第3-07話 策を弄せ

 吸血鬼ヴァンパイアという、怪異モンストルムがいる。

 人の血を吸い力を得るという伝承を持つ吸血鬼ヴァンパイアを、アカリは伝承でしか聞いたことがなかったが……しかし、ルルをそうと疑うことは何度もあった。


 そもそも、彼女が集会をかけるときはいつも夜であるということ。

 明らかに年下なのに長い年月を生きてきたであろうということをほのめかす時があること。


「あたしはずーっと、ずーっと用意してたんだよ。アカリ」


 『紫電一閃』を撃ったことにより、疲弊したアカリに向かって無数のシャボンが迫りくる。その数はおよそ……数百ッ!


 それら全ての内側には赤い遊色。

 つまり、その全てが爆破のシャボンだ。


「強い願いを持つ異能の少女。それを大事に大事に育てて……最後に、血を吸うの」

「……『凍って』ッ!」


 バキッ! と、音を立てて世界が静止する。

 無数のシャボン玉が凍りついて、アカリの手前で爆破のシャボンが地面に落ちて小爆発を重ねていく。


「それをアカリは……ァ!」


 世界が止まった中、ルルの全身から赤いオーラが立ち上がる。

 そして、彼女の周囲に展開された泡が急に回転すると弾丸のように楕円形に切り替わっていく。


「あたしの準備を全部無駄にしてェッ!」


 パァン!!


 と、空気が爆ぜる音がして、泡が弾丸のように放たれる。


 ビシビシッ! と、音を立ててアカリの周囲に弾丸が着弾していく中、その中の1発がアカリの太ももをかすった。


「全部あたしのものだよ。〈さかづき〉も、異能も、処女の血も……ぜぇんぶ、あたしのもの」


 ルルは夢に浮かれるように、熱を帯びたような様子でそう言う。

 

「……違うよ」


 そんなルルを、アカリは見る。


 ルルの持っている16枚の断片ページを奪って、ナツキの元に戻ることができれば……きっと、自分は胸を張って彼らの仲間だと言えるから。


 どうすれば倒せるのか。どうすれば殺せるのか。

 ただ、それだけを考える。


「〈さかづき〉は、あかりたちのものだよ。ルル」

「……人間如きがァ」


 ルルはそういうと、自分の腕を浅く斬った。

 そこからぼたぼたと血が垂れると……それがシャボンになっていく。


 いや、違う。

 シャボンに血がまとわりついていく……ッ!


「血のために残した家畜風情が……〈さかづき〉に手ェ出せると思うってんのッ!?」


 激高したルルは、血液でコーティングしたシャボンを弾丸にしてアカリに放った。だがそれら全てが突如として消えると、刹那、ルルの後ろから彼女のシャボンが襲いかかった!


「……ッ!?」

「奥の手は……最後まで隠しておくんだよ。ルル!」


 バズバスバズッ!!!


 一体どれだけの威力でルルはその弾丸たちを放ったのだろうか。


 ルルの身体に彼女が放った全ての弾丸が着弾し、まるで車に轢かれたときのような異音が響き渡る。常人であれば貫通しているであろう弾丸も、吸血鬼ヴァンパイアであるルルの身体は貫通しない。けれど、衝撃は彼女に響いたのだろう。大きく体勢を崩して、地面に倒れた。


「【空間魔法】……!?」

「さぁ、これで終わりだよ! ルル!!」


 動かないルルに向かって、アカリが手を伸ばす。その瞬間、アカリの手元に……不思議なものが現れた。それはルルの心臓。通常であれば妨害魔術ジャマーによって魔術による身体への干渉を防いでいるルルだが、こうまで身体が弱まっていると妨害魔術ジャマーもそこまで強固に張ることができない。


 だからこその、このタイミング。


 故にアカリは、その心臓に向かって……氷剣を刺した。刹那、そこから溢れ出す血液がシャワーのようにアカリに降り注ぐと、ルルの身体がくの字に曲がる。そして、彼女は動かなくなった。


(……終わった?)


