第2-23話 邂逅

 目が覚めると、昼の2時だった。

 ぼんやりとした頭で身体を起こすと、隣に敷いてあった布団は……ちょっと下手だったが、ちゃんと畳まれていて、ホノカはかなり前に起きたんだな、と考えた。


 いつまでも横になっているわけにも行かないと思いナツキはパジャマのままリビングに向かうと、そこにはエルザがちょこんとソファーに座っており、その横でルシフェラがテレビを見ていた。


「ナツキ! これがテレビというやつだな! 我は初めて見たぞ!」

「おはようございます。ナツキ様。朝食の準備はいかがしましょうか?」

「……今は、いいや」


 起きたばかりで胃が動いていないし、それにこの時間に食べたら生活リズムが狂いそうだったのでナツキはエルザの提案を断った。だが、喉が乾いていたので水でも飲もうと思ってコップを手に取ると、ととと! と軽快な足音を立てて、ルシフェラがナツキの側に走ってやってきた。


「よく寝たな、ナツキ! ホノカはもう学校に行ったぞ」


 眠りに入ったのは5時くらいだったと思うが、そこから起きて学校にいったのか。


「学校に? 凄いな、ホノカは」

「ええ、でも家を出られたのはナツキ様が起きられる2時間ほど前でしたけど」


 と、エルザが補足。


 ということは12時くらいに出たのだろうか。

 午後の授業だけでも、受けに行ったのだろう。


「ナツキ様、本日はどのようなご予定ですか?」

「いや、今日は特に予定もないけど」

「では、ルシフェラ様を連れて街の案内をしていただけないでしょうか」

「街の案内? 別に良いけど」


 そういったナツキの視線が、ルシフェラの角や羽に向けられる。


 昨日から気がついていたが……彼女の背中には羽が生えており、しっかり黒いしっぽもお尻あたりに付け根がある。そして、額にはちょこんと小さい角が2本ほど居場所を精一杯にアピールしていた。


 彼女は悪魔と自称していたし……事実、そうだと思ってしまうほどの明らかに人間にないパーツが何個かあるのだ。もし街を歩くとなると、悪目立ちしそうである。


 もしハロウィンなら、仮装コスプレということでどうにかできそうだが、なんでも無い日にこんな女の子を連れて歩くとやばい奴だと思われかねない。


「む? これか、大丈夫だ。隠せるぞ!」


 ルシフェラがそう言うと、ぱっと目の前から彼女の羽が消えた。それと同じようにして、彼女の角としっぽも。


「え? 隠せるの!?」

「人間の中に紛れるためにな! 悪魔の必須スキルだ」


(偽装魔術みたいなものかな?)


 ちょっと異能に詳しくなってきたナツキはそう推測したが、答えは分からず。


「じゃあ、着替えてくるから待ってて」

「うむ! 楽しみにしてるぞ!!」


 まるで、主人が散歩に行くのを待つ子犬のようにルシフェラはそういってナツキをキラキラとした瞳で見つめた。



 はて、街を見せてやって欲しい……と、言われて困ったナツキは、家から出たものの途方にくれてしまう。


「ルシフェラ……さん。どこか行きたいところある?」

「む? 気持ち悪い呼び方をするな、ナツキ。我とナツキは契約関係。つまり、対等なのだ! さん、などとつけなくても良い!」


 10歳くらいの女の子に説教される姿ははたから見ると、どう見られているんだろう……と、思いながらナツキは続けた。


「なら、ルシフェラって呼ぶよ。それで、どこか行きたい所はある?」

「どこでも良いぞ! 我は人の生活が見たいのだ!」


 出た……ッ! どこでも良いッ!!


 このワードはアカリから教わった女の子の発言の気をつけるべきトップ3。どこでも良いというのは実際にはどこでも良いのではなく、自分が気にいるものなら何でも良いと言っているに過ぎないのだ!


 『それを読み取ってエスコートするのがカッコいい男の子だよ、お兄ちゃん』と、アカリに言われて思わず無駄に緊張してしまったことを思い出す。だが、ナツキはその言葉でいくつか閃くものがあった。


 ルシフェラはテレビを見て、とても楽しそうにしていた。そして、テレビを初めて見たとも。つまり、彼女はある程度、人間界こちらがわの知識は入れてきているのだ。ただ、実物を見たことがないだけ。


「だとしたら、駅前の方に行ってみようか?」

「駅前? 盛り上がっているのか? 人間がたくさんいるのか?」

「ああ、いるよ」


 駅前というのは即ち、繁華街のことである。

 住宅街なんかを見せるよりも人がたくさんいる所を見せた方が彼女も喜ぶだろう。そう思って、ナツキたちは歩き出した。


 その途中でルシフェラはふと足を止めると不思議そうに聞いてきた。


「ナツキ! あれはなんだ!?」

「あれって……ああ、信号か。あれは車と歩いている人をぶつからないようにするもので」

「車とはなんだ?」

「あれだよ」


 そういってナツキが指差した先を、赤いスポーツカーが抜けていった。


(うわ……っ。車に乗ってるのアラタ先生じゃん……)


