第3-12話 八瀬ナツキは異能である①
「……ここは?」
暗い穴から飛び出したナツキが周囲を見ると、そこは彼の家の庭だった。
「『
そういってドヤ顔するルシフェラ。その横にはエルザが控えており、血まみれになったアカリの周りに魔法陣を描いていた。
「わ、私の異能だと、怪我の進行を食い止めるのが精一杯なんです。で、でも……エルザさんは治癒魔法が使えるので」
「……使えますがここまでの重傷はすぐには治せません。お時間を下さい」
「どれくらいだ?」
ルシフェラの問いかけに、エルザは魔法陣を描く手を止めずに答えた。
「……6時間か、7時間といったところです」
「6時間……」
ナツキが噛みしめるように言葉にした時、彼の身体を雷が貫いたような衝撃が襲った。
「……今のは?」
一瞬、時が止まったのではないかと錯覚してしまうような衝撃。ナツキが恐る恐る周囲を見ると、彼の周りにいた少女たちも軒並み探るような視線を周囲に向けている。
今のは間違いなく
だが、何の警鐘なのかは分からない。
周囲を警戒し続けるナツキたちに対して、ホノカゆっくりと答えた。
「今のは〈
「……〈
「〈
ホノカは確信めいた瞳で宣言する。
「〈
「……つまり?」
ホノカの言っていることの要領を得ることができず、思わずナツキはそう尋ねると、
「〈
ホノカはそう言い切った。
「……マジ?」
「大マジよ。〈
ホノカの話は……確かに、言葉だけ聞けば理解しづらいことではあったが、ナツキの直感がそれを真実だと告げていた。
今までの戦いの集大成。
全ての終わりがここで決まるのだと、そういう直感があるのだ。
「……エルザ。アカリを『シール』の中へ。
「分かりました」
そういうと、エルザとアカリの姿がぼう……っと曖昧になって、消えていく。
「ユズハ。ヒナタに連絡を取って。もう気がついてるだろうけど」
「……その必要は無いわ」
ホノカの声を遮るようにして、突然に現れたユズハがそう言った。
『
恐らく、かなり急いで用意を整えたのだろう。
「よし、これで全員集まったわね。一旦状況を整理するわ」
ホノカは庭先に集まった異能たちをまとめながら、懐に手を入れた。
「まず、私たちは
「……さっきの、衝撃」
「ええ、あれは恐らくこの街にいる異能全員に伝わってる。だから、私たちもまた狙われる立場にいるってこと」
遠く離れたヒナタがすぐにナツキの家にやってきたということは、彼女もまたあの衝撃を感じ取ったのだ。
ならば、この街にいる異能たちに今の衝撃は伝わったと見るべきだろう。いや、範囲はこの街に限らないのかも知れない。日本、もしかしたら全世界の異能が……。
「
「それなら……」
ナツキはホノカの言葉を飲み込むと、
「とりあえず、ここから離れよう」
「ええ。そうしましょう」
ホノカは頷くと庭先を後にする。
その後ろにナツキが続くと、遅れて3人がついてきた。
「『シール』の中に隠れるか?」
「時間稼ぎにしかならないわ。それに、ナツキ。私たちのゴールを思い出して」
夜になりかけた住宅街は家の灯りで明るく、夕飯の匂いで満ちている。
その中をホノカは熱に浮かされたように続けた。
「私たちのゴールは、〈
好戦的なホノカの態度にナツキは笑った。
「流石だな、ホノカ」
「私を誰だと思ってるのよ」
それに返すようにホノカも笑う。
願いを叶える。
言葉にすればたったそれだけ。
だが、言葉の重みが違う。
〈
絶対に不可能だと思っていることも、どんな荒唐無稽な夢であっても、〈
だからこそ、ナツキたちはここまでやってきたのだ。
新しい異能を狩り、元勇者を狩り、呪いにかけられ、
「ナツキ。
「ん?」
ホノカに言われるがままにナツキは『インベントリ』から
それは磁石に引かれる鉄のように、まっすぐと北西方向に向かって進み始めた。
「狩るわよ、ナツキ」
そう、ホノカが言った瞬間……どろりとした粘性の何かに身体が囚われた。いや、囚われたのではない。粘性のフィルターが通過したのだ。
それは違和感。
まるで、この世界と別の世界をまたいだような……。
「『シール』? 誰が!?」
先ほどまで各家に灯っていた光は全て消え、音もなくただ闇だけが世界を制し……静かに細い月が輝いている。ナツキはとっさに【心眼】スキルを使って攻撃予測線を見たのだが、何もない。何も映っていない。
