第6話 事故物件



 壁に掛けられた時計の針は、午後十一時をさしていた。


「いつもなら寝ている時間」


 小園蓮花こぞのれんかが大きなあくびをした後、つぶやいた。


「まだまだ寝かせないよ。つぎ誰いく?」


 張本唯衣はりもとゆいがノリノリで聞いた。


「じゃあ、あたし行っていい?」


 松下里緒菜まつしたりおなが手を挙げた。

 彼女はキャプテンという立場上しっかりしているように見えるが、実はおっちょこちょいで抜けていて、みんなに助けてもらうことで結束を強めるまさに理想のキャプテンであった。


「……ちょっと前に、映画とかの題材にもなった事故物件、ってあるよね。何かいわくつきで、相場より安い物件なの。

 ……ある若い女性が、アパートを探していて、相場よりとても安い物件を見つけたの。

 立地も間取りも希望通りだったんでそこにしたかったけど、安いのって、やっぱ気になるじゃない?だから、不動産屋に聞いたの。

 そしたら、別に事故物件ではないと言われたんだ。その女性、ほんとかな?って気にはなったけど、条件に合っていたし、なにより不動産屋が事故物件ではないと言っているのでそこを借りることにしたの」


「でも、気持ち悪いよね」


 近藤陽花里こんどうひかりが顔をしかめた。


「じゃあ、なんで安いんですかって詰めなかったの?」


 香西真利亜こうざいまりあが聞いた。


「みたいね」


 里緒菜がつづけた。


「でも、知ってほしいのは、事故物件って家主が亡くなったこともそうだけど、火災とかあった物件も含まれていて、必ずしも幽霊が出る部屋とかではないってこと。

 だから、そういうことさえ気にならなければ案外いい条件なのね。だけど、そのアパートは入居者がすぐに出ていく曰くつきの物件だったの」


「ふむふむ」


 土屋麗良つちやれいらがうなずく。


「……早速、引っ越しが済んだ後すぐに異変が起き始めた。夜中に、『ガサゴソ』と物音がしたり、気が付くと物の位置がづれていたり、鏡に向かっていると、後ろを何かが通ったような気がして振り返ると誰もいない。

 そんなことがしょっちゅう起こるんだけど、その人は、まあ図太いのか、気にしないことにしたのね」


「あたしも気にしないな」


 織田きいらがいった。


「きらちゃんは気にしないじゃなくて、気づかないんじゃない?」


 井上梨絵子いのうえりえこがつっこんで笑いが起こる。


「……でも、そのうちある出来事で、流石にこれはおかしいってなったの。下着がね、ワンセット紛失していたの。それに、どうやら下着を入れていた引き出しの中を、いじったような跡があったんだ。

 よくよく考えると、以前から物が移動しているのは、クローゼットの辺りだったり、脱衣所だったりなのね。人の気配も、お風呂に入っている時とか、出て、髪を乾かしている時に多いことに気づいたんだ。

 おかしいじゃない、幽霊が下着の入った引き出しを集中的に開けたりするなんて。で、これは別の原因があるのではないかと、入念に部屋を調べてみると、あったの。押し入れの下の段の横の壁に穴が開いて、隣に通じていたの」


「えっ?えっ?どういうこと?」


 藤田冬香ふじたふゆかが聞く。


「押し入れの横壁はベニヤの板で、偶然、手をかけたら、ガタガタと浮いてる感じがしたのね。それで、試し力を入れて押してみると、外れて隣の部屋の押し入れに通じていたんだって。

 その瞬間、その女の人、ゾ~と鳥肌が立って、茫然としていたんだけど、慌ててその板をはめ込んだんだ。でもそれで、すべてがわかった。つまり、幽霊と思っていたのは、たまに廊下ですれ違う、隣に住む陰気な中年の男だったってことがね」


「や~っ」


 一斉に悲鳴が上がる。


「逆にヤバいね、それは」


 林ひかるがうなる。


「それでどうしたの、その女の人は?」


 関谷百合せきやゆりが聞いた。


「本来ならすぐに警察に通報して、引っ越したりするんだろうけど、その人は気が強いのか何なのか、証拠をつかんでやろうって、その日から押し入れを気にするようになったんだ」


「その人、すごいね」


 海藤凛かいとうりんが感心する。


「それから数日が経ったある日、寝ていたら、押し入れの中から物音がしたんだ。

 女の人は、急いでベッドの横に置いてあったバットをもって身構えて待っていたら、押し入れの扉がスーッと開いて、にゅ~、と例の中年男が顔を出したのね。

 そしたら女の人が鋭く叫んだ。「あんた、何してるの?」って。

 男はびっくりして押し入れの中に引っ込んだもんで、そのタイミングで女の人は110番通報したのね。

 で、警官二人きて、事情を話して、隣の部屋に警官が向かったんだ。

(これでやっと平穏に暮らせる)と思っていると警官がすぐに戻ってきた。

(ずいぶん早くない?)と思っていると、警官が、「隣は留守でした」って言ったんだ。

「えっ?そんなわけない。だって、ついさっきですよ。中年の男が入ってきたのは。どこにも出て行ってないはずです」

 女には確信があったの。中年男の部屋は角部屋で、外に出るには、自分の部屋の前を通らないといけないから。

 その気配はなかった。

「……もしかして、窓から逃げだしたのかも。指名手配してください」

 女の人は矢継ぎ早に言った。

「いや……それよりも、隣は誰も住んでいないんじゃないですかね?」

 警官が疑いの目をして、そう言ったもんだから、女の人はムキになって訴える。

「そんなはずはない。住んでますよ。だったら、壁の穴から入ってみてください」

 警官の一人が渋々、女の人の部屋の押し入れから、隣の部屋に入っていったの。そしたら、すぐに警官の悲鳴が上がるの。

「どうした?」

 女の人の部屋に残ったもう一人の警官が聞くと、隣の部屋に入った警官が叫んだ。「したい・・・があります」

「えっ?死体?」

 驚く警官と女。

「いえ、死体じゃなくて、下着です」って言いなおす。

 その後の調べで、部屋には、このアパート中から盗まれた、たくさんの下着が床に散らばっていたんだって。しかも下着以外、家財道具とかは一切なく、不動産屋に改めて聞くと、ずいぶん前から空き部屋だったんだって」


「どういうこと?」


 冬香が訊いた。


「後日、不動産屋に聞いた話だと、以前、隣の部屋には一人の中年男性が住んでいて、女性の部屋に侵入しては、下着を盗んだり、わいせつ行為をしていたんだって。けどある日、犯行がばれて、首をくくって死んでいるのが発見されたんだ。

 で、それ以来、その部屋に男の幽霊が出て、入居した女の人は必ず変な目にあい、男の人はただただ怖い目にあって、何時しか誰も住む人がいなくなった。

 そしたら今度はその隣の部屋、つまり女の人の住む部屋に被害が出始めたってわけ。だから、不動産屋の言っていた、『事故物件ではない』は本当だったけど、その女の人は当然、引っ越したましたとさ」


「押し入れの扉は、幽霊が作ったの?」


 ひかるが訊いた。


「生前、男が作ったんじゃない」


 田沼果歩たぬまかほがいった。


「そっちの方が怖くない?」


 凛が隣の中田ほのかに聞いた。


「はあ?」


 ほのかは耳を抑えて、聞こえないようにしていた。





 海の怪につづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る