第3-05話 後悔無き選択を
ナツキの電話が鳴り響く少し前に時間は巻き戻る。
こつ、と自分の靴がコンクリートを踏みしめて鳴った冷たい足音を聞きながら、アカリは廃ビルの中を歩いていた。繁華街の端に位置するこのビルは建築年数と再開発のために廃棄された古びた鉄筋コンクリート製の建築物。普通に生きていれば足を踏み入れることなんてない場所だろう。
常人であれば「怖い」という感情を抱くであろうその建物も、異能たちにとっては誰もよりつかない絶好の集会所である。当然、見つからないことを重視するのであれば『
冷たいコンクリートの中で、アカリは自分の選択をずっと考えていた。これで良いのだろうか、これで間違っていないのだろうか。とめどなく思考が溢れる中、アカリはぎゅっと手を握った。もう、決めたことだから。
「アカリ、遅いよー」
アカリは若干の緊張と……強い決意を持って、部屋の中に入った。
元々なにかの事務所だったのだろう。ぽっかりと空いた部屋はどこまでも広く、なにもない空間に窓から入ってくる外の光が射し込んで、嫌に虚しく見えた。
「ごめんね、ルル。遅くなっちゃった」
てへ、と可愛く謝ってみせるアカリは……部屋の中にいる異能たちを見る。
何もない部屋の真ん中にピンクのふわふわした椅子を持ち込んで座っているのが、ルル。この中で
本当はもう1人いるのだが……どうやら、まだ来ていないようで。
「別にいいよ。可愛くなるには時間がかかるからね」
そう言うルルは平然としている。
彼女たちはアカリが裏切ったことを知らない。
あくまでも、世界で最も多く
「でさぁ、アカリ。いつになったら、
「……まだ待ってよ、ルル。お兄ちゃんたちは『断空の魔女』を倒した。
アカリは足が震えるのを隠すように一歩前に踏み込んで、そう言った。
ふわふわした姿に身を包んでいるルルは、背が低いからため地面から浮いた足をぶらぶらと動かしながら……その可愛い顔でじぃっとアカリを見た。明らかに染めたであろうピンクの髪に、明らかに異能と思われる桃色の瞳。
そんな瞳が、値踏みするようにアカリを見る。
そして、すっと地面に降りた。
「随分と嘘が得意になっちゃったんだね、アカリ」
「嘘? 何を言ってるのかあかりにはよく分かんないよ」
互いが互いに一歩ずつ近づいてく。
「それよりも、あかり……ルルに聞きたいことがあるんだ」
「何が聞きたいの?」
アカリは立ち止まる。
これを言ったら戻れなくなる。
だが、もう決めたのだ。
間違いだらけの人生に、蹴りを付けると。
誰かに頼るのではなく、
(……待ってて、お兄ちゃん)
今までは彼の強さに守られていた。
ずっと彼の庇護下に隠れて、それでやり過ごせばいいと思った。
けれど、アカリは気がついてしまったのだ。
それでは今までと何も変わらないのだと。
間違えだらけの人生から、何も成長していないのだと。
自分を殺したくないと言った異能を、アカリは甘いと思った。ふざけているのだと思った。だが、彼にはそれをやり遂げるだけの力があった。そして、自分の願望を押し通すだけの力があった。
自分は強いと思っていた。
だが、実際にはとても弱かったのだと……その時、知った。
だから、アカリは決めたのだ。
後悔だらけの人生に、終止符を打つために。
「ルルは、本当に他の異能から
ぴり、と空気が凍ったのが分かった。
ルルの後ろにいた2人の異能が「正気?」という顔を浮かべている。
当たり前だ。それは、ルルに喧嘩を売る言葉だから。
だが、一方で喧嘩を売られたルルはにやぁ……と、笑うだけで何も言わない。
悪魔のように可愛い顔が、天使のように笑うだけだ。
「へぇ、疑うんだ?
「あかりが
もう終わらない。引き返せない。
既に
「お兄ちゃんたちから
これは、自分が犯した間違いだから――自らの手で、片を付けなければならないのだから。
「へぇ。そういうこと言うんだ」
ルルの目は笑っていない。
じぃっと、アカリを値踏みするように見ている。
「あーあ、やっぱり育て方が悪かったなぁ……」
バチ、と音を立てて現れたのは……1つの杖だった。
それは魔法使いや魔女が使うような、古臭いデザインではない。
もっと装飾が華美で、きらきらしていて、まるでアニメにでてくる魔法少女が使っているような――!
「あたしがやるから」
そして、ルルは酷く短く吐き捨てた。
後ろにいる異能の少女はその声に震えてしまって身体を引いた。
だが、アカリは笑っている。
これは、自分で選んだ行動だから。
「ダメだよ、ルル。もっと可愛く言わないと」
一方で、アカリは笑う。
「フォロワーが減っちゃうよ――!」
そして、世界が開かれた!
それは異能同士の開戦の合図。
互いに無制限の殺し合いを始める狼煙なのだ!
「『
開かれた『シール』の中で、ルルの詠唱が響く。
幾何学状に世界が開かれていく中で、光のベールがルルの身体を包んでいく。
「――『
遅れて、アカリによって世界が形をなす。
それは大きなコンサート会場だった。
ステージに立っているアカリは、客席の間に立つルルを見た。
先ほどまでの量産型地雷ファッションではなく、ロリータへと切り替わったルルの服装は……ド派手だ。
ピンクと白を基調とした服はあちらこちらにフリルがついているし、持っている杖は大きなハートの形を先端に付けて、ルルの身長と同じくらいには伸びている。そんな彼女はピンクだった髪の毛が光を放つ金色へと変化しており、その頭には紫のティアラが可愛く乗っていた。
「ルルは観客。あかりはステージ。意味は分かるでしょ」
「……ふうん。自分が主役ってわけ?」
「ルルの
「やりたいんだったら止めないけどさぁ……」
ルルは変身した自分の姿にうっとりするように微笑むと、
「あたし、手加減できないから
ナツキとは全く逆のことを言いながら、ルルが笑う。
今までのアカリだったら、そんな彼女に恐れをなして謝罪していただろう。そして、彼女の機嫌を損ねないようびくびくとしていただろう。
だが、そんな自分はもう……おさらばしたのだ。
強い異能に怯えて言うことを聞く
(ごめんね、お兄ちゃん……)
心優しい彼に謝罪する。
彼は自分がしようとしていることなど、好まないだろう。
でも、もう自分のミスを誰かにすがって解決するのは止めたから。
「それはこっちのセリフだよ、ルル」
ばッ!
ステージに立っているアカリに向かってスポットライトが当てられる。それはまるで、この場の支配者だとルルに見せつけるように。
「さぁ、ルル。しっかり、あかりを見て。強くて、可愛いあかりを」
これで全て蹴りを付けるのだ。
「あかり以外に見るなんて、そんなふざけたことをしたら」
今までの過ちを精算するのだ。
「……死ぬよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます