第2-24話 悪魔狩り

「……なんなんだ」


 ナツキはそう問いかけるが……既に、相手の正体についてある程度の推測は済ませている。人間を簡単に吹き飛ばすほどの強力な腕力。先ほど見せた、明らかに人間とは身体の構造が違う口内。


「なんでんだ!」


 ナツキの叫びに男は何も答えず、ナツキの隣にいるルシフェラを見据えていた。


「人間には興味がない。下がってろ」


 だが、ナツキは動けないルシフェラの一歩前に出ながら『呪刀:浄穢』を抜いた。


「な、ナツキ。あいつはバドゥ……、過激派ホークの悪魔で……!」


 パッ、と目の前から男の姿が消える。


第五階位ビショップの悪魔だッ!」


 刹那、ナツキは全てがスローになった世界で自分の真横から蹴りを叩き込もうとしているバドゥの姿を見た。ナツキが避けると、その先にいるルシフェラに蹴りが当たる。だが、ナツキがその蹴りを受ければ、飛ばされる。飛ばされると、ルシフェラを巻き込んでしまう。


 第五階位ビショップはルシフェラの2階位上の悪魔。

 それは即ち、彼女よりも1000倍強いということ。


 だから彼にとって両者を狙える位置を見極めて飛ぶことなど造作もない。


「……『穿空センクウ』ッ!」


 ナツキが使ったのは【剣術Lv3】スキルの技。

 それは、【剣術】が誇る最強のカウンター技ッ!


 バドゥの蹴りがナツキの脇腹に食い込む。その衝撃の威力を、ナツキは右腕に流し込むと――斬撃として、叩き返したッ!!


 ヒュゴッ!!!


 おおよそ刀が空気を裂いた音とは思えない音が世界に鳴り響いて、ナツキの身体がバドゥの腕に食い込む。だが、


(……硬いッ!)


 信じられないほどに硬い。生き物を斬っている感覚ではない。

 例えるなら厚さ数十cmの鉄板。切り裂こうとしても、皮膚の表面を撫でるので精一杯!


 だから、ナツキは刀の振り方を変えた。

 斬るのではなく、押し出す方へッ!


 パァン!!!


 彼は刀を引かずに野球のバッドのように振り回して、バドゥを弾き飛ばした!


 一方で吹き飛ばされたバドゥは空中で身体の向きを回転させると、巨大な商業ビルの壁面に綺麗に着地して、ナツキに向かって再び飛んできた。だが、ナツキはそこに罠を用意している。


「『風の刃リーパー』」


 バスンッッッツツツツ!!!!


 自動車を真っ二つにしてしまうような真空刃が見事にバドゥを捉えて……吹き飛ばした! 


「……な、ナツキ。ほ、本当にお前は……人間か?」


 バドゥをいなしたナツキを見て、ルシフェラが困惑の声をあげる。そんな彼女の声と重なるように頭の中で電子音のファンファーレが鳴り響く。クリアした『クエスト』は『モンスターと戦おう!』。


 そこで入手したアイテムの『聖水』が『インベントリ』へと送られた。


「俺は人間だよ、ルシフェラ。そんなことよりも……なんであいつは俺の『シール』に入ってこれたんだ?」

「し、知らぬのか? 悪魔や鬼、龍や鳳凰のような高位の人ならざる者グノーシスは、こちらの世界の生き物じゃない。だから、この世界に上張りされた異世界シールには簡単に入れるのだ!」


 ナツキはルシフェラの言葉に片眉を上げた。

 初耳も初耳。それを知っていたら、対処も変わっていただろうに。


「……随分と、面倒なやつと契約したな。ルシフェラ」


 ナツキの『風の刃リーパー』を真正面から受けたはずだが、血の一滴も見せずにバドゥは土埃を払って起き上がる。


「何の用だ」


 ナツキは内心の戸惑とまどいを押し隠すようにそう尋ねた。


風の刃リーパー』はナツキが持っている技の中でもかなり愛用している魔法。元とは言え、異世界帰りの勇者の腕を切り落とした実績もある。


 それで傷の1つもついてないというのは……。


「ルシフェラを、殺す」


 そんなナツキの内心など知らないで、バドゥはゆっくりと歩いてナツキに迫りながらそう言った。


穏健派ドゥームは楽観的だ。人と悪魔が共に歩めるなどという幻想を見ている」


 悪魔バドゥは、ぐしゃぐしゃになったスーツを整えながら、まっすぐナツキに歩いて迫る。


「悪魔は……一度、人に負けた。どうして我らは滅ぼされかけたのにも関わらず人を信じられる。そんな楽観主義者だから……ルラメシエの奴も殺されて、たかだか10にも満たない幼子に次を託すのだ」

