第17話 異能は愛に飢えている:上
「やっほー、お兄ちゃん。待った?」
時間にして朝10時。
恋人たちが待ち合わせによく使う駅前の噴水で、ナツキはアカリを待っていると……そこに、彼女が現れた。
というのも、昨日『シール』の中で魔法練習を終えて家に帰ると1枚の手紙がポストに投函されていたのだ。そこには今日の待ち合わせ場所と時間が記されており、なぜだか服装までちゃんと指定されていたのだ。
だが、ナツキは女の子と遊んだことが人生で1度も無いので色々とネットで調べまくってありあわせの服で時間通りに待ち合わせ場所で待っていた。
染めたのかと思うような金の髪に、透き通るような紫の瞳。
日本人離れした彼女の容姿は、とても目立つ。
「いま来たところだよ」
「うん。答えとして100点満点。じゃあ、行こっか」
「待ってくれ、まだホノカが」
「ううん。お姉ちゃんには別の時間を伝えてるからだいじょーぶ。2人揃わないのに戦ったりしないよ」
ナツキとホノカの2人がかりでも敵ではないと言わんばかりにアカリはそう言って、ナツキの手を取った。
「ほら、こっちだよ。お兄ちゃん」
「え!? あ、ああ……」
訳も分からないまま、ナツキはアカリに手を引かれて繁華街へと駆け出した。
そのまま『シール』に連れ込まれるのかと思ったが、そんなことは無く多くの恋人たちとすれ違っていく。
「それにしても、お兄ちゃん。その服装どうにかならなかったの?」
「これそんなに悪い?」
街中を歩きながら、アカリが最初に言ったのはそれだった。
ナツキの服装は下がジーンズに、上は柄物の長袖だ。
秋口に差し掛かって少し寒くなってきたので、その服装を選んだのだが……。
「お兄ちゃん。私ちゃんと手紙に書いたと思うんだけど? 『女の子と一緒に歩いて恥ずかしくない格好』って」
「え、これ恥ずかしくないだろ?」
「40点だよお兄ちゃん……」
アカリはちょっと引いたようにそう答えると、近くにあったアパレルショップを指差した。
「私が選んであげるから。ちょっと待っててね」
自分のファッションセンスがずば抜けているとは思っていないが、悪いとも思っていないナツキは首を傾げながら、アカリに手を引かれてショップに入る。
彼女は真っ先にメンズのコーナーに向かうと、鏡の前にナツキを立たせた。
「そんなに悪いかなぁ」
「40点だって言ったでしょ。デートに行くのにそんな格好したら女の子帰っちゃうよ」
「デート?」
「何を不思議に思ってるの? 今からデートでしょ?」
「はい!?」
思わず声が上ずってしまったナツキ。
というのも、彼は今まで一度も女の子とデートしたことはないのだ!
ちなみに、男とデートしたこともないのだ!!!
「お姉ちゃんが来るまで、まだまだ時間あるんだからそれまではデートだよ」
「そ、そういうもんなのか……」
最近の中学生は進んでるなぁ……と、去年まで中学生だった男は心の中で感心した。
「無難で行くか、攻めるかってところだけど……」
ちらりとアカリの視線がナツキの顔を捉えた。
「うん、お兄ちゃんは無難でいこっか」
「もしかして俺の顔を見て決めた?」
「ち、違うよ。とにかく最初は無難が良いの。どうやったって失敗しないんだから、それで良いんだって。攻めるのは無難を抑えてから。定石だよ定石」
やけに焦ったように早口でまくし立てて、アカリはナツキに黒スキニーと白い長シャツを渡してきた。
「はい。これ着てみて」
「はい」
どっちか年上か分からない状態でナツキは試着室に放り込まれると、言われたままに着替える。
「着替えたら見せてね」
「まじ?」
「だって見ないとなんにも分かんないでしょ」
そう言われてしまえばそうなのだが、なんだか年下の女の子に服装を選んでもらうというのが気恥ずかしくてたまらない。
「これでどうだ?」
着替え終わったのでナツキがアカリに服装を見せると、
「うん。70点にはなったかな」
「残り30点は伸びしろってところか」
「とりあえずこれをセットで買おうか」
「俺は今日、金持ってきてないぞ?」
「え、なんで?」
「デートするなんて思ってなかったから」
「それならあかりがだすよ。お金持ちだし」
完全に年上としての威厳なんてものがなくなってしまって、ナツキはしょげたが……一方のアカリはそんなことなんて気にせず、ナツキが買う予定の服を持ってレジに向かった。
ナツキはその後ろをついてレジに向かうと、アカリは服を着て街を歩きたいからと値札を外すように店員にお願いし、お店の試着室を借りてナツキは服を買ったばかりのそれに着替えさせられた。
ちなみに持ってきた服は紙袋に入れて持ち歩くことになった。
「うん。これでいい感じだよ。次はアカリの買い物につきあって」
「良いけどどこに行くんだ?」
「コスメを見るの」
「コスメ?」
「け、化粧品のことだよ……」
『お前コスメも知らねーの?』みたいな顔を向けられたので、ナツキはまたしょげた。
だが、ナツキもめげてはいられない。新しいことを知れるチャンスだと思いたち、アカリの後ろをついて入ったのは、中学生や高校生の女の子たちで溢れかえっている化粧品コーナー。
(女の子しかいねぇ!)
