第3-10話 異能狩りと異能

 ナツキは腰を落として刀を構える。

 対するノゾミは……不思議な、構えだった。


 素手で戦うのだろうか。

 右手をしっかりと握りしめ、左手を前に流したまま……陸上競技のクラウチングスタートのように……大きく前傾姿勢を取ったからだ。


(……なんだ? 何をしてくるんだ?)


 今まで見てきた異能とは全く違う構えにナツキはどう対処するべきか迷っていると、


八瀬はちのせくん」

「……はい?」

「全力で行くわ」


 刹那、ノゾミが消えた。


 ドウッッッツツ!!!


 人の身体から響いたとは思えないほどの重低音がナツキの腹から炸裂!


 ナツキは、それが自分の身体から響いたのだと気がついた瞬間に、数十m後ろにあった駅ビルの4階部分の窓ガラスを突き破って、店の商品棚をぐしゃぐしゃに倒しながら、地面を3回バウンドして、彼の身体はようやく止まった。


「――ッヅ!!?」


 ナツキの持っている【ダメージ軽減Lv2】スキルによる威力軽減は働いているはずなのに、それでもナツキは思わず肺の中にあった空気を全て吐き出してしまい、それでは足りず2、3度ほど血を吐いた。


 思わず腹に穴が空いたんじゃないかと思ってしまうほどの威力。

 だが、止まるわけには行かない。ナツキは血反吐を噛み締めながら立ち上がると、自分が先ほど突き破ったばかりの窓ガラスから下を見下ろす。


 そこには、ノゾミが先ほど駆けたと思われる足の軌跡がアスファルトに大きく残っており、その先端には拳を振り抜いて残心しているノゾミの姿が。


「……なんだ、今の」


 あまりの衝撃にナツキは意識が飛びかけていたが、それでも先ほどのノゾミが何をしたのかくらいは……おぼろげに動く頭で理解した。


 彼女はのだ。


 言葉にすると、たったそれだけ。

 だが、彼女の身体の速度は音速に近しい速度だったし、女の子に殴られたとは思えないほどの撃力が身体にじくじくと響いている。


「……何が、異能狩りハンターだよ」


 ナツキは悪態を吐くと、地面に降りる。


「会長も……立派な、異能じゃないですか」


 それが、なんの足しにもならないとナツキは知っている。

 異能狩りハンターとは、異能から一般人ノルマを守る警察と司法の両立を許された特権組織。疑わしきは罰せよの精神で異能を襲う彼らは、異能を狩るために異能を使う。


 それは、何度もホノカから聞かされた話だから。


「今のが、八瀬はちのせくんにはそう見えるのね」


 ノゾミは静かに身体の体勢を戻しながら、近づいてくるナツキにそう言った。


「……そう見えるもなにも、今のがただの人間の技だって言うんです?」


 こんなタイミングで吐き出される冗談など、笑えない。

 そう思ってナツキは聞いたのだが、ノゾミは何てことはないように首を縦に振った。


「……はい?」

「今のは『流れ星』。『縮地』と『寸勁』を高精度で組み合わせことによって、人の身で音の速さに近づく技。だからほら」


 ノゾミが自らの軌跡を示す。


「技の跡が、流れ星みたいでしょ?」

「……冗談も、ほどほどにしてくださいよ」


 だが、ノゾミが冗談を言っているようには思えない。

 可愛らしく……まるで、子供が大人に自慢するように微笑んでいる彼女の言葉は全て真実だと分かる。分かるからこそ、ナツキは彼女の続きの言葉で目眩がしそうになった。


「まぁ、これは劣化コピーに過ぎないのだけれど」

「……劣化?」

「本家の技には、遠く及ばないから」

「本家って……」

「“天原“」

「……ッ!」


 異能狩りハンターの総本山。

 彼女はそこの、1つの分家に過ぎない。


 だが、ナツキは奥歯を噛み締めて己の意志に火を付けた。


 劣化コピーだろうが、分家だろうが、関係ない。

 当たらなければ良いだけの話だ。


 それに、音の速さなら……。


「俺だって音速くらい、出せますよ……ッ!」


 ミシッ! と、筋肉が引き絞られる音が響いた。

 通常、人間の身体からそんな音が響くなどありえない。だが、【身体強化Lv3】と数々の強敵を倒すことによって得たナツキの強靭なるステータスが組み合わされば!


 パァン!!


