第2-14話 《発情》する異能

 何がきっかけだったのか、ナツキには分からない。


 それが、彼女と一緒にお風呂に入ったからだったのか。それとも時間性のものだったのかも分からない。魔術に詳しくないナツキが分かることはただ1つ。


 ヒナタが発情状態になってしまったということだ。


「……八瀬はちのせくん」


 ひたり、と立ち上がった彼女の身体の曲線を撫でるようにして、1滴の水滴が水面に落ちた。恐ろしいまでに整った彼女の身体の美しさに、ナツキは目を奪われたまま……何も言えない。


 そんな彼女は白い太ももをナツキの足に添わせたまま、そっとナツキの頭を抱えるように抱きしめた。


「〜〜ッ!!!」


 い、息が……ッ!!


 濡れた水着がぎゅむ、と顔に押し付けられて呼吸ができないのなんのって、ナツキの強化されたステータスのおかげで息を長時間止められていなければ危なかったかも知れない。


 だが、とっさのことで何が起きたのか理解できなかったナツキも、時間が経てば次第に冷静になっていく。なっていたが、自分の顔を包みこんでいる穏やかではないヒナタの胸が当てられていることに気がついて大慌て。


 だが追い払うために【身体強化Lv3】を使ってしまえば、彼女を突き飛ばすことになりかねず、そうすると彼女が大怪我をしてしまう。だが、スキルを使わずナツキの素の力でヒナタを引き離せるほど彼女は優しく掴んでいない。曲がりなりにも夢宮ヒナタは異能である。


 男とは言え、何の力を使っていないナツキを離さないほどに強く抱きしめられるほど彼女は強いのだ。そんなこんなでナツキが困っていると、目の前の1枚のディスプレイが表示された。


 ――――――――――――――――――

 緊急クエスト!

 ・夢宮ヒナタを落ち着かせよう!

 報酬:【心詠妨害ジャマー】スキルの入手


 【00:09:59:24】


 ――――――――――――――――――


 ぴったり10分のクエスト。


 ……や、やるしかない!


 まさに困っているナツキにとって渡りに船。


 しかし、どうすれば……ッ!


 女の子にどう対処すれば良いのかさっぱり分からないナツキをよそに、ヒナタはナツキをそっと放すと彼の頬を両の手で抱えるようにして自分の目の前に持ってきた。そして、ままナツキに倒れ込むようにして浴槽の壁にナツキの身体を押し付けるとしなだれた。


 ナツキの前面100%に、水着越しとは言えヒナタの身体が押し付けられる。女の子特有の柔らかさと、水着の固さのアンバランスで頭がくらくらしそうになる。


「きれいな耳」


 そんなナツキを無視して、そのままヒナタはナツキの耳を撫でた。柔らかいヒナタの指がナツキの耳の淵をそっと触れるものだから、ぞわぞわする。


「……ひ、ヒナタ?」


 ナツキはヒナタの身体を抑えるが、止まらない。

 そのまま彼女はナツキの耳を、あむ、と口にくわえた。


「〜〜っ!」


 思わず、声にならない声がでた。


「ちょ、ちょっとヒナタ!? なにやってんの!?」


 ナツキは必死になってヒナタに問いかけるが、彼女はもごもごもとナツキの耳を咥えたまま口に出したが、何を言ったのかさっぱり分からない。それどころか、そのせいで耳を舌が刺激して、くすぐったさのあまり変な声が出そうになる。


 そして、そのままヒナタは飴のようにナツキの耳をそっと舐めながら、なんどか甘噛みを挟んできた。


 生まれてこの方、耳を咥えられた経験なんてナツキには無いのだが、人の温かみと耳を舌という柔らかい部分がそっと撫でていく感覚と、白い歯で甘噛みされたときのくすぐったさ。そして、何よりもヒナタの吐息がうなじを柔らかくっていく感覚がナツキの五感を刺激して震えた。


「ねぇ、八瀬はちのせくん」


 ゆっくりとヒナタがナツキの耳から口を放して、そっと優しく問いかける。甘い吐息が今度は濡れた耳を刺激して、ひんやりと心地良い。


「……な、なに!?」

「しよ」

「何をッ!?」

「……女の子に、言わせないで」

「ひぇっ」


 いや、問い返すまでもない。彼女が言っていることくらい分かっている。

 そして、それに流されそうになっている自分がいるのも分かっている。


 分かっているが、分かるわけには行かないんだッ!


 このまま流されるようにしてしまえば、自分とヒナタは互いに惚れ合う。ナツキのせいで、ヒナタは好きでもない自分を、強制的に好きにされて一生そのまま過ごすことになる。それは、呪いだ。彼女を一生縛る呪いだ。


(落ち着けッ!)


 俺ならこの状況をどうにかできるはずだッ!


 ナツキは自身を一喝すると、冷静になろうと務める。


 まずは深呼吸……ッ!!


