第3話 親切な家族




 松下里緒菜まつしたりおなが一同を見回した。


「次、だれがいく?」


「じゃあ、私いこうかな」


 張本唯衣はりもとゆいが周りを見ながら、ゆっくりと手を挙げた。彼女は愛嬌のある可愛らしい顔をしており、みんなの愛されキャラである。


「あんま、怖い話なんて知らないから、怖くないかもしれないけど……」


「前置きはいいから」


 林ひかるがポンと唯衣の肩を叩いた。


「……ある若者がキャンプに行ったの。いま流行りの独りキャンプ。その人は男なんだけど……」


「幾つくらいの人?」


 井上梨絵子いのうえりえこが、間髪入れずに訊いた。


「まあ、だいたい二十代前半くらい?よくわからん、とにかく若者。

 それで、まあ、いろいろ準備していると、ライターを持ってくるのを忘れたことに気づいたの。ライターがなければ、火を起こせないから、ご飯も食べられないしって、近くにいた人に火を借りることにしたのね。

 そのキャンプ場はそんなに広くはないけど、わりと知られてて、いつもは結構キャンプをしている人がいるんだけど、その日はなぜか、若者の他に一組の親子連れがいるだけで、その親子に火を借りに行ったわけ。

 数十メートル離れている奥の方に、ポツンとその親子のテントがあって、若者は近づいていったの。

 だんだん近づいていって分かったんだけど、見るからに古い、ところどころ破れたようなテントと、その前で、見るからにみすぼらしい親子が、大丈夫か?って思うような錆びた鉄板とコンロで、バーベキューをしていたんだって」


「いくつくらいの親子?」


 またしても、梨絵子が聞いた。


「子供は五歳くらい、両親は三十代前半かな?自分が話し終わったからって、リラックスしすぎじゃない?」


 唯衣は邪魔くさそうにいって、つづけた。


「なんか嫌だな、って思いつつも、『火を貸してくれないですか?』って頼むと、父親がにっこりと微笑んで、気軽にライターを貸してくれたんだって。

 礼を言って、自分のテントに戻り、薪に火をつけてライターを返すついでにお礼として、チョコレートのお菓子を持って行ったんだって」


「チョコレート食べたくなった」


 梨絵子がテーブルに手を伸ばすと、


「もう、うるさい」


 関谷百合せきやゆりが梨絵子の伸ばした手を払いのけた。


「ありがと」


 唯衣はお礼をいって話をつづけた。


「そしたら、その子供が若者の手からチョコレートを奪い取るように持っていって、封を口で破って、むしゃむしゃ食べ始めたらしいの。

 若者が唖然としていると母親が、『あら、ごめんなさい』って気味悪く笑ったもんだから、若者は思わずゾ~としたの」


「こんな感じ?あらぁ、ごめんなさい。フォフォフォ」


 織田きいらが母親を演じて見せるので、唯衣が睨みつける。隣の香西真利亜こうざいまりあがきいらの肩口を叩く。


「すると父親が、皿に焼いた肉を載せて、若者の目の前に差し出してきたの。

『どうぞ』って。

 実は若者は、さっきから肉を焼く臭いが気になっていたんだ。

 得体のしれない肉を前に固まっていると、父親が『さあっ』と強引に渡してきたもので、仕方なく受け取って、苦笑いして固まる。皿の上の肉は黒い塊で、獣臭ささが鼻について、とても食べる気がしない。

 ふと見ると、親子三人がじっと若者を見つめているものだから、若者は仕方なく箸をとって、ひと切つまんで、口の中に入れたんだ。

 それが、今まで食べたことのないくらい不味くて、柔らかい生焼けで、すぐに吐きそうになるが、親子の手前、懸命になんとか飲み込んだの。

『うまいでしょ?』って、父親は満足そうに言って、微笑むんだって。

 若者は慌ててテントに帰り、ビールで口の中の味を流し込んで、咳き込むくらいひどい味」


 近藤陽花里こんどうひかりが自分で食べたかのように、顔にしわを寄せる。


「でも、悲劇はそれで終わらなくて、気を取り直して食事の用意をしていると、今度は母親の方がやってきたの。徐にタッパーを差し出して、中に入った得体の知れない物をみせてきた。

『なんですか?』

 若者が聞くと母親は、『漬物です。どうですか?』って言ってきた。

 中身は何の漬物なのかわからないペースト状の物で、思わず顔をしかめると、じっと見つめる母親と目が合った。

 若者が躊躇していると、『どうぞ』半ば強引に手渡して母親は去っていった。

 さすがにこれは食べたくない。かといって、食べずにタッパーを返すわけにはいかないと、親子のテントを伺いながら、こちらを見てないとわかると若者はタッパーの中身を火の中に投げ込んだの。

 そしたら、みるみる煙が上がり、その煙が悪臭を放ち、周囲に充満しだしたんだ」


「どんな臭い?」


 田沼果歩たぬまかほが訊いた。


「しらん。……若者はハッと気づき、親子の方を見ると、三人とも、ジッとこっちを見ている。

(しまった)って、若者が思っていると、夫婦がものすごい形相でやってきて、空のタッパーと若者を交互に見た。

『ち、ちがうんです。お、落としちゃって。ごめんなさい』

『あんた、捨てたねぇ?』

 母親がものすごい形相で詰めてきたもんで、思わず後ずさりする。

『せっかく私があげたもんをぉ……ガルルゥ……』

『す、すみません。弁償します』

『弁償?何をくれる?』

『いくら払えば?』

『金なんか要らない。気持ちの問題だ』

 と父親の方が徐に手にしたモノを若者の前に差し出した。

『代わりに、これを食え』

 若者が焦点を合わせていくと、それは生きた野ネズミだった。

『わあっ』

 思わず手で払いのけると、ネズミは父親の手から地面に落ちて、すると、それを後ろにいた子供が素早く、捕まえる。

『てめえぇ~』

 父親が顔を近づけてくるものだから、若者は逃げるように駆け出した。

 ちょうど、すぐ近くが川になっていたもんで、足を滑らせ川に落ちて、若者は速い流れにみるみると流されていく。

『た、助けて……』

 必死で岸を見ると、親子が無表情に若者が溺れる様を見ていたんだって」


 唯衣はそこで、テーブルの上のコップを手にして、ジュースで喉を潤した。


「それで?」


 藤田冬香ふじたふゆかが訊いた。


「若者は、偶然、流れついた浅瀬のおかげで命は助かったんだけど、ずぶ濡れになって、なんとか自分のテントに戻ることにした。

 けど、それには例の家族の前を通らないといけなかったの。勇気を振り絞ってテントまで行くと、親子が楽しそうにバーベキューをしていたんだって。

 おずおずと近づいていくと、若者にはさっきまでの親子とまるで違って見えた。

 雰囲気というか、まるで周りを取り巻く色が違うの。それでも警戒しながら通り過ぎるんだけど、よく見ると本当に別人だったのよ。

 テントも綺麗で真新しいし、バーベキュー道具もピカピカで。若者は思わずそこにいた父親に向かって聞いたの。

『さっきまで、ここにいた親子は?』

 すると、父親はずぶ濡れの若者を見て驚いたが答える。

『さっきまで?私たちは、昨晩からずっとここにいましたよ』って」


「えっ?どういうこと?」


 土屋麗良つちやれいらが聞いた。


「若者は、訳も分からずテントに戻ったんだけど、とりあえず濡れたものを着替えようとテントを開けると、中から黒い物体がピョンピョンピョンと飛び出してきて、草むらに逃げて行ったの。

 目で追うとそれは三匹のキツネで、テントの中はぐちゃぐちゃに荒らされていたんだって。そして最後尾の小さなキツネの口には、ネズミが咥えられていたんだってさ」


「……」


 小園蓮花こぞのれんか全員の顔を見回す。


「……キツネって、なんか、昔ばなしみたいなオチだよね」


 海藤凛かいとうりんがポツリとつぶやいた。


「でも、こういうのなら聞ける」


 中田ほのかが微笑んだ。


 一人不満げな、唯衣であった。





 電話ボックスにつづく

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