他にいる男も全員が彼女と一緒に行動しているとんでもリア充スペースに打ち込まれたナツキは
「人が多いな……」
「日曜だからね」
そういうアカリはいつの間にか、マスクとニット帽をかぶっている。
「どしたのその格好」
「アカリは有名人だから目立っちゃうの」
有名人というのが本当かはともかく、あの容姿ならたしかに目立つだろう。
ってかいつの間に帽子かぶったんだ。
女の子たちの間をぐんぐん進んでいくアカリに遅れないようにナツキが後ろを追いかけると、彼女は最初にリップを手にとった。
「ね、お兄ちゃん。アカリにどっちの色が似合うと思う?」
「え、これ色違うの?」
「違うよ。こっちの赤の方がちょっと暗いでしょ?」
「あ、ほんとだ」
「ね? どっちが似合うかなぁ」
こういう時は、大体女の子の中に答えが決まっててそっちを言ってほしいだけだと言うのを前に見たYouTuberが言っていたのを思い出し、ナツキは少し考えてから右の方を指差した。
「こっちかな」
「やっぱり? こっちの方が可愛いよね」
色が微妙に違うだけでなんか可愛さが変わるのかな……?
なんて思いながら、ナツキはアカリの買い物に付き合わされた。
いや、正確には買い物ではない。
アカリは商品を手に取るだけで、あまり買いはしないのだ。むしろ、商品を見て回るのを楽しみにしているというか……。
「買わないの?」
「もー。なんにも分かってないなぁ、お兄ちゃんは。こういうのは、見て回るのが楽しいんじゃん」
「なるほど?」
さっぱり分からないが、女の子とは分からないものである。
そして分からないものは突っ込まずに流すのがナツキの流儀だ。
彼はよく分からないままに、アカリのウィンドウショッピングに付き合わされる。
そんなこんなで彼女の買い物に付き合っていると、ぐぅ……とナツキのお腹が鳴った。
「もうお昼だし、ご飯にしよっか」
「ホノカはまだ到着しないのか?」
「お姉ちゃんが来るの夕方の18時だよ」
「はッ!?」
「良いから良いから」
なんでそんな遅いんだ……とツッコむよりも先に、ナツキはアカリに流されるままに、彼女のおすすめのお店とやらに向かった。
連れてこられたのはゴリゴリのカフェ。
外観はおしゃれだし、中にいる人も基本的にカップルばかりで、ナツキとしては入るのにちょっと抵抗感がある。
「ここのパンケーキが美味しいんだ」
「カップルしかいないじゃん」
「あかりたちも他の人から見れば似たようなものだよ」
そう言われてしまえば、確かにそうなのだからなんとも言えない。
ナツキはここでも流されるがままに席に付き、パンケーキを注文しようとして……。
(……
パンケーキの金額に目を丸くした。
(俺の時給より高いじゃん…………)
大学に行くためにバイトの連続で貯金しまくっているナツキとしては、パンケーキの値段が割に合わなすぎて、手が震えてくるレベルである。
「どしたの、お兄ちゃん。そんな顔して」
「いや……。パンケーキってこんなするんだなって」
「ここは他のお店よりちょっと安いくらいだよ?」
え、他のお店ってもっと高いの?
「お兄ちゃんってお金無いの?」
「無いってわけじゃないけど……全部貯金してるからさ」
「なんで?」
「大学に行きたいから」
その言葉にアカリは首を傾げた。
「お兄ちゃんの家って貧乏なの?」
「親がいないんだ」
「……ふうん」
アカリはナツキの言葉に、少しだけ重い返答をよこした。
「お兄ちゃんはどうして大学に行きたいの?」
「……普通の生活を送りたいんだ」
ナツキがそう言うと、アカリは大きな目をさらに大きく、丸くした。
「な、なんで……? 異能を持ってるのに……?」
彼女は心底その言葉が信じられないと言ったように、驚いた様子も隠さずにそう尋ねてくる。
「普通に暮らしたいってのは、俺が
「……変なの」
ナツキは彼女に正直に伝えたが、返ってきたのは……そんな言葉だった。
「変か?」
「だって、異能は結果主義だよ? 学歴なんてなんの意味も無いじゃん。お金を稼ぎたいなら異能を使えば良いし、人に認められたかったら異能を使えばいい。なんでお兄ちゃんは大学に行きたいの?」
「……それは」
ナツキは少しだけ、彼女に理由を言うべきかを迷った。
親がいない自分が大学に行くことで、まるでちゃんとした人間になれるんじゃないかなんて。そんなコンプレックスの裏返しで大学に行こうとしていることを、アカリに言うべきか、ナツキは考えた。
年下の、まだ会ったばかりの、そして、ホノカが来てしまえば敵となる彼女に自分の思いを伝えるべきかを迷って……。
「なんでだろうな」
そう言って、誤魔化した。
そうしていると、ナツキたちのところにパンケーキがやってくる。
生クリームと、バニラアイス。そして、フルーツをふんだんに使ったカラフルなパンケーキはナツキの知っているそれとは全然違うもので……。
「か、かなり量あるな……」
「どこもこんなものだよ、お兄ちゃん」
「おしゃれな物食べてるなぁ、アカリちゃんは」
「あかり」
流れで名前を呼んだナツキに、驚くほどの速度で彼女は訂正を入れた。
「呼び捨てで良い」
「分かった。アカリ」
「あかりはあかりだから。あ、お兄ちゃん。食べるのちょっと待ってね」
一緒に運ばれてきたフォークを手にとったナツキに、待ったをかけるアカリ。
「はぇ?」
「写真撮らないと」
そういうと、アカリは最新のスマホを取り出してパンケーキの写真を取る。
もちろん、自撮りだ。
「お兄ちゃん。そこ動かないで、顔入っちゃうから」
「あ、アイスが溶ける……ッ!」
「だいじょーぶ。あかり、プロだから」
訳の分からない写真撮影は、ナツキのアイスが溶けるギリギリで終わった。
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