第2-04話 愛欲の呪い
「そうだ。渡すの忘れてたから、これ」
箒に乗りながら、ホノカは小さな仮面をナツキに手渡した。ヨーロッパの仮面舞踏会で付けていそうな、小さな仮面だ。
「あ、これ映画で見たことある」
「『認識阻害』の魔法がかけてあるヴェネチアンマスクよ。それをつければ、向こうからこっちの素性がバレることはないわ」
「へー。便利だな」
「こういう集会に来ている異能に素性がバレるとろくなことにならないから」
「住所でも特定されるの?」
インターネット犯罪と同じノリでナツキはそう聞いたのだが、
「まぁ、似たようなものね。特定された後、家族ごと使い魔にされたり
「ぜ、全然似てないじゃん……」
殺伐としすぎだろ……。
「でも、そんなことはこっちがよっぽど格下だと思われないとされないから。大事なのは舐められないこと」
「舐められない……か」
今までそんなことを意識して行動したことが無かったので、自信がない。ナツキは仮面を付けながらぽつりと言うと、
「ナツキはナツキのままで大丈夫よ。あの帰還者を
「そういうもの?」
「そういうものよ。だって強い
ホノカもナツキと同じような
「よっぽど頭のおかしい
「過激だな……」
「
異能の先輩としてのホノカの言葉にナツキは身を引き締める。
「着いたわよ」
ホノカは繁華街の中でも中心地……噴水の上で、一旦静止した。
「着いたって……」
ナツキもその噴水には見覚えがある。ついこの間、アカリとデートの待ち合わせをしたところだ。だが、当然こんな深夜に人がいるはずもなく。
「しっかり掴まってて」
「……うん」
ホノカはナツキの返事を聞くやいなや、そのまま噴水に向かって突っ込んだッ!
「……ッ!?」
箒と噴水が激突する……その瞬間に、世界がねじ曲がる。
いや、
その瞬間、ナツキの全身をどろりという感触が撫でた。まるで巨大な怪物に舐められたような、あるいはヘドロの中に身体を突っ込んだような……変な感触を抜けると、そこに広がっていたのは、無数の
それらは誰に支えられるわけでもなく街の至る所にふわふわと浮かんでおり、建築物を
「……結構、明るいな」
「なんだ。もう始まってたのね」
ちらりと下を見ると、そこに広がっていたのはヨーロッパ旧市街のような町並み。そして、下には数十人の
後ろを振り返ると、ナツキたちが飛び込んだものと、似たような形の噴水が光り輝いており、そこからナツキたちと同じように飛び出てくる人の姿があった。明らかにさっきいた場所とは全く違う場所。
(……『シール』かな?)
だが、『シール』にしてもこんな大人数が入っている『シール』なんて見たことがない……!
「ほ、ホノカ。これって!?」
「これは『
「こんなに人が……」
「『
「……すごい」
まるで灯籠のような幻想的な光によって照らされているレンガの道に降りると……まるで、自分が中世ヨーロッパにタイムスリップしたかのような錯覚に陥る。
「
箒から降りたナツキがそういうと、ホノカは箒を『
「それも間違いじゃないわ。けど、山に集まってたのは、15世紀とか16世紀まで。産業革命以前の話ね」
「そんなに昔なんだ」
「そう。でも、今は『
「……なるほどなぁ」
「さて」と言いながら、ホノカは自分の胸元に
「ここからは私に任せて。あと、私の側から絶対に離れないで」
ホノカの忠告を守るようにナツキはそっと彼女の側に付く。
それを見たホノカは静かに頷くと、談笑していた
「こんばんは。良い夜ね」
ホノカがそう聞くと、ナツキたちと同じように仮面を付けた2人の魔女が振り返った。
「ああ、良い夜だ」
「うん。良い夜だね」
返ってきたのは、中性的なハスキーボイスと、甲高い子供のような声。
きっと声にも『認識阻害』の魔法が働いているんだろうとナツキは考えた。
「
ホノカが問いかけると、2人とも顔を見合わせて肩をすくめた。
「知りたいなら等価交換だ。そちらも何かしら情報を出してもらおう」
「良いわ、私の知ってることならね。それで、何が知りたいの」
「
異能の専門的な話が始まってしまい、暇になったナツキは
(……思ったよりも、平和なんだな)
殺伐とした異能の世界の話である。
『
なんて周囲を見ているとどうやら話が終わったようで、ホノカと
「ありがとう、まさか
気を良くした長身の
「とは言っても、この近辺には
備前……備前ってどこだ?
