第8話 バックパッカーの話

「そのあと、どうなったの?」


 代表で、林ひかるが聞いた。


「ん?何が?」


 田沼果歩たぬまかほが首を傾げた。


「お父さん。海坊主でもいいけど……どうなった?」


「そう、海坊主ね。おっさんが消えたら、同じようにいつの間にか消えてしまったんだって。怖いよね」


「ふーん」


 井上梨絵子いのうえりえこ張本唯衣はりもとゆいが同時に鼻を鳴らす。


「現実に体験したら、すごく怖いよ。たぶん……」


 香西真利亜こうざいまりあが苦笑いしていった。


「でしょ」


 果歩がにっこりと微笑んだ。


「じゃあ、次は私ね」


 小園蓮花こぞのれんかが少し前のめりになった。彼女は学年のトップクラスの才女で落ち着いていて、見た目もクールビューティーであるが、思いやりも人一倍深い。


「これは海外を低予算で旅してまわるバックパッカーの話……」


 蓮花の落ち着いた声に、一瞬にして話に引き込まれる一同。


「今から二十年位前の話なんだけど、一人の日本人男性A君が、東南アジアから中東へ向かって旅をしていたのね。

 その過程で、同じくらいの年の若い男の人、B君と知り合ったんだ。ずっと以前から知っているような親近感で、すぐに意気投合してしばらく行動を共にしたの。

 遠い異国の地で、年齢も近いこともあったけど、それ以上にすごく共通するところもあって、短い期間で、無二の親友っていうくらいまでなったのね。

 でも、しばらくすると目的地の違いから、別々の方向へ行くことになったの。

 お別れの晩、二人はお酒を飲んで別れを惜しんだんだけど、酔った勢いでB君が、首から下げているお守りをA君にあげると言いだしたの。

『いや、いいよ』

 A君は断るんだけど、B君はそうとう酔っているもんだから、しつこく勧めてくるの。

『このお守りは、ずっと俺のことを見守ってくれていた、本当に御利益があるお守りだ。お前の旅の無事を願っているから、どうしても受け取ってほしい』って、真剣に言うのね。

