第3-08話 異能とヴァンパイア

「アカリが!」


 帰宅中になった電話は、ナツキへと助けを求めるアカリの叫び。ナツキは血相抱えて3人に振り返った瞬間、ユズハが頷いた。


「あ、アカリさんを辿ります。通話は切らないでください!」


 ユズハがそう言った瞬間、彼女の足元から一匹の犬が出現した。それは彼女の従魔フォロワー。『シール』の中にいようとも、相手の匂いを探って追いかけることのできる召喚獣だ。


 そんな彼女の真白い犬は、ナツキのスマホに向かってすんすんと匂いをかぐ様子を見せると、小さく「わん!」と鳴いて、駆け出した。


「お、追って下さい、八瀬はちのせさん! 私たちは後から追いかけますから!」

「わ、分かった……!」


 ナツキはユズハのアドバイスに従って、駆け出した。


 『シール』の中には入らない。いや、入れない。

 確かに『シール』は現実世界によく似た世界ではあるが、あれはあくまでも異世界なのだ。故に、その中では電波は通じず電気も通っていない。


 だからこそ、アカリが通話で助けを求めてきたというのは、現実世界で誰かに襲われているということだ。


「アカリ、どこにいるんだ!」


 犬の後を追いかけながらナツキが吠える。

 彼は既に【身体強化Lv3】を発動し、犬の後ろを追いかけている。


 【持久力強化】と相まって、息切れなど起きない。起きるはずもない。

 風を切って、人を押しのけて、自転車を追い越し、車より速くナツキは走る。


『……お兄ちゃん』

「大丈夫か? 誰に襲われてるんだ!?」


 通話の向こうにいるアカリの声は、酷く弱々しい。

 なにかに肺を傷つけられたのか、ひゅうひゅうというかすれた息も聞こえてくる。その後ろでは、一般人ノルマの喧騒が聞こえていた。


 救急車を呼べだの、動かない方が良いだの聞こえてくる。

 それでもアカリは逃げている。


『……待ち合わせ場所で、待ってるから』


 そして、通話は切れた。


 その先にいたユズハの従魔フォロワーが、急に止まり……困り果てたような表情を浮かべて、ナツキを見る。ナツキも思わず足を止めてしまった。


「……待ち合わせ場所?」


 何を言っているのか、分からない。

 ナツキはアカリと待ち合わせなどしていない。


 そもそも、彼女とはつい3日ほど前に映画を見に行ったきりだ。


 あの時は、どこに……。


「……まさか」


 思わず、ナツキの頭に確信的な閃きが舞い降りた。


「噴水だ……っ!」


 アカリとデートする時、必ずと言っていいほどアカリはそこを待ち合わせにした。ナツキは彼女の家に迎えに行くと行ったし、別に他の場所でも良いじゃないかと行ったのだが、彼女は決まってこう言ったのだ。


『こういうのは、形が大事なんだよ。お兄ちゃん』と。


 だから、アカリとの待ち合わせは必ずそこだった。恋人たちが待ち合わせにする、その場所が彼女とナツキにとっての待ち合わせ場所。


「駅前の噴水だ。お前、分かるか!?」


 ナツキはユズハの召喚獣にそう話しかける。傍から見れば完全にヤバイやつだが、この際人目なんて気にしていられない。ナツキがそう聞くと、ユズハの犬は首を縦に振った。


「ユズハとホノカを連れてきてくれ! 俺は先を急ぐから!」

「わん!」


 ユズハの犬はそう吠えると、先ほど来た道を逆走開始。

 そんな犬を見送る暇も無く、ナツキは駆け出した。


「……待っててくれよ、アカリ!」


 ナツキは地面を蹴る。本当は身体を『雷』に置換して、走り抜けたい気持ちだった。つい先日、地獄のような『クエスト』を達成して入手した【鬼神顕現】スキルをも思わず起動しそうになる。


 これは24時間の内、30分限定で【身体強化】スキルのレベルを『Lv7』にするというスキルだ。ナツキは【鑑定】スキルで知ったことだが、全てのスキルのレベル上限は『Lv3』。それが、7になるというだけで、一体どれだけ化け物になるのだろうか。


 未だにこれを使うほどの敵には会ったことがないが、それでももしアカリを襲っている相手がこれを使わなければならないほどの敵だった場合、30分しか使えないそれを1秒でも多く使ってしまうのは愚策のように思える。


 それに加えて、ただでさえナツキは現状、この世界で異能を使ってしまっている。まだ一般人ノルマには迷惑をかけていないが、この先何が起きるか分からない。会長たちは話が通じたが、異能狩りハンター全員に話が通じるなんて思っていないのだ。


 ナツキは頭の中がぐしゃぐしゃになりそうなほど熟考しながら、噴水の前にたどり着くと……そこには、先客がいた。


「……アカリ?」


 ナツキは、最初それがアカリだと分からなかった。


 彼女の綺麗だった金髪は血まみれになって、右腕はあらぬ方向に曲がってしまって、そんな状態で、なけなしの力を振り絞ったのか噴水の淵にもたれて……ぴくりとも、動かない。


