第18話 異能は愛に飢えている:下

「そういえばさっき言ってたアカリが有名人ってやつ、あれ本当なの?」

「うん。本当だよ」


 アカリはブルーベリーの乗ったパンケーキを一口大に切り分けて幸せそうに口に運ぶ。美味しかったのか、子供らしくぱたぱたと足を動かしてパンケーキを楽しんでいる姿はとても今から戦う異能だとは思えない。


 それどころか、可愛らしい彼女が笑顔で美味しいものを食べている光景は見ているだけで、こちらまで幸せな気持ちになってくる。


「アカリ、インフルエンサーだから」

「いんふるえんさー?」

「お兄ちゃん、SNSはやってる?」

「名前なら聞いたことあるぞ!」

「な、名前なら聞いたことあるって……。お兄ちゃん、高校生だよね?」

「最近の流行りにはうとくて……」


 まぁ、それが俺の良いところなんだけどな。


 と、続けたかったが続けると100%あきれられるので辞めた。


「SNSで有名な人のことだよ」

「お金稼げるのか?」

「うん。たくさん。だって色んな企業から商品を宣伝してって言われるから」

「へー、凄いな。そんな仕事があるのか」

「アイドルみたいなものだよ」


 パンケーキに残ったソースをまとわせながら、アカリがそう言う。


「まぁ、アカリは可愛いもんな」

「そうでしょ? あかりは可愛いもん。だから、インフルエンサーなの」


 それくらい知ってるよ、と言わんばかりにちょっとだけ胸を張るアカリ。


 口調は変わらなかったが、可愛いと言われて嬉しいのか少しだけウキウキになった様子でパンケーキを食べていた。


「でも、あんまり良いことばかりじゃないんだよ」

「そうなのか?」

「うん。だって、目立っちゃうもん。買い物に行ったら囲まれちゃって大変だもん」

「本当に有名人なんだな」


 ナツキがそういうと、彼女はこくりと頷いた。


「それに、あかりは髪の毛の色でも目立っちゃうから」

「そういえば、それって地毛なのか?」

「うん。あかりは生まれた時から金色なの。パパも金髪だってママが言ってたし」


 その口調からして、彼女は父親に会ったことが無いんだろうか。


 疑問に思ったが、他人の地雷かも知れないところに足をツッコむほどナツキは考えなしではないので、その話題は避けることにした。

 

「目の色も、か?」

「ううん。これは生まれつきじゃなくて、から」


 そういうと、彼女はパンケーキを口に運ぶ。

 ナツキもアイスが全て溶けてしまわない間に食べようと口に運んだ。


「異能は変わった目の色をしている人が多いんだ。『瞳』は昔から異能と一般人ノルマの違いを見つけ出すのに使われたんだよ」

「へー」


 そういう歴史なんかは全然知らないので、ナツキは感心。

 そんな彼に『受け売りだけどね』と、アカリは可愛らしく笑った。


「でも、お兄ちゃんは普通の目なんだね。羨ましい」

「羨ましい?」

「だって、虐められないでしょ」

「……まぁな」


 そうか、金髪や紫の目だと目立つからそういうことになるのか。


 ナツキはふと思い返してみると、ホノカもユズハも綺麗な瞳をしている。それにユズハは、目の色が周りと違うなんて理由で虐められていたこともあった。異能というのも、楽じゃない。


「ね、お兄ちゃん。これ食べて」


 ちょっとナツキが重たい雰囲気を感じ取って黙り込んでいると、アカリがパンケーキの残り1/3を渡してきた。


「……食べないの?」

「あかりお腹いっぱいだもん」


 確かに、彼女の体格的には多すぎたかも知れない。

 しかし、ナツキは育ち盛りの高校生。


 パンケーキをぺろりと食べると、食後のコーヒーで口直し。


「……案外、こういうのも良いな」

「どうしたの?」


 一方でアカリはミルクティーに砂糖を入れたものを飲んでいた。

 甘い+甘いだけど口の中は大丈夫なのかな?


「ん。こういう風に女の子と遊ぶなんて初めてだったから、誰かと遊ぶのも楽しいなって」

「……お兄ちゃんは」


 アカリは角砂糖を2つ入れたミルクティーに、さらにもう1つ角砂糖を溶かしながら続ける。


 砂糖入れすぎじゃない?