 空気の弾ける音が、ナツキの疾走とともに響いたが……当然、ナツキの耳に届くはずがない。音の速さを超えて走る彼に、音が届くことなど無いのだから。


 一瞬にして加速しきったナツキはそのままノゾミの腕を斬ろうと刀を振るう。

 しれはすぐさまに致命傷となるわけではないが、処置をしなければ失血死してしまう場所。そこを傷つければ、彼女だって止まるはずだ。


 そう思って振るったナツキの刀は、しかし彼女の柔肌に触れた瞬間……す、とまるで水でも斬るかのように手応えも無く


 意味も分からず首をかしげた瞬間、彼女の足元のアスファルトが放射状に砕かれる。それはまるで、ナツキの攻撃がそのまま足元に流されたかのような……。


「『星流し』。これもまた、本家の劣化なのだけど……」


 くるり、とノゾミが回る。ナツキはしばし呆気に取られるように優雅なそれを見ながら、何が起きたのかを頭の中で考えて、


八瀬はちのせくんには、ちょうど良いわ」


 顎をかすめるように、蹴りが擦過した。

 恐らく彼女は脳震盪を狙ったのだろう。


 だが、強化されたナツキの身体はその程度で倒れることを良しとしない。近接戦ではらちが開かないと思ったナツキはバックステップで距離を取ると、バジ――ッ! と、雷を手元に生み出した。


「『雷の槍グングニル』ッ!」


 【投擲Lv2】スキルを用いて放ったナツキの魔法は、ライフル弾のような速度で進んだが、しかし、ノゾミに届く数メートル手前で霧になったかのように一切が無と化した。


「……何なんですか、それ」

「破魔札……って、知ってるかしら」


 ノゾミはそう言いながら、とんとん、と自分の胸元を叩いた。


「自分にとって邪悪なる物を祓う札。魔法は“魔”の法。ならば、祓えない道理はないわ」

「……そんなものが」


 そんなものがあるなら、他の異能たちが使っているはずなのに。


魔法使いウィザード魔女ウィッチが身につければ魔法が使えなくなるのだけど……そんなものを使わない一般人ノルマの私には必需品なの」

「……冗談きついっすよ、会長」


 よくもまぁ、そんなトンデモをやっておいて自分のことを一般人ノルマなどと言えたものだ……ッ!


 ナツキは頭の中で魔法の選択肢を消し、近接戦闘でいかに彼女に刃を届かせるか……ということを考えていたその時、直上から女の子の声が響いた。


「ナツキ! どういう状況!?」

「……ホノカ!?」

「『シール』が使えないから飛んできたけど……どうなってるのよ、これ」


 見れば辺り一面は血だらけと瓦礫だらけ。

 噴水のところにはアカリが倒れ込んでいるし、その近くにはルルの死体……もどきが横になっている。


 一方、駅前の広場の中心には制服姿のナツキとノゾミが互いにドンパチやっているのだ。


「アカリを助けるっ! 傷の手当をッ!」

「わ、分かりました!」


 ずず……っ、とナツキの背後に何かが抜けていった。それが何か分からないが、声の主は誰か分かる。


「頼む……ユズハ」


 突如として現れたナツキの仲間たちに、ノゾミの顔色は1つとして変わらない。

 だが、動かないところを見るに……ナツキを放っておけないとは思っているのだろう。


「……は、八瀬はちのせさん。私の異能では傷の進行を止めるのが精一杯です……ッ! 治療は、ナツキさんのポーションじゃないと……!」

「大丈夫だ、分かってる」


 ナツキは静かにそう言った瞬間、ノゾミがその両手をパン! と、まるで柏手かしわででも打つかのように、鳴らした。


「来なさい、犬」


 果たして、どろりと彼女の影が渦巻くと……そこから、1人の男が現れた。


 ナツキよりも頭1つ、2つ分は高いだろうか。

 その身体にはバランスよく筋肉がついており、日本人であることを示す黒い瞳が周囲を舐め回して……ナツキを捉えた。


八瀬はちのせ

「……何をやってるんですか、先生」


 ノゾミの足元から現れたのは、倉芽アラタ。

 ナツキの学校に勤める非常勤講師にして、異世界からの帰還者であり


 それを示すかのように、彼が来ているのは……この世界の者と思えない格好。

 甲冑というにはあまりに薄く、外套というにはあまりに重い。


 それはまるで、冒険者の防具と言うべきだろうか。


「どうもこうも……見りゃ分かるだろ。俺は犬なんだよ、このお嬢様の」


 そんなことを言いながら彼は抜剣。


「……犬って」

「おかしいか?」

「いや……だって、元勇者なのに、犬って……。それでも良いんですか」

「良いも何も……」


 アラタは肩をすくめて答えた。


「女子高生の犬になれるんだったら、何でもよくねぇか?」

「……俺は、なんで先生が先生になったのかを今理解しましたよ」


 理解したくなかったけどな。

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