第13話  ついてくる落ち葉



 ソファーでは、半数以上の部員が眠っている。


「あと、話してないのはだれ?」


 周りを見回し、小園蓮花こぞのれんかが誰ともなしに訊いた。すると、海藤凛かいとうりんが手を挙げる。


「じゃあ、凛ちゃん」


「私ぃ」


 寝ていると思っていた藤田冬香ふじたふゆかが、突然、奇声を上げて起き上がった。


「冬香、話す?」


 凛の問いに冬香はうなずく。


「みんなが寝ているからちょうどいい。……大した話じゃないから」


 と冬香は横で寝ている林ひかるの頭を撫でながらいった。


 冬香は無口な方だが、とても負けず嫌いで男勝りである。寡黙な努力家で、みんなから一目置かれている。


「落ち葉の話なんだけど……落ち葉が、自分についてくることある?」


 と誰ともなしに聞いた。


「落ち葉がついてくる?そんなことあるの?」


 凛が首を傾げる。


「私、たまにあるよ。風が吹いて……」


 土屋麗良つちやれいらがボソッとつぶやいた。


「風もなくついてくる場合。

 それには理由があって、自分についてくる落ち葉があったときは、気を付けた方がいいって言われているの。何でかっていうと、霊がついてきているから」


「ヤダ」


 麗良が身を引く。


「でも、ほとんど実害はないから安心して。……でね、ある人がね、毎日通る公園を歩いていると、自分についてくる落ち葉があることに気がついたの」


「ほんとに実害ないの?」


 香西真利亜こうざいまりあが確かめる。


「……たぶん」


 冬香は意味深に微笑み、話をつづけた。


「毎日、自宅から公園を通って、最寄りの駅に行くんだけど、落ち葉がついてくることに気づいた日から、その後も、落ち葉がついてくることが何度かあったんだ。けど、気にはしてなかったの。

 でも、ある時、落ち葉がついてきた瞬間にたまたま振り返ると、ふと鼻先にある臭いを嗅いだんだ。

 その臭いっていうのが、強い加齢臭だったのね。その人も四十代くらいの男性だから、自分の臭いかと一瞬、思ったんだけど、自分では臭いを感じたことがなかったの。だから、おかしいなって思ったんだ」


「そりゃ、自分だよ。きっと。うちのお父さんも臭うもん」


 織田きいらがいった。


「で、それからしばらく経ったある日、その人が電車に乗っているときに、落ち葉のときにした加齢臭が臭ってきたんだ。

 けど当然、電車の中に落ち葉はないでしょ?おかしいなって思っていたら、ガラス越しに、一つ間を開けて隣に座る五十代くらいの小太りのおじさんと目があったの」


「今日って、おじさんの出現率、高くない?」


 真利亜がつぶやいた。


「そのおじさんもジッとガラス越しにその人を見ているものだから、目線を逸らしていたんだけど、気にはなっていたのね。

 で、自分の降りる駅がついたもんで、電車を降りて家に向かうんだけど、そのおじさんも電車を降りてついてくるの。

 明らかについてくるって分かったもんだから、その人、振り返っておじさんに、『何か用ですか?』って聞いたのね。

 そしたら、おじさんは、その人の名前を言うのね。まあ、松でいいわ、『松さんですよね?』って。

 驚いたその人は思わず返事をしてしまう。

『ええ。あの、どこかで会いました?』

 するとおじさんは、『私、以前、あなたとアルバイトが一緒だった森です』って。

 森は仮名ね。

 ……で、その松は、森のことを覚えていなかったんだ。でも、森の話では、二人は二十年以上前に居酒屋で一緒に働いていたみたいなの。

 松も、確かにその居酒屋には学生時代アルバイトしていた経験があったもんだから、『はあ、そうですか』まあ、なんとなく、受け入れてしまったのね。

 すると、そのおじさんは急に堰を切ったように話し始めて、昔話や、如何に松が立派になったかを語り始めたのね。

 で、さっき乗った時間帯の電車の中で、何度か見かけたことも聞かされた。

 それを知っちゃうと、だんだんと気持ち悪くなってきて、自分の知らないところで、自分のことを知っている人が黙って見ているって、なんだか気分がいいものでもないじゃない。

 けど、そういうことって結構あるのよね。特に歳をとればとるほど、顔見知りって増えていくから、あるんじゃない?」


「確かに」


 蓮花がうなずく。


「で、一方的に話す森の話をなんとか切り上げて、松は家路を急いだのね。

 すると、す~っと、落ち葉がついてくる感覚で、おじさんがついてきたことに気づいたの。

 その瞬間、流石にしつこいと、振り返り文句を言おうとしたら、森さんの姿がそこにはいなかったの」


「……」


「唖然としてしばらく動けなかったんだけど、怖くなって、松は急いで家に帰ったんだ。

 すると自宅の前に人影があって、近づくと街頭に浮かび上がる森さんが立っていたの。想像してみて。夜中に、家の前の道路に中年のおっさんが、自分を待って立っているの」


「こわ」


 きいらが思わずつぶやいた。


「私なら逃げ出すけど、松さんは、(またか)ってなって、近づいて行ったのね。『ちょっと森さん、あんたねえ……』って、そしたら森はすごく驚いた顔をして、突っ込んできて、松さんは突き飛ばされて、地面に尻もちをついた。

 直後、森さんが走っていく足音を聞いたの。いったい何だったんだって、思うと、服に赤い血がついていた」


「どういうこと?」


 凛が聞いた。


「最初見たのは森の生霊で、その後、見たのが本物だったの。そして、森は自分の家の方からやってきた。松が家に入ると……」


「まさか……?」


 蓮花が訊くと、冬香がうなずく。


「家で奥さんと子供が殺されていたんだ。その後、森が逮捕されて犯行理由を聞くと、アルバイト時代、ずっと松にいじめられていたことを今でも根に持っていて、たまたま電車で見かけたことで、恨みが再燃して犯行に及んだんだって」


「……」


 皆が言葉をなくす。


「じゃあ、ついてくる落ち葉って、生霊がついてきているってこと?」


 真利亜が訊いた。


「かもね。けど、麗良の場合、慕われている方の生霊なんじゃない?」


 と冬香はフォローのつもりでいった。


「どっちにしてもヤダよ」


 麗良は思わずつっこんだ。





 白い赤ちゃんにつづく

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