「……父上を、馬鹿にするな」


 ナツキの後ろでルシフェラが小さな反抗の意志を見せる。


 それよりもナツキが驚いたのは、まだ、ルシフェラが10歳にもなっていないということ。子供っぽいとは思っていたが、まさか本当に子供だとは……。


 そんな困惑しているナツキを他所に、バドゥが右手を差し出した。


「取引をしよう、人間」

「取引……?」

「我らの世界にある〈ブック〉の欠片フラグメント、それが合計で12枚。全て渡す代わりにルシフェラをよこせ」


 〈ブック〉の欠片フラグメントとは、すなわち〈さかづき〉の断片ページに他ならない。


「魔界にも……あるのか、断片ページが」

「あるとも。こちらの世界から逃げ帰る時に、持ち込んだ悪魔がいたのだ」


 バドゥはそういうと、最後に曲がっていたネクタイを整えて……息を吐き出した。


「……その契約、守るという保証は?」


 ナツキが問い返す。


「悪魔は契約を破らない」


 バドゥは真っ直ぐ宣言する。

 両者が互いに視線を混じり合わせるが、ナツキの答えなど最初から決まっている。


「俺は……人間だ」

「ふむ?」

「そして、異能だ」


 刀を納刀する。

 そして、腰を落とした。


「欲しいものは手に入れる」


 はっきり言って、ナツキにルシフェラのことなど分からない。彼女がどのような過去を背負っているかなど。そして、どのような思いでこの世界にやってきたのかなど……ナツキには分かるはずもない。


 まだ、出会って2日目なのだ。だが、それでも知っていることはある。


 彼女はとても人間のことに興味があって、多くのものを知ろうとして……それで、まだ10歳にもなっていない少女であるということだ。


 悪魔の世界のことなど、分からない。

 彼らがどのような主義を掲げているかなど、興味もない。


 だが、


「そして誰一人……見捨てない」


 悪魔とはいえ年端も行かない少女が……家族を殺されて、たった2人で生き延びて、〈さかづき〉という、あるかどうかも分からない聖遺物レリックを求めて全く別の世界にやってきたのだ。


 そんな彼女に、頼られたのだ。

 『力を貸してくれ』と。


 ならば、それに応えるのが、


「そう言うわけで、交渉は不成立だ。悪魔」


 八瀬はちのせナツキだ。


「……強欲だな」


 呆れたようにバドゥが呟いた。


「人間だからな」


 ナツキはそう返して……地面を蹴る。そして、発動するは『雷斬』。【剣術】スキルが誇る最速の突き。彼が地面を踏み込んだ瞬間、あまりの衝撃にアスファルトが大きくへこむと、蜘蛛の巣状に無数の亀裂を走らせる。


 そして、駆けた。


 バドゥとナツキの彼我の距離はおよそ10m。だが、ナツキの身体は容易く音の壁を超えると、周囲に衝撃波を撒き散らしながら一発の弾丸へと変質するとバドゥの身体を貫かんばかりに、加速した。


 あまりにも突然のことで、それに対処できなかったのはバドゥ。あまりにも人の身を超えた技に一瞬、虚を突かれて、


「……ッ!」


 両手を前に突き出して、ガードした。

 だが、ナツキの全体重を乗せた突きがその程度のことで防げるはずもなく、バドゥの両腕の関節を逆方向にへし折って更に加速。そのまま胴体を貫こうとしたのだが、それよりも先にバドゥの蹴りがナツキの腹に食い込んだ。


 そして、バドゥによって強制的に向きを逸らされたナツキは地面を2回蹴って減速。そのままターンすると同時に、手元から雷が爆ぜた。


「『雷の槍グングニル』ッ!」


 パッ!


 【投擲Lv2】スキルによって、音速で放たれた雷の槍をバドゥは半身で回避。遅れて彼のスーツを突き破っていた腕の骨を覆うように肉が盛り上がると、傷を修復した。


「……なかなか速いな、人間」


 バドゥは口角を釣り上げて笑うと、そのまま腰を落として……自身の影に手を入れた。とぷん、とバドゥの影が波紋を打つと……そこから一本の槍を取り出した。


 全長は3mほど。

 先が3つに分かれている三叉槍トライデントだ。


「人間、それがお前の最速か?」

「まさか」


 ナツキの主目的は彼の腕を折ることでも、胴体を貫くことでもない。

 ルシフェラとバドゥの距離を空けることだ……ッ!


 バジ――ッ!


 乾いた空気を切り裂くように、小さな雷鳴が轟いた。


「紫電――」

「『加速トーノ』」

「一閃ッ!」


 ――ヒュゴォォォオオァァアアアッツツ!!!!


 雷と化したナツキの最高速は秒速10万キロ。光の速さの約1/3という亜光速の世界で……ナツキは見た。見てしまった。電磁誘導のレール上にいたバドゥが、ナツキとほぼ同じ速度で回避するのを、見てしまったのだ。


「……ッ!?」


 ナツキが目を丸くする。だが、止まらない。

 『紫電一閃』は無理矢理にでも方向転換が効く技ではない!


 そのまま彼は勢いを止められず、バドゥの背後にそびえ立っていた商業ビルを真っ二つに両断すると、一瞬にして瓦礫の山へと変化させた。


(……『紫電一閃』が破られたッ!)


