第10話 謎のバイト
ところどころで生あくびが絶えない。
「じゃあ次はだれにする? 」
「私、話したい」
「じゃあ、まりっぺね」
里緒菜がいった。
「みんなはバイトをしたことないだろうけど、これは怪しいバイトの話なの」
真利亜は一同を見回しながら、話し始めた。
「バイトしてみたい」
と織田きいらがいった。
「どんなバイトがしたい?」
「お団子屋さん」
「ん?何ゆえ?」
「お団子がダイスキだから」
「そのまんまじゃん……で、そのバイトは、『高収入をわずかな期間で稼げます。気になった方はここに一報ください』って、電話番号がデカデカと書いてある広告で、電柱とかにひっそりと貼ってあったの」
「見たことある」
「怪しいよね。そんなの電話する人いるの?」
「誰も電話しないと思うよね。でも、世の中にはそういうのに電話しちゃう人が一定数いるみたい。で、その中の一人のお話なんだけど、その人は、リストラにあった中年のおじさんで、奥さんと子供もいて、どうしても緊急にお金が欲しかった。で、その怪しいバイトに電話してしまったの」
「ヤバい」
「電話で指定されたのは繁華街の雑居ビルの一室で、翌日に行ってみると、そこにいたのは親切そうな笑みを浮かべたスーツ姿の面接官だった。
で、おじさんに対して面接官は、身分証と履歴書を見て、一つ二つ質問しただけであっさりと、『採用です』と言って、地図と採用手当として五万円を渡してきたの」
「五万円?めっちゃいいじゃん。私ならもらって、そのまま逃げるかも」
「梨絵ちゃんならしそう」
「実際になったらできないよ。身分証には住所が書いてあるのよ。それに逃げたら、どんな目にあわされるかって不気味さがあるもの」
里緒菜がいった。
「だよね、五万円だって逃げられない足かせみたいなものよね、きっと」
林ひかるの言葉に一同がうなずく。
「数日後、地図に指定された場所、ローカル電車の終着駅に付くと、そこに貸し切りバスが止まっていて、おじさんを見ると運転手が近づいてきて、
『アルバイトの人ですか?』と尋ねてきた。
返事をすると、バスに乗るように言われて乗り込むと、そこには何人もの男の人たちがいた。
で、おじさんはその人たちと離れた前の方の席に座った。すると、時間なのかドアが閉まり、バスが走り出す」
中田ほのかが耳を塞いでみんなの反応を伺っている。
「静かなバスの車内。誰も話をするわけでもなく、ただバスは進んでいく。その内、バスは民家を抜け、山道に入り、どんどん深い山の中に入っていく。
おじさんは、いったいどんなバイトをさせられるか、いろいろと想像を巡らせる。
事前の説明では、『そんな大したことはしない、楽な仕事だ』と言われていたが、そんなことで大金を稼げるわけないと、さすがに解っていた。
たぶん、山の中で肉体労働をさせられるとか、違法なものを作らされるとか、誰にも話せないような内容ではないか覚悟を決めていた。けど、たとえどんなことをさせられようとも金さえ手に入れば構わない。
この先のことは一生、口を噤んでいよう、なんて考えていた。そうこうしていると、運転手が突然、マイクで話し始めたの」
「『皆さん、運転手の〇〇と申します……』(あれ?名前なんか名乗るのか)って、意外に感じたおじさん。
だって、運転手も当然、運営側の人間だと思っていたから。
雑居ビルで会った不気味なスーツの男の人と同じで、自分が何者なのか、どんな連中が動いているのかさえ、秘密にしているような人たちだとばかり思っていたから。
運転手はつづけた。
『ええ、これから皆さんと一緒に、新しい場所へ向かわせてもらいます案内人です。どうぞ、よろしくお願いします』
まるで観光バスの添乗員のような話し方で言うんだって」
「……」
「運転手はさらに続ける。
『私は二十歳のときに、東北の田舎から上京して、三十数年間、頑張ってきました。しかし昨年、突然、会社からのリストラされたのを機に、何をしても上手くいかない転落人生が始まりました。なかなか再就職できず、退職金をだまし取られ、妻にも愛想をつかされ出ていかれました。そして止めは突然の体の異変。病院に行くと、末期の癌と診断されましてね。ああ、もうこれまでだと。……なら、最期に子供らにまとまったお金を残したいと、今日のこのバスの運転手を引き受けることにしたんです。皆さんもそれぞれにいろいろあって、このバスに乗っているのでしょう。ですが、一人ではありません。我々は同志です……』
運転手が、声が震わせて嗚咽を漏らしているの。
話に違和感を覚えたおじさんは、運転手の後ろの席に行って声をかけた。
『あの、このバスって、どこへ向かっているんですか?』
そしたら運転手は運転中にも関わらず、がっつり後ろをふり向いて、涙を拭きながらおじさんに言ったの。
『あの世です』って」
「ええっ?サラッと?」
「うろたえるおじさんを見て、運転手は気の毒そうに言った。
『そうですか……聞かされていなんですね。そういう人もいるかもしれないな……この仕事を受けようと思ったのは、ご自分の意志ではないのですね?』
その瞬間、おじさんの脳裏に数日前のお奥さんとの会話の光景が浮かんだ。
どこからか剝がしてきたような広告を見せて、おじさんに言ったんだ。
『あなた、これに応募してみたら?』
『ええ?怪しくないか?』
広告をみて、おじさんが難色を示すと、
『まあね、でも、今はお金もないし、それに命まで奪われることはないでしょ』
って、笑って言ったんだ」
「怖っ」
「バスはぐねぐねと坂を登って、ガードレールを突き破って崖から落ちていったんだってさ」
あれは何だったのか、につづく
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