 思わぬところで知り合いを見つけてしまってナツキは辟易へきえき。あまり良い思い出がないというのもあるが、彼は非常勤とはいえ教師なので学校をサボったのが見つかりたくないというのはある。


(てか、アラタ先生。車の趣味わる……)


 まさか、教え子に敗北した挙げ句車のセンスに文句をつけられているなんて知りもしない元勇者はそのまま走り抜けていった。


「おお! 速いな! でも、空を飛べばもっと速いんじゃないか!?」

「そういう乗り物もあるけど……普段はあんまり使わないよ。魔界だと何に乗って移動するの?」

第零階位レッサーの悪魔だな! こっちの言うことだけを理解するあまり頭のよくない悪魔にのって移動するんだ」

「へぇ……」


 思ったよりも物騒な世界だった。


「ナツキ! 我も車に乗りたいぞ!」

「えぇ……? 俺は車を持ってないから乗れないよ」


 それに、免許も持っていない。


「そうか。それは残念だな!」


 駄々をこねられるかと思ったが、思ったよりも物分りの良い彼女はすっと引くと、今度は自販機に目をつけた。


「む? ナツキ、これはなんだ?」

「あ、それは自動販売機だよ。お金を入れて、ボタンを押したら飲み物がでるんだ」


 そう言いながらナツキは実際に実演してみせた。

 ナツキが押したのは炭酸飲料。ごと、と音を立てて自販機の取り出し口にペットボトルが落ちる音が響くと、ナツキは取り出したそれをルシフェラに渡した。


「む! これはペットボトルだな! 我も知ってるぞ!!」


 ルシフェラはそういって、慣れない手付きでペットボトルの蓋を外すと、そのまま凄い勢いで炭酸飲料を口に運んだ。


「あ、ルシフェラ。それは……」

「〜〜っ!?」


 ルシフェラは目を大きく丸くすると、炭酸飲料を吐き出すような動きを見せたが……ぐっと、こらえて飲み込んだ。


「ふ、不思議な味だな……!」


 ちょっとだけ目に涙をためてそういう彼女は、本当に子供のように見えて思わずナツキは微笑んでしまった。


 繁華街に向かうための駅についたら今度は電車で大興奮。


 それをなだめながら電車に乗り込むと、乗客たちを嬉しそうに見つめていた。ちょうど時間帯が乗車のピークからずれており、ナツキたちはちょうど座席に座れたのだが、座ったら座ったでルシフェラが背後にある窓から外の風景を見ようとするので靴を脱がせて膝立ちで外を見せた。


 周りから何か言われるかと思ったが、ルシフェラの容姿が幼いことと、明らかに日本人離れている見た目だったので、特に何も言われることなかった。


「こっちだよ」

「ナツキ! 自動販売機がたくさんだ!」

「人が多いからな」


 駅のホームに置いてある自販機を見てテンションを上げるルシフェラ。


 まず彼女をどこに連れて行こうかと迷ったとき、ナツキの頭の中に『クエストが更新されました』と、響いた。そしてぱっと目の前にディスプレイが展開される。


 ――――――――――――――――――

 通常クエスト


 ・敵の攻撃を300回受けよう!

 報酬:【ダメージ軽減Lv2】スキルの入手


 ・敵を倒す時に四属性魔法全てを活用しよう!

 報酬:【四属性魔法Lv2】スキルの入手


 ・乗り物を運転しよう!

 報酬:【ドライバー】スキルの入手


 ・傷を治そう!

 報酬:【自動回復Lv1】スキルの入手


 ・腕立て、腹筋、背筋を10000回ずつしよう!

 報酬:【鬼神顕現】スキルの入手


 ・瞑想を1時間しよう!

 報酬:【精神力強化Lv3】スキルの入手


 ・モンスターを倒そう!

 報酬:【特攻:魔】スキルの入手


 ・【無属性魔法】を使って敵の異能を倒そう!

 報酬:【無属性魔法Lv2】スキルの入手


 ・モンスターと戦おう!

 報酬:『聖水』の入手


 ・『天蓋の外套』で攻撃を受けよう!

