第3-19話 怪異

 異能であるということ。

 それは、ただ特別な能力が使えることではないのだ。


 ものの考え方、それに伴う自分の生き方。

 それら全てを含めて異能なのだ。


 だから、八瀬はちのせナツキは異能であって異能ではなかった。

 ただ、特別な能力が使える人でしか無かった。


 多くの人に出会い、考え方は移り変わり、そして最後にはここに戻ってきた。


 故に、ここにおいて八瀬はちのせナツキは異能と化した。


 ナツキの拳がシエルを捉える。

 彼女のローブが衝撃を逃がす。だから、重ねる。何度も、何度も、何度も同じように拳を叩き込む。身体が千切れても、止まらない。気を失っても止まらない。


 彼女は回る時の中で、何度も何度も命を奪ってきた。

 だから殺す。それ以上でもそれ以下でもない。


 古の魔女エンシェント・ウィッチは気軽には死ねない。身体に刻み込んだ再生の呪印が自動的に肉体を巻き戻すからだ。それでも、ナツキは止まらなかった。バラバラになって、ぐしゃぐしゃになって、シエルの肉片が動きを止めるまでナツキは拳をふるい続けた。


 やがて彼女はべったりとした肉の塊になった。

 衝撃吸収用の刻印は作動し続け、死なない程度に弱められた打撃を無数に重ねられて骨が折れて、内蔵が破裂し、シエルは死んだ。


 そして、気がついた。

 今の俺は、何でもできる。その力がある。


「……次」


 シエルを殺したとナツキが認識した瞬間、ごぽり、と湧き出すようにして黒いオーラがより強くナツキを覆う。


 次に捉えたのは、ルルだった。

 彼女は夜に死なない吸血鬼ヴァンパイア。だが、死なないなら死なないなりにやり方なんていくらでもあるのだ。


 彼女は他の異能と同じように【治癒魔術】が使える。

 その【治癒魔術】が最も再生に時間のかかる修復方法はなんだろうかとナツキは考え……すぐに思い至った。バラバラにしてしまえばいいのだ。


 だからナツキは彼女を裂くことにした。


 本体を捕まえて、両腕を千切った。逃げようとしから、背中を押さえつけて足を取った。そして残った身体をできるだけ小さく小さく小さく削っていった。そうすれば、吸血鬼ヴァンパイアと言えどもすぐには戻ってこれない。


 ぷちぷちと皮膚と肉が破れ、脂肪が千切れて糸を引く。

 それらがより集まろうとするのだから、ナツキは遠くに投げていく。


 千切って、千切って、千切ってしまう。

 そして、ナツキは彼女の身体を数センチのブロックにしてしまうと、息を深く吐いた。思わず笑ってしまった。


 永劫の時の中で、苦しめてきた元凶はこんなにも簡単に払うことができたのだと。


 そう思った瞬間、胸の奥が暖かくなってくすぐったい気持ちになった。

 なんで最初からこうしておかなかったのだろう。


 ナツキは反省を胸に、今度はアラタに向き直った。


「……お前、八瀬はちのせか?」

『ああ』


 吐き出した声が何重にもなって聞こえた。まるで黒いオーラの中で、ナツキの声が反響したかのようだった。アラタは明らかに引け腰だった。それもおかしな話だと思う。だって彼は断片ページを手に入れようとしたのだ。〈さかづき〉を手に入れようとしたのだ。