ナツキは【鑑定】スキルを使うと、岡山県だと出てきた。
いや、遠くは無いけど近くも無いな。
【鑑定】スキルによると、備前は元々刀の名産地。このように江戸時代以前から刀を作っていた場所では、魔剣や妖刀を作ることのできる異能の一族がいて剣や刀を打っているらしい。
そして、それらの異能が
「一応、近場も教えてもらえる?」
「構わない。『便利屋』と呼ばれているがな、
だが、どうやら近場で手入れしてもらえる場所があるらしい。
ナツキに言わせると、次の一戦持ってくれさえば良いのだ。
ナツキはディスプレイを起動して、そこに表示されているクエストを見る。
その中には『影刀:残穢』で相手を倒すというクエストがあり、その報酬で、
(……刀が、成長するんだ)
刀が成長すれば、その刀は新品になると【鑑定】スキルにある。
だから、あと一戦だけでも……。
なんてことを考えていると、ナツキの後ろにそっと誰が立った。
誰だろう……と、振り返るよりも先に耳元でその魔女が
「……
びく、とナツキの身体が固まる。
『認識阻害』の魔法が破られたかと思ったが……違う。
その声は、聞き覚えのある声だ。
「……ヒナタ?」
ナツキは問いかけると同時に振り向くと、そこには今朝電車で知り合ったばかりの美少女……夢宮ヒナタがそこにいた。
仮面を付けてはいなかったが、深くフードを被ることで顔を隠している。
「……どうしてここに」
彼女は『
「どうしてって、空を見てたら……たまたまアナタたちを見つけたから、追いかけてきたの」
「追いかけるって、俺たちは空を飛んで……」
それに、『認識阻害』の魔法もかけているとホノカは言っていたのに。
「『
「……っ!?」
「それで、
「だ、駄目だ。今すぐ帰った方が良い。ここは、
「
「それはそうだけど、俺は使い魔として……」
なんて話をしていると、
「ありがとう。良い話が聞けたわ」
「こちらこそだ」
どうやら話が終わったらしく、ホノカと
「……とにかく、今すぐ帰ったほうが良い。君のためだ」
「嫌よ。こんなに面白そうなこと帰れるわけ無いじゃない」
か、快楽主義者すぎて話が通じん……っ!
ナツキがコミュニケーションの難しさに頭を悩ませていると、ホノカが近くにやってきた。
「どうしたの? ナツキ」
「……ヒナタが来た」
「……はい?」
ホノカが首を傾げてナツキの側にいる少女を見ると……ホノカは目を丸くして飛び退いた。
「なっ、なんでここに!?」
「追いかけてきたのよ」
「……仮面を付ける前に見られてたのね」
ホノカはため息を着くと、
「悪いことを言わないから、帰った方が良いわ。もし、
ホノカも思わず声が震える。
「ナツキ、私たちも帰りましょう。こんなところに長居する必要はないわ」
「そうしよう」
そう言って帰ろうとした時に、どろりとした闇の塊が
「へぇい、みんなぁ。楽しんでるぅ?」
やけに気の抜けた声。
だが、とても通る声。
それが、突如として
声の主を見るとそこには箒に乗った1人の魔女。
目元を隠す仮面をしておらず……素顔を
透き通るような蒼い髪に、雷のような青白い瞳。身長は低く、幼くまるで小学生のようにも見えるが、放たれている魔力の量が桁違い。
それになによりも、上に羽織っている長いローブが風にはためいて、中が見えると……。
「……っ!?」
(へ、変態だ……ッ!?)
何なんだ今日は。
痴漢しようとするヒナタにも会うし、上着一枚羽織ってるだけでほぼ全裸で空を飛ぶ
「待って待って。みんな、怒んないでよぉ。私だって、基本的に
夜の街の光に照らされながら、幼き姿の
「でもねぇ、侵入者がいた場合は別なんだよぉ」
……バレてる?
「
そう言った瞬間、ナツキの身体がまるで磁石のようにヒナタに向かって引き寄せられたっ!
「おわっ!!」
「ちょ、ちょっと、
「身体が勝手に……!」
ヒナタとくっつくような形になってしまったナツキは彼女から離れようとするが……離れられない。どれだけ手を離そうとしても、ヒナタの身体がついてくるのだ。
いや、どういう状況!?
「何とかしてくれ!」
「何とかって……侵入したのは君たちだよ?」
ぐうの音も出ないド正論にナツキは黙らされた。
「わ、悪かった」
すぐに謝れるのはナツキの良いところだが……。
「ま、君は別に良いんだけどね。そこの
「な、何が……ご褒美なんだ……!」
ナツキはヒナタと「せーの」で身体を起こすと、そう苦情を上げた。
「『
だが、見下ろす
「呪われた者同士、セックスすれば良い」
そう、言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます