第3-09話 異能狩り

「そんなもので……ッ!」


 展開された血の泡弾は全部で723発。

 それら全てがナツキの持ち得る【心眼】スキルによって、攻撃予測線として表示される。


「……俺を、倒せるとでも」


 視界全てに表示された無数の攻撃予測線を、ナツキは一呼吸の内に全て回避。

 遅れて、後方で爆発。血の砲弾が駅前のビルに着弾して、1階のテナントを木っ端微塵に爆破した!


 ガラスが粉々になって、商品がぐちゃぐちゃになって、そこで生まれた炎が全てを舐め尽くす。だが、それでもナツキは前に出る。


「思っているのか!」

「へぇ……やるじゃん」


 ルルは自分の放った弾丸シャボンが全て避けられたのにも関わらず、楽しそうに目を細めると……わずかに口角を釣り上げた。


「あたしは、処女の血の16年物しか飲まないって決めてるんだけど」


 カツ、と彼女が足を肩幅に広げる。

 ワインレッドのヒールがアスファルトを貫くようにして、高鳴った。


「ナツキの血は特別に、飲んであげてもいいよ」


 だが、そう言ったルルの目の前からナツキの姿が消えている。


 吸血鬼ヴァンパイアが持つ人並み外れた五感をフル稼働して、ルルは自らの後方に他人の体温を感じ取った。振り向こうとしたが、それよりも先にナツキの声が耳に届く。


吸血鬼ヴァンパイアは……首を斬っても死なないんだな」


 まるで、何かを読み上げるような無機質な声に、ルルは初めて恐怖を感じて、


「『望月』」


 ナツキの刀が光と化した。


 最初は、下からの切り上げだった。それによって、ルルは右腕を斬り飛ばされた。次に返す刃が浅く彼女の背中を抜けた。鋭く走った痛みに耐えるよりも先に、ナツキの振り降ろしによって彼女の左足が深く斬られた。


 だが、骨には達していない。骨が繋がっているならばと肉がその傷口を埋め始めたタイミングで、ナツキの返す刃が彼女の腎臓を貫いた。吸血鬼ヴァンパイアと言えども臓器の修復に時間がかかることをナツキが知っていのかはルルには分からない。ただ、ナツキの頭を掴もうとしていた左手が宙に舞ったのは分かった。


 ――遅い。


 ナツキは心の中で吐き出した。

 遅すぎる。ルルの全てが遅かった。


 だから、斬った。

 

 両腕を斬り落とされて、身動きの取れなくなったルルの身体を蹴り上げて身体を浮かすとそこに向かって二度斬撃を振り下ろす。首を絶とうと、全く同じ位置に重ねた2連撃。


 ガガンッ!!!


 と、重く響く斬撃が響いたが、それでも吸血鬼ヴァンパイアの首は絶てなかった。


「ほぼ人間なのにすごいね、ナツキ。やっぱり八瀬はちのせの血?」

「……俺の、血がどう関係してくるんだ」

「んー。知らないなら別に知らないで良いと思うよ」


 気がつけば、恋人たちの聖地の中で2人は血にまみれていた。

 ルルには既に両腕がなく、身体はずたずたに引き裂かれて、一部骨が見えているところもあったが……それでも、彼女は死んでいなかった。


「あたしは夜の不死ヴァンパイア。夜の内には死なないんだよ」


 しかし、彼女の動きは止めた。


「……ふうん。でもまぁ、随分と甘いね。同じ異能とは思えない」

「……両親の、教えだ」


 ナツキはそう切り返すと、地面に倒れ込んだまま傷の修復を行っているルルに背を向けた。


 だらだらと話していられない。

 噴水には未だに死にかけているアカリがいるのだ。


「良いの? あたしをこのままにしておいて」

「しばらくの間は、動けないだろ」

「ん……。甘いだけじゃなくて、経験不足だね」

「…………」


 ナツキは無視を決め込んで、アカリの治療に動ことうしたのだが、


「武器を置いて、その場に伏せなさい」


 静まり返った駅前に、冷たい声が響いた。

 それは、つい今日の昼間に聞いたばかりの声で。


「…………?」


 違和感を覚えなかったかというと、嘘になる。


 ナツキたちの周囲には、ルルに恐れをなしたにしては、明らかに人が少なすぎた。

 

 普通だったらナツキとルルの戦いを見物する野次馬などが残っていてもおかしくはないと思うのに、誰1人としていない。まるで、誰かが人払いでもしたかのように。


 では、本当に人払いがされているとして、誰が一体どんな目的で人を払ったのか。


 そんなもの、決まっている。


「……会長」


 黒い髪を揺らして、天津ノゾミがそこにいた。


八瀬はちのせくん。その刀をしまって、そこの女の人から離れなさい」


 高圧的に、一方的に、下される命令。


「……会長。こいつは」

「口答えは無用。あなたには、状況証拠より殺人の容疑がかかっています」

「……殺人?」


 何を言っているのか、ナツキには分からなかった。

 だが、とっさに振り返った瞬間……そこには、物言わぬ骸と化した、ルルの姿が。


(……やられたッ!)