 そんな状態だというのに、誰もアカリを助けようともしない。

 いや、違う。噴水の周りに


「あ、アカリ! しっかりしろ……!」


 ナツキは駆け寄って、彼女の息を確かめる。

 

 ……微かに、本当に微かに彼女の口から息が吐き出されるのが分かった。いつ死んでもおかしくない。本当に気力だけ持っている状態だ。


「待ってろ、今すぐ治すから……!」


 そういってナツキは『治癒ポーションLv1』を取り出して、アカリの口元に持っていくが彼女は飲まない。ホノカの時のように口移しで飲まそうとした瞬間、近くにあった売店が吹き飛んだ。


「随分と逃げたね、アカリ! 弱いくせにちょろちょろとさぁ」


 そう言って現れたのは……1人の女性だった。

 金の髪に、血に濡れた口。そして、血よりも赤いドレスに包んだ大人の女性。そんな彼女は手に持っていた高校生の女の子を、投げ捨てた。


 ごつ、と人の身体が地面に落ちる音がするが……捨てられた少女の身体は酷く乾燥しており、それはまるで、干からびているようで。


「……誰だ?」

「君がアカリのお兄さん? 似てないね」


 ナツキの誰何すいかの問いに、微笑みと共に返した女性は……アカリの知り合いなのだろう。だが、ナツキのことを勘違いしているに、どこまで深い関係かは分からない。ただ分かるのは1つ。


「アカリをこうしたのは……アンタか」

「うん、そうだよ」


 見た目とは裏腹に酷く幼い喋り方。


 一体、どれだけの自信があるのだろうか。

 彼女は一般人ノルマを殺すことを躊躇いもしていない。


 いや、それどころか自ら進んで殺しているようにも見える。


「……ごめん、アカリ。ちょっと待ってて」


 ナツキは『インベントリ』より、『呪刀:浄穢』を取り出す。

 小太刀ほどの長さのそれをナツキはしかと構えて、女性を見据える。


「へぇ、アカリと違って……ちゃんとしてるわ完璧な構えね。あなた、名前は?」

八瀬はちのせナツキ」

「……八瀬はちのせ?」


 ちらり、とルルが首を傾げる。


「なぜ、八瀬はちのせ人間プリモの味方を?」

「は?」


 聞かれた意味が分からず、素早く問い返すナツキ。

 しかし、彼女はその問いには答えずに首を横に振った。


「別に珍しい話じゃない、か。あたしはルル。見ての通り、吸血鬼ヴァンパイア

「…………」


 見ての通り、と言われてもさっぱり分からないナツキは閉口。


「遊ぼうよ。八瀬はちのせの幼子」

「……遊ぶ暇なんて、あるわけないだろ」


 そういって、ナツキは一歩前に踏み出した。


 時間がない。素早く決めなければならない。

 故にここでルルを食い止める。


 だからこそ、彼が選択したのは、


「『雷斬』ッ!」


 神速の突き。


 地面を蹴った瞬間に、彼の視界に映る全ての者がスローへと変化する。絶対に外さないように、緻密に切っ先を動かしながらナツキはルルを殺さずに、しかし、動きを止める場所を狙う。


 その時、ルルが空中に何かの円を描く様子を見せたが……遅い。

 指が円を描くよりも先に、ナツキの剣が届いている。


 彼女の肌に触れる。『呪刀』がそのまま身体に差し込まれる。

 突き刺したのは身体の中心。ナツキは胃を捉えるようにして、彼女の背骨を斬るという選択肢を取った。


 そうすれば、彼女は下半身の制御を失う。だが、死にはしない。

 死なないのであれば


 だが、ナツキの目論見は失敗に終わった。

 それは避けられたのではない。


 剣で背骨をのだ。

 遅れて返ってきたのは、鋼鉄のような固さ。人間とは根本から体の作りが違うと思わされる反動。


「早いね」

「――『穿空センクウ』ッ!」


 果たしてナツキのそれは正解だったのだろうか。

 彼が反射的に使ったのはカウンター。


 いかなる攻撃をも、必ず返す絶対の後の先。


「でも、早いだけじゃあダメだよ」


 刹那、泡が……弾けた。

 ナツキには何が起きたのかは分からず、ただ目の前が紅蓮に染まった。染まったが、身体は動いた。突如して生み出された爆炎を切り裂いて、ナツキの刃がルルを斬る。


 だが、手応えはない。

 斬ったという感触もない。


 遅れて炎と煙が晴れた時、そこには無数の回転する赤いシャボンを背後に漂わせているルルがいて、


「さぁ。ルルのために踊って、八瀬はちのせナツキ」


 その全てを、ナツキに向かって発射した。

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