第10話 謎のバイト

ところどころで生あくびが絶えない。


「じゃあ次はだれにする? 」


松下里緒菜まつしたりおなも欠伸を噛み殺しながらいった。


「私、話したい」


香西真利亜こうざいまりあが手を挙げた。彼女は一見おとなしそうに見えるが、仲がよくなると遠慮なく来る実は活発なタイプだ。しかもお笑いが好きでさりげなくツッコむことを得意としている。


「じゃあ、まりっぺね」


里緒菜がいった。


「みんなはバイトをしたことないだろうけど、これは怪しいバイトの話なの」


真利亜は一同を見回しながら、話し始めた。


「バイトしてみたい」


と織田きいらがいった。


「どんなバイトがしたい?」


近藤陽花里こんどうひかりが訊く。


「お団子屋さん」


「ん?何ゆえ?」


藤田冬香ふじたふゆかがつぶやいて笑いが起こる。


「お団子がダイスキだから」


「そのまんまじゃん……で、そのバイトは、『高収入をわずかな期間で稼げます。気になった方はここに一報ください』って、電話番号がデカデカと書いてある広告で、電柱とかにひっそりと貼ってあったの」


「見たことある」


田沼果歩たぬまかほがむくっと起き上がりが叫んだ。


「怪しいよね。そんなの電話する人いるの?」


関谷百合せきやゆりが訊く。


「誰も電話しないと思うよね。でも、世の中にはそういうのに電話しちゃう人が一定数いるみたい。で、その中の一人のお話なんだけど、その人は、リストラにあった中年のおじさんで、奥さんと子供もいて、どうしても緊急にお金が欲しかった。で、その怪しいバイトに電話してしまったの」


「ヤバい」


張本唯衣はりもとゆいが険しい顔をした。


「電話で指定されたのは繁華街の雑居ビルの一室で、翌日に行ってみると、そこにいたのは親切そうな笑みを浮かべたスーツ姿の面接官だった。

で、おじさんに対して面接官は、身分証と履歴書を見て、一つ二つ質問しただけであっさりと、『採用です』と言って、地図と採用手当として五万円を渡してきたの」


「五万円?めっちゃいいじゃん。私ならもらって、そのまま逃げるかも」


井上梨絵子いのうえりえこが嬉しそうにいった。


「梨絵ちゃんならしそう」


土屋麗良つちやれいらがいった。


「実際になったらできないよ。身分証には住所が書いてあるのよ。それに逃げたら、どんな目にあわされるかって不気味さがあるもの」


里緒菜がいった。


「だよね、五万円だって逃げられない足かせみたいなものよね、きっと」


林ひかるの言葉に一同がうなずく。


「数日後、地図に指定された場所、ローカル電車の終着駅に付くと、そこに貸し切りバスが止まっていて、おじさんを見ると運転手が近づいてきて、

『アルバイトの人ですか?』と尋ねてきた。

返事をすると、バスに乗るように言われて乗り込むと、そこには何人もの男の人たちがいた。

老若ろうにゃくの男たち数人が、てんでに座っているんだけど、みんな見るからに負のオーラをもった人たちばかりなの。

で、おじさんはその人たちと離れた前の方の席に座った。すると、時間なのかドアが閉まり、バスが走り出す」


中田ほのかが耳を塞いでみんなの反応を伺っている。


「静かなバスの車内。誰も話をするわけでもなく、ただバスは進んでいく。その内、バスは民家を抜け、山道に入り、どんどん深い山の中に入っていく。

おじさんは、いったいどんなバイトをさせられるか、いろいろと想像を巡らせる。

事前の説明では、『そんな大したことはしない、楽な仕事だ』と言われていたが、そんなことで大金を稼げるわけないと、さすがに解っていた。

たぶん、山の中で肉体労働をさせられるとか、違法なものを作らされるとか、誰にも話せないような内容ではないか覚悟を決めていた。けど、たとえどんなことをさせられようとも金さえ手に入れば構わない。

この先のことは一生、口を噤んでいよう、なんて考えていた。そうこうしていると、運転手が突然、マイクで話し始めたの」


「『皆さん、運転手の〇〇と申します……』(あれ?名前なんか名乗るのか)って、意外に感じたおじさん。

だって、運転手も当然、運営側の人間だと思っていたから。

雑居ビルで会った不気味なスーツの男の人と同じで、自分が何者なのか、どんな連中が動いているのかさえ、秘密にしているような人たちだとばかり思っていたから。

運転手はつづけた。

『ええ、これから皆さんと一緒に、新しい場所へ向かわせてもらいます案内人です。どうぞ、よろしくお願いします』

まるで観光バスの添乗員のような話し方で言うんだって」


「……」


「運転手はさらに続ける。

『私は二十歳のときに、東北の田舎から上京して、三十数年間、頑張ってきました。しかし昨年、突然、会社からのリストラされたのを機に、何をしても上手くいかない転落人生が始まりました。なかなか再就職できず、退職金をだまし取られ、妻にも愛想をつかされ出ていかれました。そして止めは突然の体の異変。病院に行くと、末期の癌と診断されましてね。ああ、もうこれまでだと。……なら、最期に子供らにまとまったお金を残したいと、今日のこのバスの運転手を引き受けることにしたんです。皆さんもそれぞれにいろいろあって、このバスに乗っているのでしょう。ですが、一人ではありません。我々は同志です……』

運転手が、声が震わせて嗚咽を漏らしているの。

話に違和感を覚えたおじさんは、運転手の後ろの席に行って声をかけた。

『あの、このバスって、どこへ向かっているんですか?』

そしたら運転手は運転中にも関わらず、がっつり後ろをふり向いて、涙を拭きながらおじさんに言ったの。

『あの世です』って」


「ええっ?サラッと?」


小園蓮花こぞのれんかが驚く。


「うろたえるおじさんを見て、運転手は気の毒そうに言った。

『そうですか……聞かされていなんですね。そういう人もいるかもしれないな……この仕事を受けようと思ったのは、ご自分の意志ではないのですね?』

その瞬間、おじさんの脳裏に数日前のお奥さんとの会話の光景が浮かんだ。

どこからか剝がしてきたような広告を見せて、おじさんに言ったんだ。

『あなた、これに応募してみたら?』

『ええ?怪しくないか?』

広告をみて、おじさんが難色を示すと、

『まあね、でも、今はお金もないし、それに命まで奪われることはないでしょ』

って、笑って言ったんだ」


「怖っ」


海藤凛かいとうりんが目を丸くする。


「バスはぐねぐねと坂を登って、ガードレールを突き破って崖から落ちていったんだってさ」





あれは何だったのか、につづく

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