「疑わないの?」

「何が?」

「あかりが、だましてるかもって。お姉ちゃんを来ないようにして、お兄ちゃんだけを倒そうって」

「それはしないって最初に言ってたから」


 何を今更と言わんばかりにナツキがそういうと、アカリは……泣きそうな顔で笑った。


「そっか。お兄ちゃんは、そういう人なんだ」

「え、何が?」


 何か変なことでも言ったのかなと思って、ナツキが怖くなっていると、


「ううん。異能には珍しいなって思ったの。あかりは、お兄ちゃんみたいな人、見たことがなかったから」

「そうなのか?」

「だって、異能は自分勝手だから」


 そういう彼女に、ナツキは問いかけた。


「アカリも?」

「あかりも」


 そういうと、彼女はそっとミルクティーを口に持っていって幸せそうに飲んでいた。


 ……か、角砂糖3つも入れたやつを飲めるのかぁ。

 最近の中学生は凄いな…………。


「お兄ちゃんはさ、新しい異能なの? 古い異能なの?」

「新しい方だよ」

「じゃあ、あかりと一緒だね」


 カフェを出た後、2人はアクセサリーショップを目指して歩いていた。

 なんでもアカリが新作のやつをみたいのだとかなんとか。


「お兄ちゃんは、あのお姉ちゃんと付き合ってるの?」

「ホノカと? いや、付き合ってないぞ」


 むしろ知り合ったばかりだし、友達だと思っている。

 付き合うなんて、考えたこともなかった。


「そっか。じゃあ、えっちもしたことないんだ」

「えっ……。いや、ちょっとお昼だぞ。アカリ」

「別に恥ずかしがらなくても良いじゃん。異能だと、みんな凄いから」


 みんな凄いんだ……。


 なんかとんでもないタイミングで異能の性事情を知ってしまったナツキ。


「……アカリも?」

「そんな訳ないでしょ。あかりはまだ中学生だよ」


 恐る恐るアカリに聞いたのだが、彼女にはNOと言われてしまった。

 これで彼女もやることやってたら、中学生に恐怖を覚えるところだった。危ない。


「でも、お兄ちゃんは異能にモテそう」

「え? 異能に?」


 なんで一般人ノルマにはモテないんだ……と、思っていると彼女は続けてくれた。


「異能は……信頼できる人がいないんだよ。それに、目の色とか異端とかで、虐められたりもするんだ。なにより、一般人ノルマにはずっと異能のことを隠さないといけない。だからね、お兄ちゃんみたいに異能なのに……まっすぐな人はモテると思うんだ」

「マジか。ついに俺にもモテ期が……」

「変な女の子に騙されないようにね、お兄ちゃん。だって女性経験ないでしょ?」

「んぐ……」

 

 年下の女の子にロジハラかまされて無言になってしまうナツキ。

 ぐうの音もでないとはこのことだ。


「あ、でもあかりがちゃんと教えてあげるよ」

「何を?」

「女の子」

「……そ、そっか」


 異能を教えてくれる家庭教師が2人に、女の子を教えてくれる子が増えてしまった。

 異能って誰かに教えたがりなのかな……?


 しかし、これが同い年ならまだしも年下ということで恥ずかしさが上回る。

 もうちょっと、年上っぽく振る舞いたい……ッ!


「ね、お兄ちゃんも異能ならさ……あかりのチームに入らない?」

「チーム?」


 アクセサリーショップを前にして、立ち止まったアカリがそう言った。ナツキも彼女につられて足を止め……2人の周りを邪魔そうに、通行人がどけていく。


「あかりたちはチームを組んで、〈さかづき〉の争奪戦ゲームをやってるの。今はまだ、数人しかいないからチャンスだよ」


 ナツキはその言葉に、首を横に振った。


「悪いけど、もう約束したんだ」

「約束?」

「ホノカを手伝うって」


 彼女がOKしたら、ナツキもアカリに協力したかも知れない。

 だけど、ホノカはその選択肢を取らなかった。


 だからこそ、ナツキは……彼女の助けになりたいと思うのだ。


「……そっか」


 アカリはうつむいてそう言う。

 ナツキには、彼女がどんな表情をしているのか……判断ができなかった。


 それからは異能の話になることなく、今まで同じようにデートを続けた。


 次に行ったアクセサリーショップでは午前中のウィンドウショッピングと同じようにアカリに振り回されるようにして彼女に付き合っていたが……ナツキも段々とウィンドウショッピングの良さに気がついてきた。


 というのも、自分が似合うと思ったものをアカリに渡して……彼女がそれでより可愛くなったり美人になったりするというのがゲームのようで楽しいのだ。なので思わずナツキも興が乗ってしまい……なんだかんだで、夕方まで楽しんでしまった。


「そろそろ行こっか。お兄ちゃん」


 アカリにそう言われて、ナツキは今日の主題を思い出した。


 何のために、ここにやってきたのかを。


「……そうだな」


 スマホで時間を確認すると、もう17時。

 今からホノカを迎えに行けば、ちょうど時間になるだろう。


「もう終わりか」

「なんかガッカリしてるね、お兄ちゃん」

「こうして遊ぶの、楽しかったからさ」

「……あかりのチームに入ったら、いつでもデートできるよ?」


 ナツキはそれに、何も返事をしなかった。

 それはきっと、アカリも予想していただろう。


 彼女もまた、ナツキからの返事は求めていなかった。

 

「……ね、お兄ちゃん」

「ん?」

「本当に、あかりとのデート……楽しかった?」

「うん。初めてのことだらけで、楽しかったよ」

「そっか」


 アカリはそっとナツキの手に自分の手を伸ばして、握った。


「ね、お兄ちゃん」

「ん?」

「……異能を信じちゃ、駄目だよ」


 かすれるくらいに、小さな声。


 日曜日の夕方という喧騒の中で、それを聞き取れたのはナツキがレベルアップしていたからなのだろうか。


 気がつくと、周囲に人の気配がなくなっていた。

 

 ……いや、それだけじゃない。

 ナツキがいるのは、繁華街


 半円のすり鉢状になった


 ナツキのすぐ側には、身を乗り出しすぎないための木製の手すりが輝いている。


「……どこだ、ここ」


 刹那、バン! と音を立ててスポットライトがに集まった。


 そこには、先程までずっと一緒に歩いていた少女が、一身にライトを集めているではないか。


「お兄ちゃん、あかりを見て。あかりだけを見て」


 ひどく離れているのに、彼女の声が鮮明に聞こえる。


(『シール』は現実世界の上塗りだけじゃないんだ……ッ!)


 ナツキたちがいるのは、大きなコンサート会場。

 それは、先ほどまで歩いていた繁華街とは似ても似つかないッ!!


 これは、彼女が予め用意していた異空間シール


(異能は、こんなこともできるんだ……ッ!)


 ナツキは新しい発見に驚きつつも、


「『強化』ッ!」


 既に臨戦態勢。

 アカリの攻撃を避けるべく、【身体強化Lv3】を発動した。


「あかりだけを見ながら……死んで」


 そして、世界がねじ曲がった。

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