第3-04話 それは始まりの報せ
全くと言っていいほどに手がかりがないまま、ナツキたちは家を後にした。
「ナツキの母親が異能じゃないことは確定みたいなもんね」
「そ、そうですね。オカルト好きの女性だったんでしょう」
ホノカとユズハが互いにそう言う。
どうやら、母親『異能』説は無くなったらしい。
「ナツキの叔母さんからも異能の血筋の雰囲気を感じ取れなかったわ。それに、あの双子の女の子たちも……もし、異能の素質があるなら、ちょうどあれくらいの時期に目覚めそうで、不安定になるものだけど、どう感じ取っても
「わ、私もそう思います。ただ、問題は……」
ユズハが途中まで言いかけて、ちらりとナツキを見る。
しかし、そのまま何も言わなかったのでホノカが続けた。
「……問題は父親の方ね」
「父さんなぁ……」
あいにくと、父親の血縁者は彼の両親――つまり、ナツキの祖父母しか知らないのだが、祖父母の家はここからあまりにも遠すぎるため気軽に行ける距離ではないし、固定電話も携帯電話も持たずに生活しているので、すぐに話を聞くこともできない。
今から手紙を書こうにも、正確な住所を知らないので出すにも出せない状況なのだ。
「き、気になるのは節分の習慣ですね。鬼を招き入れるというあれ……」
「節分ってなに?」
日本の風習に詳しくないホノカの問いに、素早くユズハが答えた。
「や、厄除けです。2月3日に、大豆を投げて鬼を祓うんです」
「鬼は知ってるわ。それが厄ってことね」
「そ、そうです。そういうことです」
「その鬼を招き入れる……。うーん、そんな変な話かしら?」
ホノカはいまいち奇抜さが分かっておらず、未だに首をかしげている。
「ま、まぁ……珍しいですが、変な話では……無いと、思います。せ、節分の風習には、子供が鬼に扮して豆をもらう地域もあるくらいですし」
なにそれ初耳……。
日本人なのに日本の風土について全く詳しくないナツキは、少し恥ずかしくなった。
「ですから、別に鬼を招き入れる地域があっても良いとは思いますけど……」
「けど?」
「本来の風習とは変わってるので……何か、あったのかなぁ、とは」
「別に元あった風習が時代の流れで変わるなんて珍しく無いんじゃない?
「そうなの?」
日本の風習に詳しくもなければ異能の世界にも詳しくないナツキがそう聞いた。
「ええ、
ホノカがそういうと、ユズハも「た、確かに」と言って黙り込んでしまった。
これで完全に八方塞がりになったというわけである。
「やっぱり『便利屋』に頼んでみる? なんかほら、あの人こういう情報を集めてくるの得意そうじゃない」
さらっと失礼なことを言っているような気もするが、ホノカの言うことにも一理あると思ったナツキは深く唸った。ここでのナツキは、そこまでして自分のルーツを深く探る必要があるのかどうかという問題である。
何しろナツキが自分のルーツを調べようと思ったきっかけは、「どうして自分が異能に目覚めることを学校側は知っていたのか」という疑問点から発生しており、言ってしまえば純粋な好奇心である。
そして、あわよくば父親たちの生い立ちにふれることで手がかりを掴めるのではないかと思ったのだが……。
あいにくと、世の中そんなに上手くは行かないらしい。
「そういえば、
ナツキはそう言ったが、バツの悪そうな顔でホノカとユズハは視線を逸した。そういえばこの2人は人を探知する
「やっぱり、生徒会室で嘘を付かれたんじゃないの? ナツキが異能だって、ユズハは気がつかなかったんでしょ?」
「は、はい……」
ユズハはおずおずと頷くと、しばらく何かを言うべきか言わないべきか迷うような素振りをみせて……そして、意を決したのかゆっくりと語り始めた。
「わ、私……ずっと、
そう語るユズハの顔は赤い。
ナツキも彼女がそこまで自分のことを見てたとは思いもよらず、恥ずかしくなって少し顔を赤くしてしまう。
そんなユズハの話を打ち切るように、強引にホノカは切り出した。
「もし、未覚醒の異能だったら、その時点でユズハが気がついてるでしょ。でも、気が付かなった。だったら、生徒会がナツキに圧をかけるために適当なことを言ったのよ」
「て、適当なことって……」
「だって、生徒会メンバーは自分たちのことを
「そんな子供みたいな」
「ふん。
どうやらホノカは
彼らは異能の警察。しかし、彼らが守るのは異能ではなく異能によって傷つけられる
そんなことを考えながら、街を歩いていると……すでに日が沈みかけた黄昏の中、路地裏から見知った顔がでてきた。
「む! ナツキたちではないか!」
「ルシフェラ? なんでここに?」
そう、そこから出てきたのはまだ10歳にもなっていない悪魔っ子。
「うむ! 先ほど、
そういうルシフェラの手には2枚の紙片が見える。
どくどくと脈打ち、まるで生きているかのように見えるそれは。
「あ、そうだ。ナツキ、これを渡しておくぞ。我に挑んできた悪魔が持っていた
「あ、ああ……。ありがとう」
ナツキは
悪魔と人間で〈
「それにしても、ナツキたちこそどうしたのだ? 学校帰りにしては珍しい道を通っているではないか!」
「まぁ、ちょっとな……」
ナツキはどこまで話して良いかも分からず、そう誤魔化す。
よもや彼女がナツキの生い立ちについて知っているということもあるまい。
「ふむ。よく分からないが、そう気負うな! 帰ったらエルザのハンバーグが待ってるぞ!!」
ルシフェラは悪魔だから、というべきかそれとも子供だからというべきか。
兎にも角にもお肉が大好き。当然、ナツキも男子高校生。肉が好きなのでハンバーグと言われると、少しだけテンションが上がらないこともない。
だから、夕飯を楽しみにしていたその時……ふと、スマホが震えた。
手に取ると、アカリからの電話。こんな時間に珍しいと思いながら、ナツキは電話に出た。
「もしもし?」
最初に聞こえてきたのは、アカリの吐息。
息切れを起こしているのか、何度か大きく酸素を吸い込む声が聞こえた。
「……アカリ?」
何が、起きたのだろうか。
ナツキの声の冷たさに、ホノカとユズハの表情がこわばる。
……恐れていたことが、起きたのだ。
「……助けて」
日が沈んでいく。太陽が消えていく。
東の端にはのっそりと月が登っているのが、見えた。
「助けて、お兄ちゃん!」
夕刻が終わる。夜になる。
異能たちの時間に、なっていく。
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