 報酬:『夜空の外套』の入手


 ――――――――――――――――――


 ……また、結構増えたな。


 ナツキはざっと『クエスト』を流し見すると、クリアできそうなものをいくつか探した。『傷を治そう!』と、『乗り物を運転しよう!』くらいは簡単にクリアできるだろうか。


「どうした? ナツキ」

「いや、なんでもないよ。気にしないで」


 ふと立ち止まってしまったナツキを心配そうに見てくるルシフェラを安心させて、ナツキは彼女を連れて駅からでた。


 それからが、大変だった。ルシフェラは色々なものに興味を持ってナツキにあれこれ聞いてくるのだが、すぐに答えられるものばかりでもなくネットで調べたり【鑑定】スキルでい調べたりと多少のズルをしながら、ナツキは質問をこなしていった。


 だが、ルシフェラは物分りが良いのか頭が良いのか一度ナツキが教えたことはすぐにそのまま飲み込んで自分の知識にしてしまうというのが、凄いと思う反面少し恐ろしいと思ってしまう時もあった。


 へとへとになりながら突き合わされていたナツキだったが、ふとルシフェラが移動販売の車を指差した。


「ナツキ、あれはなんだ?」

「アイスの移動販売……かな。アイスってのは……」

「うむ! アイスは大丈夫だ! 我でも知っているぞ!」


 そういってドヤ顔を浮かべるルシフェラ。


「食べたことはある?」

「そ、それは無いぞ……」

「じゃあ、食べる?」

「良いのか!?」


 ぱっと顔を輝かせるルシフェラ。


(……子供ができたら、こんな感じなのかな)


 思わずナツキがそう思ってしまうのも無理はないことだろう。


 彼はソフトクリームを2つ注文すると、今にも跳ね出しそうなルシフェラに1つ渡して自分も口に運んだ。数年ぶりに食べる季節外れのアイスは、甘くて冷たくて思わずとろけてしまいそうになる。


「ん〜っ♪」


 それはルシフェラも同じだったのだろう。悪魔らしくない笑顔を浮かべて、ソフトクリームをぺろりと舐める。それをにこやかな顔で見ていたナツキだったが、ふと……彼女の背中から羽がうっすらと浮かびだしたのに気がついて顔を青くした。


「る、ルシフェラ。見えてるぞ、羽……っ!」

「何? 我がそんなミスするわけ……。あっ」


 彼女は自分の背後を見て、半分見えかけていた羽を慌てて消した。


「むーっ! 今のは忘れろ! こういうミスをすることもあるのだ!!」


 そして、恥ずかしさを埋めるように、そういって両手を掲げて威嚇してきたが……それが、まるで子供が精一杯背伸びをしているようで、ナツキは思わず笑ってしまった。


 日が暮れるまでルシフェラに振り回されたナツキだったが、なんとも言えぬ充足感に包まれながら彼女に声をかけた。


「そろそろ帰ろう。ルシフェラ」

「うむ! 楽しかったぞ、ナツキ。また来よう!」

「うん。良いよ」


 日が暮れだすと人が増えるので、ナツキはルシフェラが迷子にならないように彼女の手を引いて駅に向かう。


「夕飯はエルザが作っているから、楽しみにしていると良い。エルザのご飯は美味しいんだ!」


 なんて彼女のメイドの自慢話を聞きながら歩いていると……ふと、目の前に変な男がいることに気がついた。


 まず、背が高い。身長は190後半か……2mほどある。

 そして、その背丈にぴったりと合うスーツに身を包んでいた。サラリーマンの中に紛れるようにそんな服を着ていたのだろうか。


 それは定かではないが、彼は人が大きく流れる歩道の中心に立ち尽くしており、じぃっとナツキたちの方を見ている。いや、何かを探すように瞳だけをぎょろぎょろと動かして、道行く人の顔を覗いていた。


 次の瞬間、ナツキと男の視線が交差した。

 なんとも言えない気味の悪さを感じ、関わらない方が良いと判断したナツキが一瞬の内に視線を逸した瞬間――その男が、周囲の人間を横にいだ。


「……ッ!?」


 ぶわ……っ! と、まるで人間が紙のように簡単に吹き飛ばされると、男はまっすぐナツキたちに向かって走ってくる。通りが喧騒と悲鳴に包まれる中、男の姿を見たルシフェラは……氷のように固まって、動かない。


「『シール』!」


 とっさにナツキは『シール』を展開。

 2人だけの異世界に逃げ込んだ。


 しかし、


 バキッ!!!


 巨大な木の幹を力づくでへし折るような音と共に、ナツキの『シール』に亀裂が入ると……そこから、先ほどの男が


 男の姿は若い。まだ、20代やそこらに見える。

 そして堀の深い顔。日本人ではない。ヨーロッパや、アメリカにいるコーカソイド系の顔。金の髪に、蒼い瞳というハリウッド俳優のような容姿。


 そんな彼はまっすぐルシフェラを見て、の口を見せて嗤った。


「やっと見つけたぞ。ルシフェラ」


 そして、彼は声でそう言った。

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