第12話 ヤッタローマンの話




 関谷百合せきやゆりが斜め上の虚空を見つめながら、話し始めた。


「これは、お父さんに聞いた話だけど……お父さんが小学校のころ、キン肉マン消しゴムっておもちゃが流行っていたんだ。知っている人いる?」


 彼女は家が裕福であることから「御嬢」というあだ名がついているが、気取りがなく、親しみやすく部員から愛されていた。


「……?」


 起きている者はみな、首を傾げる。


「」型に置かれたソファーには、ところどころに眠っている者がおり、その数が起きている者を上回っていた。


「……だよね。キン肉マン消しゴムって、略して、『キンけし』って言われていた小さなゴムのキャラクター人形なんだけど、ものすごい人気だったの。

 たくさんのキャラクターがあって、当時の小学生がコレクションして自慢したり、交換するのが流行っていたんだって。で、おもちゃ会社は人気キャラクターだけでなく、モブキャラやこんなキャラいたっけ?っていう原作に出てきてない原案だけのキャラクターも、キンけしにしたりしていたらしいんだ。

 その中に幻のキャラ、『ヤッタローマン』ってのがあったのね」


「ヤッタローマンって、なんか、安直なネーミングね」


 松下里緒菜まつしたりおなが笑った。


「でも、このヤッタローマンってキャラクター、じつは原作にもないキャラだっだの。というのが、あまりに人気だもんで、どこかの誰かが、でたらめなキャラクターを作って、それが広まった都市伝説のようなうわさ話に出てくるキャラクターだったのね」


「……」


「で、この話を踏まえて、お父さんの近所の小学校で起きた悲劇なんだけど……仮名で、スネ夫っていう、なんでも自慢したがる子がいたのとしよう」


「如何にもね」


 井上梨絵子いのうえりえこがいった。


「その子もキンけし集めに夢中で、周りにキンけしキングって言われるほどだったの。

 ほとんどのキンけしをコンプリートしていると豪語していたもんで、ある日、クラスの中のジャイアン的存在の子が、

『じゃあ、お前、ヤッタローマンも持っているんだな?』って聞いてきたの。

 当然、ありもしないキャラクターだから、持っているわけないんだけど、キングと自他ともに認めているもんだから、

『ああ、持っているさ』って、ウソをついちゃったのね。

『じゃあ、明日、持ってきて、見せてみろよな』って、ジャイアンが言うもんだから、流石に焦ったんだろうね。

 その日から、スネ夫君は学校へ来なくなっちゃったの」


「あ~っ」


 小園蓮花こぞのれんかが声を上げる。


「で、ここで肝心なのは、当時このヤッタローマンの情報は、幻のキャラクターということだけが広まっていて、小学生の間で本当に実在するのかの真偽が分かっていなかったのね。

 今みたいに簡単に情報を確かめられない時代なのね、三十年以上昔って。だから、ジャイアン君もスネ夫君も、ヤッタローマンがウソの話だってことは知らなかったの」


「かわいそうね、スネ夫君」


 織田きいらがつぶやいた。


「結局、スネ夫君は逃げたということで、瞬く間に学校では、スネ夫君の悪評が広がったの」


「なんか切ない話」


 海藤凛かいとうりんがつぶやいた。


「そう、これは、悲しいお話なんだ。……それから夏休みを挟んで、二学期になったらスネ夫君が、ようやく登校してきたのね。

 クラスメートも久しぶりに登校してきたスネ夫君に気を使って、ヤッタローマンの話題に触れずいたのね。でも、ジャイアンはそんなことお構いなしだから、スネ夫君を見つけるといきなり、

『やい、スネ夫。お前、ヤッタローマンのキンけしは持ってきたんだろうな?』って聞いてきたの」


「ジャイアン」


 里緒菜と梨絵子がつっこみを入れる。


「そしたらスネ夫は、『もちろんだよ』って、なぜか自信満々に言ったの。

『じゃあ、見せてみろよ』

『昼休みに見せてやるよ』って言うから、ジャイアンも

『楽しみしてるぜ。でも、持ってなければ、お前わかっているだろうな?』って、握り拳を見せつけて、不敵に微笑むの」


「ジャイアン」


 全員で掛け声のようにツッコむ。


「でも、昼休みになったらスネ夫君の姿が見えないの。

 クラスメートは、『また逃げたんだ』ってがっかりしたけど、

『あいつ、逃げてばっかりで、これからどうするんだ?』

 逆に心配になったから、みんなでジャイアンに、

『そんなにスネ夫を追い詰めない方がいい』って言いにいったんだ。

 さすがにたくさんのクラスメートに言われて、さすがのジャイアンも渋々、納得したんだけど、それからスネ夫君、学校に来なくなったどころか、行方不明になったのね」


「ジャイアン」


 きいらがしつこくいったので、隣の凛がツッコむ。


「大々的に捜索が行われたんだけど、スネ夫君が発見されたのは、それから数か月が経ってからだったんだ。

 ……実はスネ夫君、ずっと学校にいたの。久しく使われてなかった美術室の小さな倉庫の中で、手作りの覆面をかぶって、手作りのタイツに長靴を履いた姿で発見されたのね。

 胸に『ヤッタローマン』って、刺繍がしてあって……」


「やだっ」


 蓮花が悲鳴を上げた。


「警察の調べで、スネ夫君は自殺じゃなくて、事故死って判ったの。

 覆面の紐がね、首を一周していて、それが壁かけの釘に引っかかっていたらしいの。それを知らずに着替え終え、勢いよく前へ出たとき、紐が首に絞まったんだろうって。

 解こうにも、覆面で紐が見えなくて、解けなかったんじゃあなかったのだろう、ってなったの」


「……」


「たぶん、スネ夫君は夏休みの間、そのヤッタローマンを作って、みんなを見返すつもりだったんだろうね」


 百合がポツリといった。





 付いてくる落ち葉につづく

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