 と、息を吸ったのがまずかった。

 ただでさえ、ヒナタとの距離が近いのにそんなところで深呼吸をしてしまったものだから、彼女の髪からシャンプーの甘い匂いが漂ってきて、ナツキの思考が乱される。


(だ、駄目だ……。全身凶器すぎる……)


 彼女の体にやられ、匂いにやられ、声にやられている。

 一体なんだったら勝てるんだ。


「……らさないで」


 そういってナツキにキスをしようとしてくるヒナタを、押し留めようとナツキはそっと彼女の口元に手を伸ばしたのだが……その手をヒナタは掴むと、ちゅ、と優しくナツキの指を口に入れた。


「……ヒナタ?」


 指を包むようにして舌を動かすと、そのまま彼女はゆっくり優しくナツキの人差し指を噛む。優しかったところに急に強い刺激がきて、ナツキが目を白黒とさせている間に、そのままヒナタはナツキの指にそっと舌を這わせた。


 今度は急に刺激が弱くなって、じわじわとしたゆるやかな刺激だけがナツキの指を押さえつけた。ずっとずっと弱い刺激でナツキが焦らされ続けたときに、そっとヒナタが口からナツキの指を放す。


 そして、そのままナツキの首筋に甘いキスをする。


 だが、それだけで終わらずに彼女はそのまま肌を吸い上げた。

 ぎゅ、とした痛みとも鋭さとも付かない刺激がナツキの首筋を刺激すると、


「……つけちゃった」


 ヒナタは満足そうに微笑んだ。


(い、一体何をつけたんだ……!?)


 と、震えながらナツキが緊急クエストの残り時間を見ると、既に5分が経っている。

 残り時間は5分しかない。


 あまりにも対処方が無さすぎて、流石のナツキも諦めそうになっていた時に、


「ねぇ、お兄ちゃん。ドライヤー借りていい?」


 脱衣所から救いの声が響いた。


「あ、アカリッ! 助けて!」

「どうしたの? お兄ちゃん」


 アカリはそのまま浴室に繋がる扉の前にやってき、不思議そうに聞いてくる。


「い、良いから助けて!」

「でもヒナタお姉ちゃんと一緒に入ってるんでしょ? お姉ちゃんに助けて貰えばいいじゃん」


 少しねたようにいうアカリ。


「そ、そのヒナタに襲われてるんだッ!」

「え、なんで?」


 不思議そうには言うが、絶対にお風呂に入ってこないアカリ。

 貞操観念がしっかりしてるなぁッ!


「入っていいから! とにかく助け――」


 助けて、と言いかけたナツキの口が塞がれる。

 もちろん、ヒナタの『念力PK』だ。


 そして、その状態のままヒナタの思念が頭の中に叩き込まれる。


八瀬はちのせくん、静かにして。邪魔者が入ってきちゃうから』

「ん〜〜っ!!!」


 これもヒナタの超能力ESPである『念話テレキネシス』である。超能力って便利!


「お兄ちゃん? 何やってるの? 大丈夫!?」


 しかし、ナツキが急に返事をしなくなったことで焦ったアカリが浴室に飛び込んできた瞬間、固まった。何しろそこにいるのは浴槽の端っこに追い詰められたナツキと、その上に身体全てを預けているヒナタ。そして、ヒナタはナツキを食べようとしているのである。


「な、なななな……」


 顔を真っ赤にしたまま固まるアカリ。


(ちゅ、中学生には刺激が強かったか……っ!?)


 と、ナツキはこのタイミングで彼女の情操教育について不安を走らせた。現実逃避というやつである。


「なにやってるのッ!」


 アカリの大声が浴室に響いた瞬間、バキッ! と、急激に浴槽の温度が一瞬で下がると、信じられないほどの低温となった浴槽の中でヒナタは穏やかな笑みから、打って変わってはっとした顔を浮かべた。


「……あれ? 私は、何を……?」

「お兄ちゃんから離れて!」


 そう言ってナツキから無理やり剥がされるヒナタ。だが、『愛欲パトスの呪い』によって、ナツキから離れられない。そして、離されている途中でヒナタはナツキに何をしたのかを悟ったのか、ぱっと顔を真赤にした。


「ご、ごめんなさい。八瀬はちのせくん。そんなつもりじゃ……」

「そんなつもりじゃなくてもやったらアウトなの! お兄ちゃんも男の子なんだからしっかりしてよ!」

「……はい」


 こういう時に男が責められるのは仕方のないことである。

 ナツキは両手をあげるつもりでアカリに頭を下げると、頭の中で響き渡るファンファーレを聞きながらほっと安堵の息をもらした。


 ――――――――――――


「だから、今日はあかりもお兄ちゃんと一緒に寝るから」

「何がだからなのよ」


 苦難の風呂からあがってナツキがアカリの分の布団をこうとした瞬間に、アカリにそう言われて、ヒナタが首を傾げた。


「だってお姉ちゃんがお兄ちゃんと、いつをするか分からないもん」

「し、しないわよ!」

「お風呂であんなことしてて!?」


 そう言われると何も言えないヒナタは黙り込む。

 そして鬼の首を取ったように笑顔になったアカリは、ナツキの布団を敷くのを手伝いながら続けた。


「寝る時はあかりがお兄ちゃんとお姉ちゃんの間に入ってちゃんと防いであげるから安心してね!」

「3人で川の字になって寝るってこと?」

「うん」

「……なんか、家族みたいだな」

「もー!!!」


 ナツキの言葉にアカリは少し怒ったふりを見せたが、そのことに関してそれ以上はつっこまず、


「異能はすぐにをしたがるけど、お兄ちゃんは禁止だからね!」

「分かってるよ」

「本当に分かってるの!? あかりが寝てる間にしたらダメだからね!」


 と、お説教を続けたのだった。

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