第2-25話 悪魔

「……どこから、だ」


 首だけになったバドゥが、目だけでナツキを見ながらそう言った。

 ナツキは納刀すると、『インベントリ』に刀をしまい込む。


「何が?」

「……どこから考えていた」


 悪魔は首だけになっても死なない。【鑑定】にそう表示されたナツキは、問答無用でバドゥの首を落とした。それが最も効率的に彼を無力化する手段と知っていたから。


「最初からだ」

「……どうやら、見くびって、いたようだ」


 語るバドゥの身体が砂になっていく。

 だが、これは彼が死ぬのではない。


 向こうの世界に戻っていくのだ。


「……やはり、人間は……危険だ」

断片ページを渡せ」

「……我は、持っていない」


 顔の半分が砂になりながらも、バドゥは最後の言葉を懸命に紡いだ。


「……魔界にあった欠片フラグメントは、既に我らの同胞がこっちの世界に持ち込んでいる。欲しければ……悪魔を、探すことだ」


 やがて、声だけを響かせながらバドゥの身体は完全に消えてしまう。


「人間よ。この恨み……絶対に忘れぬぞ」


 そして、完全に静寂だけが訪れた。

 ナツキは砂になったバドゥに背を向けると、すっかり離れてしまったルシフェラのところに戻る。


「大丈夫? 怪我はない?」

「そ、それはこっちの言葉だっ! 大丈夫か!? さっき刺されていただろう!」

「え? ああ、そういえば……」


 さっきバドゥに三又槍トライデントで刺されたなぁ……と、思いながらナツキがちらりと自分の腹を見ると、そこには怪我の後すら残っていなかった。


 恐らくだが、『雲散霧消』で身体を風に置換して……そこから戻った時に、治ったのだろう。


 そんなことを考えていると、頭の中に電子音のファンファーレ。どうやら『傷を治そう!』と『モンスターを倒そう!』をクリアして、それぞれ【自動回復Lv1】と【特攻:魔】を入手したようだった。


「す、すごいな。ナツキは……人間じゃないみたいだ」

「いや、人間だぞ?」


 HUMの値がどんどん下がっているので、あまり自信を持って言えないのだが。


「帰ろう、ルシフェラ。エルザが待ってる」

「……うん」


 ナツキはそっと彼女の手を掴むと、『シール』を解除した。


「ナツキ」

「ん?」


 駅に向かう途中、大勢の人に負けないようにはっきりとした声で、ルシフェラがナツキの名前を呼ぶ。


「ありがとう」


 尊大な態度とは打って変わって、そんなことを言われたものだからナツキはちょっと目を丸くしたが……すぐに気を取り直して、微笑んだ。


「どういたしまして」


 と。


 ―――――――――――――――

 八瀬はちのせ 那月なつき

 Lv:78

 HP :395 MP:830

 STR:236 VIT:235

 AGI:162  INT:163

 LUC:66 HUM:24


【異能】

 クエスト


【アクティブスキル】

『鑑定』

『結界操作』

『心眼』

『流離』

『投擲Lv2』

『身体強化Lv3』

『無属性魔法Lv1』

『四属性魔法Lv1』


【パッシブスキル】

『空歩』

心詠妨害ジャマー

『剣術Lv3』

『持久力強化Lv3』

『精神力強化Lv2』

『ダメージ軽減Lv1』

『自動回復Lv1』

『特攻:魔』


 ―――――――――――――――


「……やっぱり」


 ホノカは自分の目の前に広げられた一枚の紙と、そこに記されている円形の文様。そして、傍らに置いたスマホには今日の星の位置が記されている。


 魔法の近代化とは術式の高威力化、低燃費化などを指す言葉であるがそれと同じように近代的な科学の道具を用いて行われる手法もまた近代化に含まれている。ホノカが行っているのも占星術の1つだが、昨今の魔女ウィッチで実際に星を見ながら占う者は少ない。


 郊外ならともかく都市部であれば星が見えないことがほとんどであり、最近のアプリには登録されたデータからその日の時間に応じて星の位置を知らせてくれる便利な物が存在する。


