第9話 塾の子

 ところどころでため息が漏れる。


「蓮ちゃん、話が巧いから完全に騙された」


 松下里緒菜まつしたりおなが感心するようにいった。


「それ、事前に用意していたの?」


 近藤陽花里こんどうひかりが訊いた。


 小園蓮花こぞのれんかが笑ってうなずく。


「芸達者だな」


 井上梨絵子いのうえりえこが感心したようにつぶやく。


「なんか、疲れて眠くなってきた」


 田沼果歩たぬまかほが目を閉じて、背をもたれる。


「次はさ、コテコテの怪談が聞きたくない?」


 と張本唯衣はりもとゆいが見回した。


「ったく、欲しがるね」


 関谷百合せきやゆりが呆れるようにいった。


「じゃあ、私行くね」


 土屋麗良つちやれいらが手を挙げた。明るい美人であるが、どこかユーモラスで目が離せない愛されタイプであった。


「霊感があって、幽霊が見える人がよく言うのは、幽霊の姿が見えるってことを、幽霊側に気づかれてはいけないってことなのね。もし幽霊が、この人には自分の姿が見えるって知ってしまったら、頼られたり、憑とりつかれてしまうからだって」


「冒頭から、如何にも怪談ぽいね」


 林ひかるが、身を乗り出す。その横には寝ているのか、目をつぶり、耳を塞ぐ中田ほのかがいた。


「この話はある人……U君としようか。U君から聞いた話なの。

 彼には小さな頃から霊感があって、人には見えないモノが見えていたの。幼いながらに、普通に見える人の中に、人間ではなく別のモノが含まれるってわかっていたの。そのモノとは、決して目を合わせてはいけない。

 だからU君は、いつも別のモノを見たときは、気を付けていたんだ」


「……」


「ある日、塾に早く着きすぎてしまったU君は、廊下から見える教室に誰もいないこ

 とを確認したの。

 で、授業が始まるまで予習をしていようと、教室の後ろのドアから入った瞬間、しまったと後悔したのね。

 明らかに教室内の雰囲気が違っていて、いきなり鳥肌が立ったから。ふと見ると、誰もいないと思っていた教室の一番前の席に、一人の男子生徒が座っていたのね。

 なんで男子生徒かって、すぐにわかったかというと、坊主頭に襟詰めの学生服を着ていたから。

 U君は外へ逃げ出そうとしたんだけど、その男子生徒がU君の気配を感じ取ったように、ス~ッと振り返ったのがわかった。

 U君はまずいと思って、慌てて目を伏せて、手前の席に着席して、勉強道具をカバンから出し始めた。

 気づいてないことを装うように。

 でも、目の端でちゃんと気配を感じながらいると、男子生徒はまっすぐU君に近づいてくるの。

 段々、(これはヤバいやつだ)って近づいてくるほどにそう思うのね。

 なんで、教室に入る前に気づかなかったんだって、その教室は以前から霊の通り道だって知っていたのにって、後悔したの。

 それでも講義の時間になれば、生徒が集まってくる。それまでの辛抱だって、思って我慢したのね。

 教科書とノートを出して、勉強するふりをしていると、男子生徒はU君の手前で止まって、覗き込むようにU君に顔を近づける。

 心の中で、(早く誰か来てくれ)って叫びながら、時間の長さを感じながらいると、男子生徒はU君の耳元に顔を近づけた」


「なにぃ?」


 海藤凛かいとうりんが身を乗り出す。


「『カパッ』って、口が開くような音がしてU君は思ったの。

(あっ、何か話しかけるつもりだ)って。

 息が漏れるような感じがして、全身に悪寒が走ったその時、教室に生徒が駆け込んできたもんで、男子生徒の気配が一瞬で、スーッと消える」


「フーッ」


 聴衆からも吐息が漏れる。


「そのあとは何にもなくて塾も終わり、U君。

「さあ、家に帰ろう」って、駐輪場に向かったんだけど、そこにいたの。さっき教室にいた坊主頭の生徒が。

 背中を向けて、U君の自転車の前に立っていたんだって。

(わーっ、どうしよう)って思ったんだけど、とても近づけないって、諦めて歩いて帰ることにしたの。

 そんな遠い距離ではないし、この幽霊に関わるよりずっといいって、帰路についていたわけだけど、途中、自転車が一台、追い越していったのね。

 その瞬間、教室で感じた悪寒をまた感じて、家に帰ってみると案の定、家にU君の自転車が置いてあったの」


「追い抜かれたの?」


 香西真利亜こうざいまりあの問いに麗良はうなずいて、


「なんで、自分の家を知っているんだろうって、すごく恐ろしくなって、でも、家に入らないわけにはいかない。

 玄関に行って、ドアを開けようとしたら、閉まっていたのね。

 いつもはお母さんが開けておいてくれるの。けど、玄関のカギは閉まっていた。

 それに自分が帰ってくるまでついているはずの玄関のライトも消えていた。

 ……U君はチャイムを押してしばらくするとお母さんが出てきて、U君を見て驚くの。

「さっき帰ってきた音がしたけど、あなたじゃなかったの?」って。

 それに対してU君は、「あれは僕じゃない。どうやら、連れてきちゃったみたい」って言った。

 お母さんはその一言ですべてを悟って、「お父さんを待ったほうがいいんじゃない?」

 でも、お母さんの言葉を無視してU君は二階の自分の部屋に向かったの。

 何故かっていうと、U君にはその男子生徒の正体がわかったからなの。

 部屋に入ると、やっぱり、そこに背中を向けて立っている坊主頭の男子生徒がいたんで、その背中に向けてU君は叫んだ。

「お前はもう死んでんだ」って」


「よく言った」


 織田きいらがうなずく。


「お母さんが、心配そうに二階を見ていて、まごまごしていた時、お父さんが帰ってきたの。

 お父さんも相当の霊感があって、除霊もできたんだって。だから、家に入った瞬間から分かっていたらしく、お母さんの肩に手を置くと、二階に上がっていったんだって。

 で、二階のU君の部屋の前で立ち止まって、ドアをノックして開けたの。

 そこには、U君が立っていたの。で、お父さんはU君に向かって聞いたのね。

『大丈夫か?』

 するとU君は答える。

『何が?……大丈夫に決まってるだろう』

『そうか……ならいい』

 お父さんは何故か部屋を出ていこうとする。

 でも、入口のところで止まって振り返り、寂しそうに言った。

『U、君はもう死んでいるんだ。戻ってきてはいけない』

 すると、突然、U君が『うあぁ』ってお父さんに向かってきて、消えたんだって」


「どういうこと?」


 藤田冬香ふじたふゆかが聞いた。


「実はU君、すでに亡くなっていたの。そして、U君によく似た坊主頭の男の子はU君の双子の弟だったの」


「でも、待って」


 蓮花が手を挙げた。


「あれ?さっき麗ちゃん、この話はU君から聞いたって、言わなかった?」


 すると、麗良は意味深な笑みを浮かべた。





 謎のバイトにつづく

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