つまりこれは、攻撃ではない。
……隔離だ。
「飛ぶわよ、ナツキ。捕まって」
「あ、ああ」
ナツキが何かを言うよりも先にホノカの手がナツキに伸びると、そのまま一気に浮上。
空高く舞い上がる。ナツキはホノカと手を繋いだままだが、こういう方法でも飛行魔法は使えるんだな、と、こんな時なのに関心してしまった。だが、空高く飛び上がっても何も見えない。
ホノカは浮かび上がったまま、下にいる2人に尋ねた。
「ヒナタ、ユズハ、どう? 周りの状況は」
「何にも無いわよ。……いっそ、不気味なくらいに」
「は、はい。ヒナタさんの言う通りです。近くに異能の気配はないです……」
だが、それはありえない。
『シール』は異能同士が戦うときに、
「じゃあ、これは一体誰が……何のために貼った『シール』なの……?」
だが、そんな時、ぽつりとルシフェラが口を開いた。
「……〈
それは彼女の家に伝わる古文書に書かれていたのだろうか。
「その小さな世界で、手にした
「小さな世界って……これは」
ふと空から見て見れば、遠く街の端の方に黒い
ナツキはそれに見覚えがあった。あれは初めて『シール』を作った時、ユズハによって描かれた小さな円の世界だけを『シール』に再現した時、それ以外の場所が確かそう見えていた。
ナツキは目算で
おおよそ、2kmと言ったところだろうか。
それがぐるりとナツキたちの周りを囲んでいる。
ならば、この『シール』はナツキたちのいる場所を中心にして、半径2km程度の円になっていると見るべきだろう。
ナツキが『シール』の内情を把握している間に、ホノカが言った。
「……いま私たちが一番考えないと行けないのは、他の異能がチームを組んで私たちに襲いかかってくること。多少の人数なら大丈夫だけど、10人も20人も来られたら貯まったものじゃないから」
「そんな必要は無いよん」
間延びした声。
だが、確かに聞き覚えのあるその声は。
「私たちが全部もらうから」
「シエル、やっちゃってー!」
ばッ! と、閃光がナツキたちの目を焼く。
突然の光に視界を奪われたホノカたちが、反射的にその光から目を背けた瞬間、何か小さい者たちがシエルによって放たれる。
「……使い魔か」
だが、【心眼】スキルで世界が見えずとも見えてしまうナツキによってシエルによって放たれた使い魔たちは1秒と経たず全てが断ち切られた。
「今の使い魔に気がつけるの? きもぉ……」
ナツキが目を開けると、そこには空に浮かぶ裸ローブの
そして、その隣にファンタジックなコスチュームに身を包んで空を飛ぶルル。
だが、ルルの姿はナツキの見覚えのある成人状態ではない。酷く若返っており、まるで10歳そこらの少女に見えた。
そんな彼女たちは突如として現れ、
「さぁ、異能の時間だよぉ。子供たち」
「あたしたちがぜーんぶ
空から彼らを見下ろして、そう言った。
「……何を、言ってるんだ?」
だが理解できないと言わんばかりに、ナツキは刀を抜く。
「あなた達はもう……負けてるじゃないか」
彼女たちは2人とも、既にナツキに敗北した身である。
何を考えたらそこまで傲慢に振る舞えるだろうか。
それが、ナツキにはまるで理解できなかった。
「外でできることと、中でできることには違いがあるんだよぉ。ナツキぃ」
だが、それにルルは半笑いで返す。
……最初から、ルルとシエルは手を組んでいた。
この状況はそう見るべきだろう。
考えてみれば、彼女たちには共通する事項が多かった。
姿を変え、長くを生きている。
「……
だが、それがどうしたというのだ。
【鑑定】スキルによれば、彼女たちが持っている
そして、そうすれば〈
ただ、そのためだけに自分たちは走ってきたのだから。
「そんなに欲しいなら、ルルたちから力づくで奪いなよ」
「そうだよ。そっちの方が異能らしいじゃん」
そうだ。何を躊躇うことがある。
「……そうだな。その通りだ」
ならば、最初から取るべき方法は説得でも話し合いでもない。
「そっちの方が、手っ取り早い」
そして、最後の戦いが幕を開けた。
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