 ならば、それを使えば良い話だろう。


「……あと、1ヶ月以内ってところね」


 なんど見返してもその月日しか出ない。間違いかと思って何度もやり直したが……しかし、数字は変わらない。


「あと1、〈さかづき〉は


 そして、その側に光るのは1つの凶星。


「……そして、私たちの誰かが死ぬ」


 思わず、顔がこわばってしまう。

 だが、すぐに頭を振った。


「……大丈夫。私は落ちこぼれだから。大丈夫」


 息を吐く。息を吸う。そして、再び息を吐く。


「この占いは外れるから……大丈夫」


 ホノカは悪夢にうなされるように1人でそう繰り返していると、部屋のふすまが数回ノックされ優しい声が聞こえてきた。


「ホノカさん、入っても良いですか?」

「ちょ、ちょっと待って! ミナ姉さん!」


 慌ててホノカは自分の前に広げていた占いの道具を『巻物スクロール』の中にしまい込む。


「い、良いわよ。入っても……」


 ホノカがそう言うと、そっと声の主が襖を開けてホノカの部屋に入ってきた。


 彼女の名前は白崎ミナ。ホノカの遠縁にして、3世代前にグレゴリー家と魔術の血を交わした白崎家の1人娘。白崎家は地元ではそれなりの名家らしく、日本家屋というところにホノカは初めて住ませてもらったが……とても広く、今でも時々迷子になる。


「今日、帰って来たときから顔色が悪かったので……心配したんです」


 そういって微笑むミナは慈愛の化身のようで……思わず、ホノカは泣きついてしまいたくなる。


「……ううん。大丈夫よ、姉さん。ちょっと、占いが……良くなくて」


 ホノカがそういうと、ミナはそっと彼女の頭をなでた。


「大丈夫ですよ、ホノカさん。占いなんて上手く行かないことの方が多いですから」

「ミナ姉さんも?」

「私は魔術が苦手ですから」


 そういってミナは微笑む。


「そんなに心配なら占い直してもらいますか? そ、その……良い魔術師が知り合いにいて……」

「知り合いって……姉さんの彼氏でしょ?」


 ホノカがそういうと、ミナは分かりやすく顔色を変えた。


「ちっ、違っ! 違わないですけど!」


 というのも、この家に来てから気がついたのだが……ミナはとにかく家でも外でも自分の恋人の話しかしないのだ。しないのだが、ホノカは未だにミナの恋人に会ったことがないので想像でしか彼女の恋人を知らない。


 ……あまりにミナがその彼氏のことを褒めるので、完璧超人のような人間を勝手に想像している。


「でも、大丈夫よ。姉さん。私の占いは……外れるから」

「そうなんですか?」

「だって私も、魔術が苦手だもの」

「苦手……ですよね?」


 白崎ミナは知っている。日本で偶然見つかった断片ページ。たった1枚のそれを、グレゴリー家が、喉から手が出るほどに欲しがっていたということを。


 断片ページは古代の聖遺物。

 それを人体に埋め込むことによって、魔術用語でいうところの同一視アイデムを引き起こし、魔法に関して高い適性を得ることができるということを。


 そして、白崎家より贈られたそれを……自分より2つ年下の少女に埋め込まれ、そのせいでグレゴリー家はたった1人を除いて全員殺されたという話を、白崎ミナは知っていた。


「だとしても。だとしても……大丈夫よ。姉さん」

「それなら、良いんですけど……」


 ミナはホノカからそれ以上触れてほしくない雰囲気を察して、一歩引いた。

 恐らくそれ以上踏み込んでも、彼女は応えてくれないだろう。


 だから、ミナは「おやすみ」と告げて……ホノカの部屋を跡にしようとした時に、そっと彼女に引き止められた。


「どうしたんですか? ホノカさん」

「その……姉さんに、聞きたいことがあって」

「はい。なんでも聞いてください」


 一人っ子だったミナはずっと兄弟が欲しかった。

 だからそこに突如として現れた2歳下の遠縁を、ミナはまるで自分の妹のように可愛がっている。


 そんな可愛い妹が何を聞きたいのかミナは分からず首をかしげると、顔を真赤にしたホノカが恐る恐る口を開いた。


「ね、姉さんは……その、どうやって……彼氏を作ったの?」


 思わずミナは目を丸くして……微笑んだ。


「好きな人がいるんですね、ホノカさんは」

「そ、そういうわけじゃ……無いけど……」


 そういって、ホノカはさっと左手を隠した。薬指にはまっている『スロットリング』を見せないように。もちろん、ミナは最初から気がついている。数日前から彼女に付いているその指輪のことなど。


「彼氏を作るのは、すごく簡単なんですよ。ホノカさん」


 だが、ミナはそれに気が付かないふりをして続けた。


「簡単?」

「そう。すっごく簡単なんです」


 ミナがそういうものだから、期待を込めて……ホノカは彼女の次の言葉を待った。


「惚れ薬を……飲ませちゃえば良いんですよ」

「…………」


 ああ、そうだ。忘れていた。


 ホノカはそれを聞いて、しばらく言葉を失っていた。


 いくら魔術が苦手とは言え白崎ミナは……魔女ウィッチなのだ。

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