 そして、ホノカを傷つけた。

 そして、〈さかづき〉を手に入れるためにここに現れた。


 ならば、彼にはここで死ぬ覚悟が出来ているはずではないか。


「……そうか。お前、堕ちたか」


 何を言っているのか分からなかった。

 いや、聞く気も無かった。ただ、彼を潰せればよかった。


「異能ってのは強い力だ。だが、心がそれに追いつくかは別。だったら、それに溺れるやつも出てくる。お前がそうなるとはな、八瀬はちのせ

『どうでもいい』


 どうだっていい。そんな御託なんて聞くつもりもない。

 だからナツキは無造作に腕を振るった。


 それによって削れた瓦礫が散弾のようにアラタを削った。

 だが彼はひるまなかった。ただ剣を真っ直ぐ構えた。


 そして、彼の神速の斬撃がナツキを捉えた。

 しかし、そんなもの【鬼神顕現】の前には何の意味もなさなかった。


 彼の剣を右手で挟むようにして掴むと、逃げようとしたアラタの首を掴んだ。そして、そのまま無造作に力を込めると、彼の首が爆ぜた。


「は、八瀬はちのせさん……」


 後ろにいたユズハが声を震わせながら、自分の名前を呼んだ。だから、ナツキは優しく微笑んで彼女に振り向いた。


『大丈夫だ、ユズハ。俺に任せろ』

「…………っ!」


 その時、ユズハの顔に浮かんでいたのは……怯えだった。

 それをナツキは見ない振りをして、彼女たちに言った。


『2人はホノカの元に。俺は残ったやつを殺す』

「……わ、分かりました」


 ナツキに促されるようにして、ユズハとヒナタがホノカの元に行く。

 今までのように何らかの魔法が発動する気配はない。当たり前だ。邪魔だった3人を殺したのだから。


『あと、2人だ』


 ふらり、と幽鬼のようにナツキが歩む。

 刹那、クレーターから爆炎が上がった。


 誰か、などと聞くまでもない。

 あそこにいるのは、たった1人。


「見ねェ間に、随分と変わっちまったな。八瀬はちのせナツキ」


 アマヤは炎に身を包んで、ナツキを見た。


「お前はもう人間じゃねェ。鬼だ。鬼に堕ちてしまった」

『そうか』


 それがどうしたのだろうか。

 誰も守れないのに、人であることになんの意味があるのだろうか。


「興味なさそうだな」

『どうでも良い』


 鬼だろうが、人間だろうが、そんな肩書に意味はない。

 ホノカを守れれば、それで良いのだから。


「めんどくせェ。割り切ってんのかよ」


 アマヤはため息をつくと、拳を構えた。


「そこまで堕ちたらしょうがねェ。お前を祓う」

『やってみろ』


 刹那、再びガチりと音がした。

 重い重い音がした。


 『リベンジクエスト』の残り時間が迫っていた。

 面倒な『クエスト』だと思った。


『音を止めろ』


 ――――――――――


 クエストが達成されていません


 ――――――――――


 ナツキの吐き出した言葉にアマヤが目を細める。急に喋りだしたので違和感を覚えているのだろう。だが、あいにくとナツキはそんなことに構っていられなかった。


 ――――――――――

『ループ』起動音を消すためには、以下の方法が推奨されます。


 ・リベンジクエストを達成する


 達成のために、ホノカ・白崎・グレゴリーを殺害してください。

(殺害数:0/1)

 ――――――――――


 ナツキはそれを見もせずに答えた。



 時が止まる。不快な音が、戸惑ったかのように間延びした。


『俺はホノカを殺さない。どんなことがあっても、絶対にだ』


 ディスプレイは表示を変更しない。

 ただ文字がわずかに明滅したように感じた。


『だからクエストを変更しろ』


 ――――――――――


 不可能です


 ――――――――――


 返ってきたのはそんな一文。

 ナツキはその一文に怒りを持って答えた。



 バチ、とディスプレイから異音がなった。


お前クエストは俺の力だ。お前が上じゃない。俺が上だ』


 ディスプレイに浮かんでいる文字が怯んだように、歪んだ。


『〈さかづき〉は要らない。報酬なんて必要ない』


 文字が消える。そこには真っ白になったディスプレイが浮かんでいた。


異能狩りハンターを殺す。それが、俺の目的クエストだ』


 そしてわずかに時間を置いて、ディスプレイに『クエスト』が表示された。


 ――――――――――

 緊急クエスト!


 ・異能狩りハンターを殺そう!


 報酬:なし


 99:99:99:99

 ――――――――――


『待たせたな、“天原”』

「構わねェ。鬼退治と行くんだ。少しくらい鬼に配慮しねェと不利ってもんだぜ」


 もはや八瀬はちのせナツキには全てが不要だった。

 ただ、全てを壊せればよかった。


 黒いオーラが渦を巻く。

 ナツキを守ろうと強化外骨格のように彼の身体を全て覆う。


 そして、彼は鬼になった。

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