『そんな大切なものなら、なおさら受け取れない』とA君も突っぱねる。

 するとB君、『大丈夫。お守りはもう一つあるから、遠慮なく受け取ってほしい』とB君は首から、同じ形のお守りを見せたの。

 しつこいし、断る理由もなくなったと、A君はそのお守りを受け取ってたのね。

 そして、二人は連絡先を交換して、日本での再会を約束して別れた。

 それから、A君は中東からヨーロッパを回って、数か月かけて日本へ帰ってきたの」


「いいな、海外旅行……私も行きたない」


 織田きいらがポツリとつぶやく。


「話の角度をずらすな」


 海藤凛かいとうりんがきいらを叱って、話を促した。


「それで?」


「日本に帰ってきたA君は、交換した連絡先に早速電話をしたのね。でも、何度かけても電話は繋がらなかった。

 向こうにも、いろいろと忙しいんだろうと諦めたんだけど、何か月か経ったある日、突然、B君から電話があったの。

『どうしたんだよ、何度も電話したが繋がらなかったぞ』って、A君が言うと、

『悪い、悪い。ちょっと、問題があってな。大したことじゃない。それより、これから会えないか?』って、言葉を濁した。

 A君もそのつもりだったんで、二つ返事でOKしたんだけど、それにしても気になるのは、B君の電話の声の調子。なんか、海外の時とは違ってたの。

 それでも、まあ、疲れているんだろう、というくらいにしか思ってなくて、約束した日時に約束した場所に行ったのね。でも、B君は来なかった。

 いくら待っても来ないんで、さすがにA君も怒って帰ることにしたんだけど、その帰り道、街頭のテレビで、指名手配の殺人犯逮捕っていうニュースが流れていたの」


「……」


「もう、わかったよね。その画面に映っていたのがB君で、どこかで会ったことあるような感覚は、指名手配のB君の写真を見たからだったの。

 映像で、逮捕されて警察に連行されていくB君の姿は、ぼさぼさの髪にみすぼらしい服を着て、真っ黒に日焼けした顔だったけど、B君に間違いなかった。

 それでもA君は、旅で一緒だったB君が殺人犯だとどうしても信じられず、報道を何度も見てB君の犯行を知っていった。で、ようやく信じるようになるの」


「……」


「Bが殺害したのは、元恋人とその家族の三人。

 とくに元恋人への執着が異常で、ストーカーして何度も警察が介入しんだけど、結局、効果がなかったのね。

 で、B君、なんとその恋人を殺害して、両眼をくり抜いて持ち去っていたんだって。その後、Bは海外へ逃亡して、数年間、まるで消息が掴めなかったんだけど、なぜか日本に帰ってきたところを逮捕されてしまったのね……逮捕されたときに、Bは恋人の片目を所持していて、取り調べでどんなに問いただされても、もう片方の目の行方は喋らなかった。

 Bの逮捕の報道を聞いたとき、A君は、Bからお守りをもらった時のことを思い出したんだ。

 その時いった言葉、『このお守りは、ずっと俺のことを見守ってくれていた、本当に御利益があるお守りだ。お前の旅の無事を願っているから、どうしても受け取ってほしい』

『大丈夫だ。お守りはもう一つあるから、遠慮なく受け取ってくれ』

 そう言っていたんことを思い出して、中身を開いてみたたんだ」


「入っていたの?」


 藤田冬香ふじたふゆかの問いに蓮花はコクリと頷いて、突然、声を張った。


「さて、ここで問題です。このあとA君はそのお守りをどうしたでしょうか?」


「えっ?いきなりクイズ?」


 驚く松下里緒菜まつしたりおな


 1・一般人の務め、警察に届けた。

 2・すべてに関わりたくないので、土の中に埋めて封印した。

 3・友情の証と、今も肌身離さず持っている。

 4・警察は嫌だし、やはり、家族に返すのがいいと被害者家族に送った。

 5・その他。


「そりゃあ、常識的に考えたら、1の警察に届けるんじゃない?そうすれば、家族のもとへ戻るだろうし」


 関谷百合せきやゆりが答える。


「私は3の、B君との友情を尊重して今も持っている」


 土屋麗良つちやれいらがいった。


「……私なら、気持ち悪くて持ってられない、土に埋めるだわ」


 と唯衣が顔をしかめた。


「4番の被害者の家族に返すとか」


 近藤陽花里がいった。


「いや、蓮ちゃんの話だから、もっと奇抜なんじゃない?」


 きいらが蓮花の目の中を覗き込むようにいうと、蓮花は意味深に微笑んだ。


「うん、うん。で?」


 面白そうに正面のきいらを大きな瞳で見つめ返した。


「答えは5番。A君は蓮ちゃんのお父さんで、お守りは蓮ちゃんに受け継がれた。犯人はお前だ」


 きいらが蓮花を指さす


「まさかぁ」


 ひかるが目を丸くする。


「スゴイ、きらちゃん」


 蓮花は手を叩き驚き、Tシャツ首元に手を入れると、そこから古いお守りを取り出した。


「また、悪い冗談を」


 凛が苦笑いをする。


「これにはちゃんとした理由がるの。A君ね、旅の途中でお金が無くなったもんで、ふとカジノに立ち寄ったの。そしたら、そこで信じられないくらい大金を手にしてしまったの」


 そう言いながら、お守りの口の紐を解く。


「そのあとも守りを手にしてから、ずっと幸運つづきだから、ついに手放せなくなっちゃったのね。そして、ついこないだ。今の話とともに、このお守りを私が受け継いだの」


 袋を下にして、中身を自分の手のひらに載せると、手を広げて、みんなの前に晒した。


「ヤッ……」


 手で目を覆う中田ほのか。


 他のメンバーも手のひらの上のモノを恐る恐る見た。


「……」


 そこには、丸いチョコレートが乗っていた。


「ウッソぉ」


 蓮花がニコリと微笑んだ。





 塾の子へつづく

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