 ナツキは顔を青くするが、既にそれでは遅すぎる。


「疾い、が……我ほどでは無いッ!」


 刹那、ナツキの背後へと移動したバドゥの三叉槍トライデントがナツキの身体を貫いた。


「ナツキっ!」


 ルシフェラの悲痛な叫び声がナツキの耳に届く。それと同じくして……ナツキの腹部を貫いた三叉槍トライデントを、バドゥはひねった。悪魔の膂力を持ってして、ナツキは内蔵を無理やりかき乱される。


「……っづ!!」


 腹の奥からせぐり上がってきたものを吐き出すと、地面が真っ赤に染まった。バドゥはそのまますぐに三叉槍トライデントを引き抜いて、距離を取った。


「痛いだろう。人間」


 ナツキは僅かに呻くと、ルシフェラを見た。


「我ではなくルシフェラを見るか。随分と余裕だな」

「……俺が」

「ぬ?」

「俺が……負けるとでも……?」


 そう言ったナツキは、自分の吐き出した血によって僅かに滑りたたらを踏む。


「気でも触れたか? 人間よ」


 バドゥは手元で槍を回すと、しゅ……とナツキに向けた。


「お前では我の腕を斬ることも叶わぬ」

「……いや、それじゃダメなんだ」


 ナツキはまるでゾンビのように手をまっすぐ、虚空へと伸ばした。


「腕を……斬ってしまえば、アナタは……離れない」

「……何を」


 刹那、ナツキの手元には一つの小瓶が握られていた。

 どこから出したのか、一体それがなんなのか、バドゥには全く分からなかったが……ナツキは口で瓶の蓋を開けると、中に入っている透明な液体を『呪刀:浄穢』に流した。


 そして、彼は瓶を投げ捨てた。何のラベルも張られていないその瓶に入っている液体こそ、先ほど『クエスト』によって入手した『聖水』に他ならない。


「何を……言っているんだ?」


 その時、バドゥはルシフェラを見た。

 ルシフェラの


 先ほどまでバドゥの目と鼻の先にいたルシフェラだったが、気がつくと200mほど離れた場所にいる。


 そして、ナツキの目的に気がついて……はっと青ざめた顔を浮かべた。


「お前……ッ! 最初から我とルシフェラを離すのが目的で……ッ!!」

「悪い。俺はあなたを……殺すかも知れない。これを実戦で使うのは初めてで手加減なんて、できないから」


 バドゥの視界に映っているナツキの姿が薄く、薄く、消えていく。


「どうか、


 そして、ナツキの姿が消えると同時に……バドゥの右腕が、斬れた。遅れて、足の指が断ち切られた。関節ごとに綺麗に斬られた。残る足でバドゥが後ろに飛んだ時、僅かに残った左の指先が斬り落とされた。


「……何だ」


 ぞわりと、背筋を駆け上がった名も知らぬ感覚に突き動かされるようにバドゥが吠えた。


「これは、何の魔法なんだッ! 人間ッ!!」


 かつて、ナツキは考えた。


 ヒナタと繋がった状態で、『紫電一閃』に等しい火力の技は作れないだろうかと、と。

 【剣術】スキルの新しい技を生み出した自分であれば、それは可能であるはずだ。


 彼はヒナタとの模擬戦の間に、『念力PK』をうらやましく思っていた。

 目に見えず、離れた場所にも届く超能力ESPの力を。


 それをナツキは再現しようとしたが、彼が持っている【風属性魔法】ではヒナタのように繊細な動きはできなかった。だがしかし、それは彼に次なる可能性を見せてくれたのだ。


 【雷魔法】に身体を置換し、一撃で敵を葬るのが『紫電一閃』だとすれば。

 【風魔法】に身体を置換するのはどうだろうか?


 もしそれが可能であるならばナツキはヒナタと繋がったままでも戦術は広がる。

 そう思って彼らは訓練を行ったが……結局、形に出来ぬままシエルとの戦いへと挑むことになった。


 しかし、ナツキは『圧縮熱光アルキメディカ』を【無属性魔法】によって跳ね返した時……天啓にも似た閃きによってたどり着いた。


 自身を【風】へと置換させ、己の内部に『切断』属性を付与する。

 さすれば、置換した己に触れた相手は……『切断』の属性によって断ち切られる。そして、


 従来、魔法使いウィザード魔女ウィッチはそのような狂気じみたことは行わない。自らの身体を置換するだけでも正気の沙汰ではないのに、さらにそこから己に属性を付与するなど!


 だが、それでもナツキはたどり着いた。

 究極の一ではなく、凡夫の無限へ。


 故にその名は、


「『雲散霧消』」


 ――ィィィィイイイイインンッツツツ!!!


 凄まじい斬撃音がたった1つに重なって、まるで鈴のような怪音を響かせる。刹那、それによって、四肢の全てと胴体を断ち切られたバドゥの後ろに、ぱ……っ! と、ナツキの身体が現れた。


「……ほらな」


 それは、最初から決まっていたかのように。

 ナツキの刀がバドゥの首に吸い込まれる。


「俺の、勝ちだ」


 『聖水』によって、悪魔への特攻を得たナツキの刃がバドゥの首を刎ね飛ばした。

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