第2-03話 二人乗りの異能

「……つかいま?」


 なんだそれ……?


 使い魔と言われてもピンと来ないナツキはそう言いながら首を傾げた。

 そういえばユズハが前に『魔女ウィッチは使い魔がどうのこうの……』と、言っていた記憶があるような無いような。


魔女ウィッチってのは、普通使い魔を作るの。フクロウとか、カエルとかで」

「作ってどうするんだ?」

「自分じゃやらないことをやらせるのよ。例えば、使いっぱしりとか」

「お使いってこと?」

「そう」


 カエルがお使い……?

 絵本ならありだが、現実でやると問題になりそうだ。


「高位の魔女ウィッチになれば多くのことを使い魔にやらせて、自分は魔法の研究ばかりに取り組むものよ。そうすれば、家事とか仕事とかをやってる他の魔女ウィッチと比べて一歩前に進めるでしょ?」

「確かに」


 それはナツキも納得のできるものだ。

 例えば親がいる家族だとバイトに行かなくても塾のお金を出してくれるし、夕飯とかを作らなくても良い。その時間を受験勉強に回せるのだ。


 だから、親がいないというのはそれだけで、受験では不利になる。

 魔女ウィッチの世界でも、それは同じなのだろう。


「でも、使い魔ってカエルとかフクロウなんでしょ? 俺が行っても大丈夫なの?」

「もちろん。人間を使い魔にしている魔女ウィッチもいるもの」

「へー」

「だから、ナツキは私の使い魔ってことにするわ。……で、使い魔の武器を手入れするって名目で私が魔剣鍛冶師マギスミスの居場所を聞いてあげるから」

「……悪いな、俺のために」

「何言ってるの。仲間は持ちつ持たれつ。私はナツキから貰った恩を返してるだけよ」


 そう言ったホノカは照れくさそうにそっぽを向いた。


「じゃ、早速行くわよ。始まるのは午前三時。それまでには着いておかないと行けないから」

「どこでやるんだ?」

「近くて遠いとこ」

「……?」


 というわけで夜会サバトにあった服装に着替えろと言われたナツキは困惑。魔女ウィッチの集会に来ていける服がないのである。試しに今朝電車で入手した『天蓋の外套』を取り出してみたのだが……。


「おぉぉ……」


 全部が黒で作られたコートは、トレンチコートというやつで全身を覆う長い丈が特徴的だった。


 これはこれで厨二心を刺激されて大変カッコよかったのだけど、明らかに魔女たちの中に入ると浮いてしまうほどに近代的で、シュッとしたスマートな見た目。魔女ウィッチというのは、ダボッとした服を着ている印象があるのものだから、真逆だ。


 ナツキは『天蓋の外套』を『インベントリ』に収納。


「なんかないかな?」


 そう言いながら『インベントリ』に入っているものをリスト化して表示しているディスプレイをスクロールしていると……見つけた。


「あ、これで良いじゃん」


 『クエスト』で入手した『駆け出し魔法使いセット』の中にあったローブである。あまりにもデザインが古すぎるというか、絵本の中に出てくる魔法使いが来てそうなローブなのでナツキは着る気がしなかったのだが、夜会サバトに向けてならちょうど良いだろう。


 試しに着てみると、サイズはナツキにフィット。

 『クエスト』で入手したのだから、何かしらの効果くらいあるだろうと思って【鑑定】スキルで見てみると、


 ――――――――――――――

 オーバーローブ(春モデル)

 ・冬も終わり次第に暖かくなる春。ですが、まだまだ夜は冷え込む季節。夜会サバトや生贄の儀など魔法使いと夜は切っても切れない関係ですね。ですが、昼からローブを着るのはどうにも暑い。そこで我がロンドーラでは、太陽光に反応し、昼は涼しく夜は暖かくする魔術陣を組み込んだオーバーサイズのローブを開発いたしました。

 もちろん、追加効果も忘れてはおりません。着ている限り、魔法の発動速度を補助する魔術陣と周囲の魔力を吸い込み着ているあなたに提供する魔術陣の2つが機能するので継続的な戦闘行為に巻き込まれてもこれで大丈夫です!

(効果:INT+15 消費MP-3)


 ――――――――――――――


(またロンドーラだ……)


 この会社、魔法関係の商品の品揃え良いな。

 俺も将来ここで働こうかな……。


 なんてことを考えながら、そのローブを羽織はおって部屋からでるとホノカが目を丸くした。


「あ、これロンドーラの新モデルじゃない。ナツキどこで買ったの?」

「『クエスト』で貰ったんだ」

「へ、へぇ……」


 そういうホノカは近づいてナツキのローブを上から触ったり引っ張ったりつついたりしてた。


「……欲しいの?」

「いっ、いやっ! ちちち違うわよ! ロンドーラのローブは高級品だから、高いっていうか。ナツキは貯金してるって言ってたから、どこからそんなお金が出てるのかなって心配になったっていうか……」

