第7話 海の怪
「何か食べよっか?」
「何があるの?」
織田きいらが後をついていく。
「今から食べるの?太るよ」
「いいの、今日はチートデイなの」
「まだ五人でしょう?半分もいってないね」
「本当に全員が話すの?私、怖い話なんてもってないんだけど……」
「元気ないけど、大丈夫?」
「うん、大丈夫……みんなよく平気だよね」
ほのかは疲れた顔をしてつぶやいた。
「みんながいるからだよ。だから、どんなことでも頑張ってこれたんじゃない」
「……そうだけど、それとこれとは別」
ほのかは冷めた声でいった。
「さて、次はだれの番?」
「私が行くわ」
果歩はいつも全力天然少女だ。そして、大きな目で何の疑いもなく子供のように見つめてくる。
「じゃあ、果歩ちゃんね」
里緒菜が指名した。
「これは、うちのお父さんの若い頃の話なんだけど……みんなも知っていると思うけど、お父さん、漁師をしているのね」
うんうんと、一同がうなずく。
「で、若いころ、沖合漁に行ったの。二三日かけて沖に出て、漁をして帰ってくるやつね。
いつもは行けば何らかの成果が出る漁場りょうばへいったんだけど、その日はレーダーにも魚が映らなくって、まったく魚が取れなかったの。
それに海には風もなく、波が一つ立たない凪で、シーンて静まり返っていたのね。
夜になり、船を止め、みんな眠りについたんだけど、ひとり見張りが起きていないといけなくて、その時はお父さんの番だったの」
「海ってだけで、怖くない?」
林ひかるが囁くようにいった。
「夜の海とか、とくに怖い」
「デッキでたばこをふかしてボーとしてたんだって。
そしたら、突然、船が横からの波を受け、大きく揺れたの。風も、波もない海の上で突然、波を受けたもんだから、お父さんパニックになっちゃって、船のヘリに捕まって揺れが収まるのを待って、海面を見に行ったんだ。
突然の波だったから、クジラが上がってきたんじゃないかって、それしか考えられないからパニくったの。
そんなに大きな船じゃないから、大きなクジラの衝突でもうけて転覆したら、一貫の終わりじゃない。マジでヤバいってなって、クジラの姿を探したんだけど、それらしい姿がないの。
じゃあ、あれはなんだったんだ?って、ジイっと海面を見回していると、あることに気が付いたの」
「……なに?」
藤田冬香ふじたふゆかが聞いた。
「目がだんだん暗闇に慣れてきて、海面と空中の色の違いが分かってきたんだけど、目の前に海面からヌッて出ている大きな岩があったんだって。
見上げるほど高くそびえた岩。
でも、そんなはずはない。
そこは陸地から離れた沖合なのぉ。海底何千メートルってあるんだから、そんなところに岩なんてあるわけないじゃない。そのことに気づいたとき、突然、後ろから声がしたんだって。
「あれは、海坊主だ」って、低い声で言われたんだって」
「ウミボウズ?」
「海にいるとてつもなく大きな巨人の妖怪って言われているの。
……で、声に反応して振り返ると、一人のおじさんが立っていたんだって。そして、そのおじさんが震える手を伸ばして、海の方を指さしたもんだから振り返ると、その岩がさっきよりもっと近づいてくることに気づいた。
お父さん、「あわわわわわっ」って動けないでいると、急に海面が大きく膨らんできたかと思うと、『パン』って弾けたの。
そのあと弾けた気泡から風が吹いてきて、甲板の上が突然ものすごく臭くなったきたんだって。そしたら海の方から、『へっ』って声がしたんだ」
「へ?」
「そう、たぶん「屁」のことだって、お父さんが言ってた。
海坊主がおならをしたってことを言ったんだって。お父さん、臭いでハッとして、船室へ知らせに行こうと振り返ると、さっきいたおじさんがどこにもいなくなってたの。よく考えたらその人、クルーの人じゃなかったんだって。おしまい」
「?」
「?」
「?」
全員の頭に?マークが浮かんでいる中で、ひとり満足げに話し終えた果歩であった。
バッグパッカーの話へつづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます