第2話 緊急クエスト

「はぁ……はぁ……。くそ……【持久力強化】を取っておけば……良かった……」


 ナツキは肩で息しながら、なんとか電車に乗り込んだ。


「けど10分で駅に着くとは……流石俺。さすおれ。やっぱり、本気を出せばなんでもできる……」


 なんて1人で言いながら、ナツキはディスプレイに表示されているクエストを見た。そこには10kmランニングの達成状況が記されており、


(0.7/10)


 と、なっていた。


 家から駅まで、0.7km。

 10km達成まではまだまだ遠いなぁ……。


 なんてことを考えていると、開いていたディスプレイの表示が急激に変化した。


 ――――――――――――――――――

『緊急クエスト』


 ・痴漢される前に少女を魔の手から救い出そう!

 報酬:【無属性魔法Lv1】スキルの入手


【00:04:59:31】


 ――――――――――――――――――


 ぱっと目の前に表示された文章を読むと同時に、反射的に首を動かした。

 

 (……ち、痴漢されそうになってる女の子!?)


 首だけ動かして確認するが、どこにもそれらしき人影は見えない。もう一度、ディスプレイに視界を戻すとそこに表示されている時間が減り続けている。


 どうやら、時間制限のあるタイプのクエストのようだ。


 残り時間は4分30秒。


 馬鹿だが正義感だけは人並み以上にあるナツキは首を振ってあちらこちらを確かめる。

 だが、見つからない。人が多すぎて、どこでそんなことが起きそうになっているのかわからないのだ。


 ナツキは減っていく時間と戦いながら、痴漢の姿を探そうとするが……人がパンパンに乗っている電車の中では見つけることができず、焦りはつのる一方で……。


(いっ、いや! 待て!)


 ナツキはふと冷静になると、息を大きく吐いて……。


「【鑑定】」


 誰にも聞こえないくらいの小さな声でそう呟いた。

 刹那、一つの矢印が出現すると……ただ、一箇所を指した。


(……流石は俺だ。冴えてる)


 ちょうどナツキの真正面。


 そこには、1人の少女の姿があった。日本人じゃないのだろうか。白い肌に、赤く燃えるような瞳。髪は白にも似た銀髪で、この世のものとは思えないほどに――儚い。

 騒がしい電車の中で、彼女の周りだけが静寂に包まれており……れたら壊れてしまいそうな雪の結晶とでも言うべきか。そんな印象をナツキは受けた。


 だが、そんな日本人離れした容姿の彼女だが矛盾することに、それほど日本人から離れているとも思えない。ハーフか、あるいはクォーターだろうとナツキは思った。


 そんな彼女はどんな偶然か。

 ナツキの学校と同じ制服を着ていた。

 

(うちの学校に外国人なんていたっけな?)


 ナツキは思い返してみるが、そんな話を聞いたことがなかった。


 もしかしたら、転校生だろうか?

 そんな取り留めのない考えばかりがナツキの頭の中を巡って。


「……ッ!」


 ナツキは咄嗟とっさに彼女の肩を掴むと、半ば強引に自分の立っていた場所と入れ替えた。彼がさっきまで立っていたのは、扉の付近。そこなら、痴漢被害にもあわないだろう。


「……な、なんですか?」


 少女は不思議そうに首をかしげると、ナツキを見た。

 綺麗な日本語だ。もし日本語が通じなかったらノリでどうにかしようと考えていたナツキのそれは杞憂きゆうに終わった。


(あ、そうか。まだ痴漢されてないから、何がなんだかわからないのか……)


「……ち、痴漢されそうになってたんだ。分かるか? 痴漢って……」


 変質者と勘違いされかけていると勝手に勘違いしたナツキは、あたふたと説明。外国人っぽいので痴漢が分かるかどうか不安だったのだが、少女はぱっと顔をほころばせて、


「あ、ありがとう……」


 儚げにそう言うと、微笑んだ。


(うわっ、めちゃ可愛い……)


 それに思わずナツキはときめいてしまう。

 可愛い女の子にお礼を言われただけでときめく自分のチョロさが素晴らしい。褒めてあげたいくらいだ。


 その瞬間、頭の中にファンファーレが鳴り響く。

 【無属性魔法Lv1】を入手したらしい。


 どんなスキルかは後で確認しようっと。

 なんて『クエスト』に気を取られていると、赤い瞳の少女がふと口を開いた。


「あ、あの……。名前を教えてください」

「俺はナツキ。八瀬はちのせナツキ。君は?」

「私は帆ノ火ホノカ。帆ノ火・白崎・グレゴリーって名前です。ホノカって呼んでください」

「俺もナツキで良いよ」


 ず、随分と変わった名前だなぁ……?

 日本人と外国人をミックスしたみたいな名前だ。


「日本人なの?」

「あ、えと……。日本人の血も、四分の一だけ入ってます。クォーターです……」

「……どこの出身なの?」

「北欧の方です」


 どうやら本当にクォーターみたいだ。

 北欧出身というのにも関わらず随分と綺麗きれいな日本語だなぁ、とナツキは感心した。


「日本語上手だね」


 ナツキがそういうと、ホノカは恥ずかしそうに笑った。


「アニメで練習しました」


 なるほど、アニメかぁ。


 最近はアニメにハマる外国人も多く日本語版オリジナルでアニメをみたいからと日本語を覚える外国人もいるという話をナツキはTVで見たことがあった。


「ナツキさん。ありがとうございます」

「俺は当たり前のことをしただけだよ」


 そういって俺は彼女に言うが、『クエスト』が無かったら目の前にいる女の子が痴漢を受けそうになっているどころか、痴漢されていても分からなかっただろう。


 本当に『クエスト』があってよかった。

 そして、痴漢される前に彼女を助けだす勇気が俺にあってよかった。


 ナツキは自画自賛すると、先ほどから気になっていた彼女の服装に触れた。


「そういえば、ホノカは俺と同じ学校なの?」


 彼女ほど目立つ生徒がいればすぐに噂になると思ってそう言ってみると、


「はい! 今日、転校初日です!」


 そう返ってきた。


 ここで痴漢なんぞにあっていれば転校初日から災難な日になるところだった。本当に気がつけてよかったと、ナツキが胸を撫で下ろすと同時に……ぬっと、人影から手が伸びてきて、それが彼のお尻を鷲掴みにした。


「っ!?!?!?」


 な、なんだこいつ!? 

 尻を触れれば誰でも良いのか!?!?


 流石のナツキも今まで痴漢されたことは無い。

 驚きながらも手を払ったが、また手が伸びてきた。


 お、おいおい! ふざけんなよ!!


 なんて心の中で悪態をついていると、ぱっと目の前にディスプレイが表示された。


 ――――――――――――――――――

 クエスト


 ・痴漢の攻撃に10分間耐えろ!

 報酬:【精神力強化Lv1】スキルの入手


【00:09:59:24】

 ――――――――――――――――――


 ……は?


 ナツキは表示されたディスプレイの内容を思わず2度見した。


「……どうかされましたか?」

「い、いや。何でもない」


 ホノカがナツキの変化を不思議に思ったのかそう聞いたが、彼はやせ我慢で誤魔化す。

 その時、ディスプレイは自分以外の人間に見えていないんだとナツキは気がついた。


「あ、あの……顔色悪いですけど……」

「だ、大丈夫だ……!」


 うおおおおおおおおっ!!

 きっ、気持ち悪ィ……ッ!


 人に自分のお尻を触れるのがこんなに気持ち悪いんだとは思わなかった……っ! しかも痴漢も痴漢だろッ! なんで俺の尻が男のものだって気が付かねぇんだよッ!!


 と悪態をついたが、ふと冷静になって考えると向こうが自分のことを男だって分かって触ってきている説が頭の中で浮上した。


 てことは、可愛い女の子が痴漢してんのかなぁ!?


 ナツキはそう思ったが、すぐに冷静になった。


(いや、どっちにしろ怖いわッ!)


 しかし、自分のお尻が他人から触れるほど素晴らしいお尻だと思えば悪い気もしない。


 いや、嘘。

 普通に気分が悪い。


 ディスプレイに表示されている数字は刻一刻と減っていくが、体感時間と釣り合っていない。もっと減ってくれてもいいだろ!?


 たッ! 耐えろ俺!!

 俺ならできる! 俺ならできる!!


「あの……ナツキさん」

「はい?」

「その……日本で痴漢ってよくあるんですか?」

「ど、どうだろ……。ニュースとかではよく見るけど……」


 おわっ! やめろ!

 そこ撫でんなッ!!


「向こうではどうだったの?」

「あ、あんまり……電車に乗らなかったので」


 ヨーロッパの電車はよく遅れると聞いたことがある。


 だから使ってなかったのかな?


「そっか。歩き?」

「そ、そうですね。基本は歩くか、バスを使ってました。でも、向こうのバスでは痴漢にあったこと無いです」


 あはは……と、静かに笑うホノカ。


 まぁ、俺はいま痴漢に遭遇中なんだけどな!!


 と、ナツキ。


 クエストのせいで、手で払おうにも払えない状況である。

 この異能ゴミすぎんか??


 ナツキの『クエスト』評価は地に落ちた。


「ナツキさんは、よくこの時間に電車に乗られるんですか?」

「いつもこの時間だな」

「明日から……一緒に行ってもらっても、良いですか?」

 

 な、なんだそのお誘いっ!?

 こんな可愛い子と一緒に登校できるって!!?


「も、もちろん。俺で良かったら」


 『クエスト』様々だぜ……ッ!


 と、ナツキがクエストに対して手のひらをぶんぶん回していると、彼らの降りるべき駅に電車が滑り込んだ。そして、10分が経過したためナツキの頭の中にクエスト達成のファンファーレが鳴り響く。


「こ、ここで降りるんですよね!?」

「そうだよ。けど」


 転校生だからか、今いちよく分かってない顔を浮かべているホノカにナツキは頷くと、彼の尻を撫で回していた痴漢の手を掴んで小さく『強化』と呟いた。


 ミシィ! と、骨のきしむ音を立てて、ナツキの手が痴漢の腕を握りしめる。


「ちょっと待ってて」


 彼はそういうと、痴漢を電車の中から引きずりだした。


 相手は普通におっさんだった。

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