「使ってないやつがあるけどいる? ホノカにはちょっとサイズが大きいかもしれないけど」

「い、良いの!?」


 ナツキがそう言った瞬間、ぱっと顔を輝かせるホノカ。

 ロンドーラの服は高いと言っていたから、彼女もそう簡単に買えるものではないのかも知れない。


「それに夜会サバトが終わったらこのローブも要らないから、あげるよ」

「……彼シャツ」


 ぼそっとホノカが口にする。


「ん? なんか言った?」

「な、なんでも無いわ! 服の話はあとでしましょ」


 そういって、ホノカはナツキを連れて外に出る。


「ナツキ。私の後ろに乗って」

「箒?」


 そして、ホノカは箒に腰掛けて立っていた。


「私ほどの魔女ウィッチになれば何も使わなくても飛行魔術が使えるんだけど」

「ああ、そういえばホノカって空飛べるもんな」


 最初にアカリと戦っていた時も、ナツキとアカリが戦っている途中に飛び込んできたときも、彼女は空を飛んでいた。


「ナツキは飛べないから、箒で行くわよ。これは別に私が箒で二人乗りしたいとかじゃなくて、直線で移動できる箒の方が速いってのとナツキが空を飛べないからそこを配慮しただけで……って、な、何でもないから! 後ろに乗って」

「ありがとな、ホノカ」

「は、早くして」


 ホノカが箒にまたがって、その後ろにナツキが乗る。

 何だか外から見れば間抜けな格好だ。


「も、もうちょっとちゃんと私にしがみついてよ」

「え、良いの?」

「あ、危ないから……」


 だとしても、どこに手を回せば良いんだろうか。

 お腹周りとか……? 良いのかな??


 恐る恐るナツキはホノカの腰に手を回して、そっと彼女のお腹の前で自分の手を握りしめた瞬間に、ホノカの身体がびくっと震えた。ナツキの顔がホノカの頭の後ろに来るものだから、彼女の髪の毛から甘い良い匂いがする。


(これが女の子の匂いってやつか……!?)


 明らかに男の自分と違う匂いに脳が刺激されまくって、バイト帰りで眠たかった脳が一瞬にして覚醒する。


「も、もっとダイエット頑張っとけばよかった……」

「え、なんか言った?」

「何にも言ってないわよ!」


 しかし、難点が1つ。

 ホノカが前を向いているので彼女の声が聞き取りづらいのだ。


「と、飛ぶわよ……!」


 ホノカがそういった瞬間に、ナツキの身体がなんとも言えない浮遊感に包まれる。そして、ぶわっ! と、一気に空高く飛び上がった!!


「凄いな! ホノカ!!」

「そ、そんなことないわ。魔女ウィッチだったら誰でもこのくらい……」

「いやいや、凄いって!」


 ナツキは生まれてはじめて空を飛べたので、思わず子供のようにはしゃいでしまう。


「空を飛ぶくらいでそんなに喜んでもらえるなら……ナツキを後ろに乗せてよかったわ」


 そして、まっすぐ進行方向を見ながらホノカがそう言う。新月なので光がなく、彼女の顔色は見えなかったが、どうにも顔が赤い気がしないこともない。


「……私、2人乗りするの初めてだわ」

「そうなの?」

「…………な、ナツキはあるの?」

「うん。この間、ユズハと」


 そう言った瞬間に、ぐらりと箒が落ちた。


「おわっ! 危ないッ!!」

「…………っ!!!」


 ホノカは顔を真っ赤にして体勢を立て直すと、箒を繁華街に向けて飛ばす。


 なんかさっきからやけに速度があがってる気が……?


 だが、気のせいかも知れないのでナツキはスルー。

 それよりも気になったことをホノカに尋ねた。


「人が多い方に向かってるけど、箒に乗ってる所見られたりしないのか?」

「大丈夫よ。ちゃんと認識阻害の魔法を使ってるもの」

「そ、そっか……」


 そうホノカが言ったっきり、ナツキは黙り込んでしまう。

 というのも、2人乗りという言葉で思い出してしまったのだ。ホノカとキスをしてしまったことを。


 治癒ポーションを飲ませるための緊急事態とは言え、ナツキにとっては初めてのキス。

 だからホノカが気絶していて、その記憶がないとしてもこちらが気を使ってしまうのだ。


 もしかして、あれが彼女のファーストキスだったらどうしよう……と。


 いや、そんなことを言ってる場合じゃなかったのは分かっている。

 でもなぁ……。


「そういえば、さ。どうしてナツキは2人乗りしたの?」

「ホノカを助けに行くためにユズハの馬に乗ったんだよ。ユズハの従魔フォロワーだから、一緒に乗らないと行けないでしょ?」


 ナツキがそういった瞬間、ホノカが吹き出した。


「なーんだ、心配して損した」

「心配?」

「なんでも無いわ。こっちの話」


 少しだけ上機嫌にホノカが答える。


「でも、女の子と2人乗りするなら、俺が漕ぐ方が良かったな……」

「わ、私はナツキが後ろでも良いと思うわよ。うん」

「そう? でもなんかかっこ悪くない? 好きな子の前だったらかっこつけたいじゃん」

「……ナツキはカッコいいからカッコつけなくてもいいの」

「え?」

「なんでも無い!」


 今の「え?」は聞こえなかったんじゃなくて、聞き間違いかと思って聞き返したのだが、


「俺、生まれて初めてかっこ良いって言われたよ」

「…………聞こえてたの?」

「……まぁ」


 そう言った瞬間、急激に箒が落ちた。


「おわっ! 落ちる落ちる落ちるッ!!」

「…………っ!!!」


 夜の闇でも分かるほどに顔を真赤にして、ホノカは何とか箒を急制動。

 ぎりぎりで持ち直して、再加速した。

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