第7話 海の怪



「何か食べよっか?」


海藤凛かいとうりんがソファーから立ち上がり、キッチンへ向かった。


「何があるの?」


織田きいらが後をついていく。


「今から食べるの?太るよ」


張本唯衣はりもとゆいが立ち上がって、二人に向かっていう。


「いいの、今日はチートデイなの」


井上梨絵子いのうえりえこがいう。


「まだ五人でしょう?半分もいってないね」


守屋麗良もりやれいらが眠そうな顔をしている。


「本当に全員が話すの?私、怖い話なんてもってないんだけど……」


藤田冬香ふじもとふゆかがつぶやいた。


「元気ないけど、大丈夫?」


小園蓮花こぞのれんかが、隣の中田ほのかを気遣う。


「うん、大丈夫……みんなよく平気だよね」


ほのかは疲れた顔をしてつぶやいた。


「みんながいるからだよ。だから、どんなことでも頑張ってこれたんじゃない」


「……そうだけど、それとこれとは別」


ほのかは冷めた声でいった。


「さて、次はだれの番?」


松下里緒菜まつしたりおなが聞いた。


「私が行くわ」


田沼果歩たぬまかほが手を挙げた。

果歩はいつも全力天然少女だ。そして、大きな目で何の疑いもなく子供のように見つめてくる。


「じゃあ、果歩ちゃんね」


里緒菜が指名した。


「これは、うちのお父さんの若い頃の話なんだけど……みんなも知っていると思うけど、お父さん、漁師をしているのね」


うんうんと、一同がうなずく。


「で、若いころ、沖合漁に行ったの。二三日かけて沖に出て、漁をして帰ってくるやつね。

いつもは行けば何らかの成果が出る漁場りょうばへいったんだけど、その日はレーダーにも魚が映らなくって、まったく魚が取れなかったの。

それに海には風もなく、波が一つ立たない凪で、シーンて静まり返っていたのね。

夜になり、船を止め、みんな眠りについたんだけど、ひとり見張りが起きていないといけなくて、その時はお父さんの番だったの」


「海ってだけで、怖くない?」


林ひかるが囁くようにいった。


「夜の海とか、とくに怖い」


近藤陽花里こんどうひかりがうなずく。


「デッキでたばこをふかしてボーとしてたんだって。

そしたら、突然、船が横からの波を受け、大きく揺れたの。風も、波もない海の上で突然、波を受けたもんだから、お父さんパニックになっちゃって、船のヘリに捕まって揺れが収まるのを待って、海面を見に行ったんだ。

突然の波だったから、クジラが上がってきたんじゃないかって、それしか考えられないからパニくったの。

そんなに大きな船じゃないから、大きなクジラの衝突でもうけて転覆したら、一貫の終わりじゃない。マジでヤバいってなって、クジラの姿を探したんだけど、それらしい姿がないの。

じゃあ、あれはなんだったんだ?って、ジイっと海面を見回していると、あることに気が付いたの」


「……なに?」


藤田冬香ふじたふゆかが聞いた。


「目がだんだん暗闇に慣れてきて、海面と空中の色の違いが分かってきたんだけど、目の前に海面からヌッて出ている大きな岩があったんだって。

見上げるほど高くそびえた岩。

でも、そんなはずはない。

そこは陸地から離れた沖合なのぉ。海底何千メートルってあるんだから、そんなところに岩なんてあるわけないじゃない。そのことに気づいたとき、突然、後ろから声がしたんだって。

「あれは、海坊主だ」って、低い声で言われたんだって」


「ウミボウズ?」


関谷百合せきやゆりが聞いた。


「海にいるとてつもなく大きな巨人の妖怪って言われているの。

……で、声に反応して振り返ると、一人のおじさんが立っていたんだって。そして、そのおじさんが震える手を伸ばして、海の方を指さしたもんだから振り返ると、その岩がさっきよりもっと近づいてくることに気づいた。

お父さん、「あわわわわわっ」って動けないでいると、急に海面が大きく膨らんできたかと思うと、『パン』って弾けたの。

そのあと弾けた気泡から風が吹いてきて、甲板の上が突然ものすごく臭くなったきたんだって。そしたら海の方から、『へっ』って声がしたんだ」


「へ?」


香西真利亜こうざいまりあが首を傾げた。


「そう、たぶん「屁」のことだって、お父さんが言ってた。

海坊主がおならをしたってことを言ったんだって。お父さん、臭いでハッとして、船室へ知らせに行こうと振り返ると、さっきいたおじさんがどこにもいなくなってたの。よく考えたらその人、クルーの人じゃなかったんだって。おしまい」


「?」


「?」


「?」


全員の頭に?マークが浮かんでいる中で、ひとり満足げに話し終えた果歩であった。





バッグパッカーの話へつづく

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