第11話 あれは何だったのか?っていう話



 時計の針は午前二時を回っていた。


 眠っている藤田冬香ふじたふゆかにくっつくよう、林ひかるも眠っていた。


「かわいい、寝顔」


 ひかるの寝顔を見て、田沼果歩たぬまかほがつぶやいた。


「寝かしておこう」


 関谷百合せきやゆりが小声でポツリといった。


「まだまだいけるよね?」


 松下里緒菜まつしたりおなが顔をバチバチ叩いた。試合に負けそうになったときによくそうやって自分とチームメートを鼓舞していた。


「当たり前よ、今日は倒れるまで起きてるわよ」


 織田きいらが気合を込めるように拳を握りしめた。


 この頃になると、お眠組とギラギラ組とに完全に分かれていた。


 中田ほのか、土屋麗良つちやれいら香西真利亜こうざいまりあもソファーに横になって寝ていた。


「次はだれが面白い話を聞かせてくれる?」


 百合もギラギラ組の一人だ。


「怖くないの?」


 果歩が聞くと、百合は首を振って、


「実は好きなんだ、こういう話。むしろ、目が冴えてきた」


「私いい?」


 近藤陽花里こんどうひかりが手を挙げた。運動神経抜群で、部活では抜群に戦力になるが、普段は大人しく控えめでそこがまた魅力的と、後輩部員に特に慕われている。


「……これは私が三歳ごろの話で、あれは何だったんだろう?って、今でもよくわからない自分の体験談なの」


「自分の体験談?いいねえ、面白そう」


 井上梨絵子いのうえりえこが身を乗り出した。


「みんな、カラス男って聞いたことある?」


「カラス男?何それ?」


 海藤凛かいとうりんが首を傾げた。


「私が命名したから、知らなくて当然なんだけどね」


「何だよ、そりゃ知らんわ。……カラスみたいな男の人ってこと?」


 小園蓮花こぞのれんかがツッコんだあと訊いた。


「カラス男ってね、民家の屋根に止まっていて、屋根を飛び移りながら移動するの。体が小さくて、黒い服を着た、黒髪、長髪のおっさんなの」


「知らない。気持ち悪いね、そんな人」


 果歩がつぶやいた。


「目的は何?なんで屋根の上にいるの?」


 凛が訊いた。


「わからない」


 陽花里は首を横に振る。


「けど、たまに屋根の上で休んでいるんだ。そして、その休憩した家では次の日とかに人が亡くなったりするの」


「それって、完全に死神じゃない」


 里緒菜がいった。


「死神か……確かにそうかも。でも、当時の私にはそのカラス男がぜんぜん怖くなくて、逆にお葬式ってたくさん人が集まったり、御馳走やお菓子が食べられるって、むしろ、カラス男いないかな?って、屋根をよく探していたのね」


「わかる。子供の頃って、お葬式の意味が分からなくて、ただ、親戚とか人がたくさん集まるって、テンション上がってママに怒られた覚えがある」


 梨絵子がうなずく。


「お母さんにもカラス男の話をしたことがあるんだけど、全然、信じてもらえなかったんだ。

 そんなある日、うちの隣の家の屋根にカラス男が止まっているのを見つけたの。……それを見たとき、私、はじめてカラス男を怖いって思ったんだ。

 だって、隣の家には幼馴染の女の子と、その両親が住んでいるだけだったから。子供ながらに、お年寄りがいないうちにカラス男が止まるなんて……って、思ったのね」


「……」


「で、そのことをお母さんに言ったら、絶対にお隣さんにカラス男の話はしちゃいけないって、ものすごく怒られたのね。

 私は、忠告のつもりでお母さんに言ったのに、結構きつめに言われたもんで、泣いちゃって、その後すねて、しばらく誰とも口をきかなかった覚えがある」


 と陽花里は苦笑した。


「……でも、結局、幼馴染にカラス男の話をする機会はなかったの。翌日から、その一家がどこかに行ったっきり、いなくなっちゃったから。

 私はお隣さんがどこへ行ったか、大人たちに聞いたけど、みんな引っ越したとしか言わなかった。それからずいぶん経ってから、私が小学生になったくらいかな。隣の一家が、引っ越したんじゃなく、無理心中していたことを知ったのは」


「……ええっ?」


 張本唯衣はりもとゆいが悲鳴を上げる。


「お隣さんがいなくなった後も、何度かカラス男のことを見ていたんだけど、お隣さんのことを知らなかった私はあまり気にしなくなったんだ。

 そしたら、何時しかカラス男を見なくなった。

 でも、お隣さんが一家心中したことを知ったときは、やっぱり、カラス男が屋根に止まると、その家の誰かが亡くなるってわかって、思わずゾ~ッってしたんだ……」


「ふーっ」


 ところどころで、ため息が漏れる。


「でも、そのカラス男、うちの屋根の上にも止まっていたことがあったんだよね」


「え?」


 凛が驚く。


「けど今のところ、誰も亡くなってないんだよね。だから、よくわかんない話ってわけ」


「……フーン、そっか。悲しい話だね」


 いつの間にか起きていた麗良がポツリとつぶやいた。





 ヤッタローマンの話につづく

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