 思わずそう警戒してしまうアカリだが……しかし、ルルは動かない。


 こんなにあっけなく……?


 と、アカリが警戒した瞬間……アカリに降り注いだルルの血液が一気に発火した!


「……ッ!!!」


 思わずアカリは全身を刺すように襲った炎の痛みによって、地面を転げ回った。


「心臓を斬られたくらいで、あたしが死ぬと思ったの? アカリ」


 地面に倒れたアカリに向かって、シャボンが撃たれる。


 ズドッ!!

 と、アカリの腹部にシャボンが着弾した音がして、今度はアカリが身体をくの字におった。


「簡単には……殺さないから。いたぶって、いたぶって、もう殺してと頼みこむほどに痛めつけてから殺す。いま決めたわ」


 ステージを蹴って、アカリの前にやってきたルルはそのまま地面に倒れ込むアカリの身体を蹴り飛ばす。客席を巻き込むようにしてアカリの身体が吹き飛んで、会場の壁に激突した。


 そして、壁に半分身体の埋まったアカリに向かって、ルルは再び血の砲弾を放つ。アカリの身体はまるでおもちゃのように飛び回ると、地面に落ちた。


「『シール』を貼って、【氷属性魔法】で攻撃をしかけて、【空間魔法】を奥の手にして……それで、あたしに勝てると思ったの?」


 だが……。


「思ってるわけ、ないじゃん」


 アカリは、笑った。


「最初から……あかりの目的は、1つだけ」


 ルルは……嫌な予感を感じ取った。

 上手く言語化することはできない。


 だが、彼女の第六感シックスセンスが……それを知らせてきたのだ。


「ルルを……倒すことだけだよ」

「……っ!」


 しかし、ここまで手負いの小娘になにができる。

 魔法をどれだけ組んでも、決して自分に届くことのない少女になにができるというのか。


 だから、ここで殺す。

 血の一滴も残らず全てを飲み干して、からっからにして殺す。


 だから、ルルはアカリが指一本を動かせないほどに痛めつけるため……シャボンを回転させて撃った。


「『解除』」


 刹那、アカリは『シール』を


 遅れて音の速さで飛翔したシャボンの弾丸は、アカリの身体を捉えて……吹き飛ばす!


 急に『シール』から飛び出してきた2人に、事務所の中にいた異能の少女は驚く。だが、そんな彼女たちが驚くのと同時にアカリの身体がそのまま事務所の窓ガラスに激突。


 バキバキッ!!!


 そして、ガラスと窓サッシを粉々にして……アカリの身体が宙に舞った。そして、3階の高さから地面に落ちる。繁華街の端とは言え、既に時刻は19時近く。仕事終わりで飲みに向かっていた社会人の波の中に、アカリの身体が落ちた。


「お、女の子が落ちてきたぞ!?」

「凄い怪我だ……。おい、救急車!」

「だ、大丈夫?」


 そこに周りの人間が集まっていく中……ルルは、アカリの考えを読み切った。


「……はぁ」


 異能を現実世界で使うことは違反ではない。

 だが、もし異能を使うことで一般人ノルマに被害が及びそうになった場合は、


異能狩りハンターを呼ぶのが目的?」


 ふわり、とアカリに向かってルルが落ちる。


「“天原”でも連れてこない限り、あたしは殺せないわよ! アカリッ!」


 だから、アカリは残る最後の力を振り絞って走り出した。

 そして、『インベントリ』からスマホを取り出して、ラインを起動した。


 頼らないと思っていた。

 自分の力でやろうと思っていた。


 けれど、最後はこうなってしまうのだ。

 アカリは悔し涙と痛みに耐えながら、一番上にいるアイコンをタップして電話をかけた。


 果たして彼はすぐに出た。


「アカリ?」

「助けて! お兄ちゃん!!」

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