少年に対して警告を発していた。


「……誰、ですか。あなたは」


 ルルのシャボンの爆発によって跳ね上がった温度でカサついた唇を必死に動かして、そう紡いだ。今の状況では、そう聞くのが最善だと思ったから。


「俺か?」


 首を動かすこと無く声だけで、彼は答える。


「俺は、“天原”だ」


 そして、夜は移りゆく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る