 はめられた、と気がつくのにナツキは時間を要しなかった。

 

 武器を持って、死体を見下ろしていれば誰だってナツキがやったと思うに違いない。それが例え向こうからしかけてきたものだとしても、彼女が人間じゃないとしても、そんなものは分かることであって、状況証拠から推察されれば……どうあがいたってナツキは黒だ。


 そして、異能の世界では推定無罪など成立しない。

 

 ――


 その方針ルールで、異能狩りハンターは動いているのだという。


 それが、ルルの仕組んだ罠だったとは――アカリが戦いを現実世界に持ち込み、ルルを異能狩りハンターに処分させようと計画立てていたことを良いように使って、ルルがナツキを異能狩りハンターに挑ませようとしていたことなど……ナツキには、預かり知らぬことで。


「……会長。1つ、お願いがあります」


 だが、ナツキには……自分のことなど、どうでも良い。

 やるべきことは。


「その噴水の淵に倒れている彼女を……助けて下さい。まだ、息をしています」

「その子は異能?」

「そうです。俺の、大切な仲間で……」


 ナツキのすがるような視線に、ノゾミは小さくため息をつくだけで。


「なら、自己責任の範疇はんちゅうね」


 ただ、そう言った。


 意味が、分からなかった。

 ナツキには、彼女の言っていることを、理解できなかった。


「だ、だって……し、死ぬかも知れないんですよ? 死んだら、冥爆ハデスとかが……」

「死をトリガーにする異能は、今のこの街では使えないわ。無効化結界を貼ったもの」

「……だ、だって。まだ、アカリは中学生で……異能だって、元々持ってたものじゃなくて……」


 ナツキは言葉を紡ぐ。

 まだ、彼女は……せめてそれが伝わると思ったから。


「それでも、彼女を、見捨てるって……言うんですか」

「見捨てる? 変なことを聞くのね、八瀬はちのせくん。じゃあ、逆に聞くわ」


 ノゾミの声は、今日の昼間に聞いたものとは全く違っていた。

 容疑者ではなく、犯罪者に向けられる声。


「その子にがあるの?」

「……なにを」

「異能は希少ね。人口の2%しかいないもの。でも、それなら残りの98%は誰が守るの? 誰が生かすの? 異能たちが徒党を組めば、一般人ノルマなんて簡単に制圧できるわね。そんな危ない異能を生きながらえさせる意味はどこにあるの?」


 ノゾミの言葉は、ナツキには届かない。

 ナツキの言葉は、ノゾミには届かない。


「『最大多数の最大幸福』。それが、私たちの行動理念。そのために異能を狩る。そして、必要であれば殺す。八瀬はちのせくん。もし、その子を助けたいなら異能狩りハンターである私に、その子が一般人ノルマに取ってどれだけ役に立つのか、必要性を説明してちょうだい」

「…………」


 ナツキは思わず言葉に詰まった。


 人間の必要性など、彼には考えたことも無かったからあだ。

 この世に生まれてきたから、生きていくのだと……人の命は生まれながらにして平等だと、一般人ノルマの世界で長く生きていたナツキには、ノゾミの言っていることは分からなかったから。


「……だったら、従えません。俺は、アカリを助けます」


 しまい込んだ刀を、ナツキは再び取り出した。

 それは戦いの合図に他ならない。


「じゃあ、殺すわ。私、八瀬はちのせくんのこと……ちょっと気に入ってたのよ」

「……俺は会長を殺したくありません」


 その言葉に、ノゾミは目を丸くする。


「そんなこと言う異能は、初めてね」

「誰も殺すつもりはありません。でも、本気でやります」


 ナツキはアカリに心の中で小さく詫びると、背を向けた。


 あと少しだから我慢して、と。


「だから、どうか」


 彼女はまだ中学生の女の子なのだ。

 痛いのなんて、嫌に決まっている。


 故にここで決める。

 素早く、何より疾く。



 異能狩りハンターを止めるのだ。

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